704. フェスでよくあるやつ


 新入生が入学式にクラス写真の撮影にオリエンテーションにと忙しくしている間、上級生は学力推移テストなるものを受けさせられた。抜き打ちで。


 愛莉と瑞希が絶望の血涙を流し迎えたLHR。クラス委員を始め諸々の役職が取り決められた。が、これは話し合うまでもなく終わる。


 いの一番に橘田が立候補し『どうせ誰もやりたがらないから私が全部決めます』と、無理やりオミを男子のクラス委員に指名してしまったのだ。誰も文句言わないから速攻で可決された。


 口では『マジめんどくせえ!』と文句垂れていたオミだが、早速仕事があると峯岸の後ろを二人で着いて行く姿は満更でもなさそうだった。お幸せに。



「二人ともー、そろそろ元気出してよ~」

「どうして新学期早々、こんな仕打ち……ッ!」

「微分、積分、二次関数……微分、積分……」 


 今日も昼前で予定は終わり。午後から部活勧誘をしていいとのことで、談話スペースに集まり準備を始める一同。


 が、前述の抜き打ちテストが爆死に終わった愛莉と瑞希は使い物にならなさそうだ。ソファーでずっと項垂れている。


 瑞希に至ってはレイプ目でなにやら呟いていた。高三が引っ掛かる箇所じゃねえぞ。高校受験からやり直せ。



「陽翔さん。これが新しく作ったチラシです」

「おー。ええ感じやな。デザインは比奈が?」

「私と比奈で作りました」

「流石は比奈。センスあるな」

「…………」

「ごめんね」


 昨日二人が作ってくれた、新入生を勧誘するための新しいチラシだ。中々にスタイリッシュな雰囲気。頑張ったな琴音。誰も居ないところで褒めてあげるから。


 そろそろHRが終わると有希から連絡が入る。外はもうガヤガヤ喧しい、他の部も新入生の下校するタイミングを待ち構えているのだろう。



「っし、じゃあ行くか。ノノ、なに遊んでんだよ。どっから持ってきたその棒」

「明日の練習です。陸上部から借りて来ました」

「ホンマにポールダンスすんの? 棒高跳びの棒で?」

「ダメですか?」

「アリーナの天井突き破る気かよ」



 愛莉と瑞希は新館に放置し正門へ。

 既に他の部の激しい陣取り合戦が始まっていた。


 運動部は決まってユニフォーム姿。吹奏楽部と軽音部は楽器を抱え、写真部はカメラを構え新入生を待つ。囲碁・将棋部は机を持ち出して対局をしていた。それで勧誘出来るのか。心配だ。



「取りあえずチラシは死ぬほど刷って来たから渡せるだけ渡すとして……どういう奴に声を掛けるかは、あらかじめ決めておかないとな」

「やっぱり女の子?」

「どっちでもええ。サッカー部とか野球部とか、強豪部に入る奴はもう練習参加しとるからな。今から流れて来るのはなにも決まってない奴が大半や」

「でも陽翔くん、男の子に声掛けたら嫉妬しちゃうでしょ?」

「…………若干な。若干」

「素直でよろしい~♪」

「撫でるな」


 仮に比奈をはじめ女性陣の外面に惹かれて興味を持った奴がいたとすれば、あとで俺が殺すだけだ。問題は無い。



 だが欲を言えば男の部員は一人か二人欲しい。ブラオヴィーゼのアカデミーに参加したときも思ったけど、背の高い選手っているだけで目立つし。


 女性が大半を占めるフットサル部に男が数人でもいれば、それだけで警戒して貰える。そして愛莉や瑞希への警戒が緩み優位に立てるというわけ。


 当然ながら女性部員の補填も忘れてはいけないし大切なことだ。有希と真琴にも同級生の友達、仲間をもっと作って欲しいし。

 それを言ったら二年組の少なさも問題だが。ノノと文香とルビーだぞ。俺らが抜けたらコイツらが最上級生とか。怖過ぎるわ。



『ヒロ! 来たわよ!』

「おっしゃ! 出番やノノ!」

「任されましたァァ!!」


 第一陣の女の子のグループが現れた。同時に各部がわんさか集まってチラシを渡そうとする。

 少し出遅れた俺たちだがなんてことはない。だってノノだもの。



「いやっふううううウウゥゥゥゥーー!!」

「おおーー!! はーくんはーくん! クラウドサーフィングやっ! フェスでよくあるやつやで!」

『¡Genial! すごいわナナっ!!』


 男子生徒の肩を掴んで思いっきり飛び乗り、そのまま群衆の頭上をグルグル横回転しながら前へ進んでいく。なんだその技術は! どこで覚えたッ!



「仮にもスカートだというのにあの人は……」

「琴音もやってみるか」

「お断りです」


 下駄箱から続々と新入生が出て来た。チラシのばら撒きは先陣に立つノノに任せて、俺たちは目に付いた子に声を掛けるとしよう。



「こんにちは~フットサル部で~す。チラシ持ってる? そうそう、あの金髪の先輩! みんな女の子ばっかりなんだよ~。練習場所は新館裏の……」


「あのっ、フットサル部、です、チラシを……え、もう持ってる? そ、そうですか……あ、はい、私も選手です。ゴレイロというポジションで、サッカーでいうところのゴールキーパーです。そもそもフットサルとは五人制のスポーツで……」


「はいはいはいそこの暇そうなボーイズたちっ! ちょーっと話聞いてこうなっ! なっ! チラシ持っとるやろ! フットサル部言うてな、スポーツ苦手でも楽しいもんやで! あと女の子超多いから! ウチはフリーちゃうけどな!」


「オイ、テメー! フットサルブ、ハイレ! イマスグ! サモナクバ、オイノチチョーダイ!!」



 ルビーだけ著しく成果が見えないが、他の三人は上手いこと女の子中心に釣って話を広げている。順調順調。


 社交性のある三人はともかく、琴音が自主的に誰かへ話し掛けるなんて。それも結構パリピ味のある子たちに。成長したなぁ……。


 っと、俺だけ出遅れてしまった。

 誰か面白そうな奴は……。



(ん?)


 群衆の騒ぎを避けるよう身を縮こませ、バス停へと急ぐ一人の女子生徒を発見。エライ小さいな。140ちょっとしかない有希より小柄かもしれない。


 青み掛かったショートヘアにゴテゴテの眼鏡。誤解を恐れず言えばロリコンの標的だ。壮絶な勧誘合戦を横目にかなり怯えているようにも見える。



「こんにちは。新入生の子かな?」

「……ッッ!?」


 怖がられないよう優しい声色を心掛けたが失敗に終わった。全身バネみたいに身体をビクンと弾いて硬直してしまう青髪ショートのロリ眼鏡少女。



「ああ、ごめんな驚かせて。アレやで、無理やり連れ出すとかせえへんから。チラシだけ受け取ってくれないかなって」

「…………」


 差し出したチラシにゆっくりと、そりゃもうゆっくり手を伸ばし摘まみ取る青髪の少女。全然喋らない。口はパクパク動いているけど、喋らない。


 どうやら部活そのものに興味が無いわけではなく、単に寄ってたかって勧誘されるのが怖かっただけみたいだ。比奈琴音お手製のチラシをマジマジと眺め、何度もウンウンと深く頷く。



「フットサル、聞いたことくらいはあるやろ? 初心者も何人かいるし、ハードルもそんな高くないから。検討してみてくれよ」

「…………」


 チラシで顔を隠しながらコクコク頷く。恥ずかしがりなのかな。可愛い。フットサル部に居ないタイプだから物珍しくてちょっと気になる。



「実は、もう入部が決まってる一年の子が二人おってな。入学式で見掛けなかったか? 男モンの制服着とるショートの奴」

「…………ッ……!」

「その横におった子も。どんな感じか教えてくれるだろうから、クラス一緒だったら声掛けてみ。別に入部しなくても友達づくりのきっかけにはなるやろ?」


 やはり会話は成り立っていないが、鼻息荒く何度も何度も頷いてチラシを読み直す。

 意地でも喋らないな。顔に出まくってるからさして気にならないけど。


 と、他の部が俺たちのやり取りに気付いたようでこちらへ近付いて来る。強引な勧誘を恐れてか、少女は深々と頭を下げチラシ片手にバスにも乗らず坂道を駆け下りて行った。


 長いのに。あの坂。大丈夫かな。

 スクールバスの存在知らないのかな。



(あとで二人に聞いてみるか)


 まぁいいや。切り替えて他の新入生の勧誘だ。

 一人くらい男子も釣れると良いが。


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