675. どこでナニしてた


「おおっ。今のは上手えなあ」

「……また決まった」


 こちらはネット越しにベンチから観戦中の峯岸と橘田会長。審判のホイッスルと共に歓声が広がる。

 隣のコートでは他の団体が個サルの最中だったが、すっかり足を止めド派手なゴールショーの見物人と化していた。


 真琴のスルーパスに抜け出した陽翔が鋭いダブルタッチで栞のディフェンスを掻い潜り、ゴレイロとの一対一を制しネットを揺らす。



 後半10分過ぎ。これでスコアは5-5。

 試合は乱打戦の様相を呈している。


 前半を2-2で折り返すと、後半開始直後に敵陣でボールを掻っ攫った瑞希がゴレイロも抜き切って逆転ゴール。

 しかしその一分後。比奈の縦パスが相手に引っ掛かりショートカウンターを喰らう形となり、14番に押し込まれる。


 すぐさまノノを投入して流れを掴みに掛かるが、前掛かりなったところに栞のロングフィードが開通。これが14番に収まりまたも逆転される。



 こうなるとなりふり構っていられない山嵜は、真琴を最後尾に配置し陽翔、愛莉、瑞希の三人で強引に点を取りに行く。


 自陣深い位置からドリブルで一気に打開した陽翔がゴール前に構える愛莉へラストパス。振り向きざまのシュートはブロックに遭うが、セカンドボールを拾った瑞希が冷静に真琴へ繋ぎ、今度こそインサイドで丁寧に流し込む。4-4。


 このまま三度逆転と行きたい山嵜だったが、バックパスを受け取った琴音が珍しくトラップに失敗し、そのまま6番に掻っ攫われ失点。4-5。


 それでも前線からの連動したプレスを起点に少しずつペースを握り返し、またも同点に追い付く。一進一退の忙しない攻防が続いていた。



「なっ。さっきも言ったけど、青学館のフットサル部は関西じゃトップクラスだ。そういう奴らと互角に渡り合えるチームなんだよ」

「そう、ですね。実力は認めなければいけません……とはいえ、アスリートたるもの日頃の行いこそ、真摯かつ清廉であってほしいものです」

「ハッ。お前だけには言われたくねェだろ」

「はい!? なんですか!?」

「いや、別になんも」


 フットサルはおろかスポーツ自体まったく縁が無い橘田会長だが、素人目にも分かりやすい大味な試合展開に暫し言葉を忘れ夢中になっていた。


 強豪相手にこれだけ善戦する姿を見せつけたわけだから、実力不足を理由にケチを付けられることは無くなる筈だ。胸を撫で下ろす峯岸だったが。



(締まらねえなあ……)


 悩ましげに首を摩る峯岸。


 彼らの実戦でのプレーを目の当たりにしたのはサッカー部のセレクション以来。フットサル形式の試合に限れば夏休みのミニ大会にまで遡る。


 普段の練習でも見て取れるように、確かに個々のレベルは上昇している。

 初心者だった比奈と琴音の成長は著しいものがあるし、愛莉と瑞希、ノノの経験者三人もそれぞれの弱点を克服しワンランク上の選手になった。


 その中心たる陽翔の存在感も相変わらずだ。冬休みを抜けてからフットサル以外のことに頭と身体を使い過ぎていたとは思えないハツラツぶりである。


 だからこそ、5-5という今一つ実りの無いスコアはどうにも釈然としない。 



(青学館のディフェンスも悪かねえが……こうもミスが頻発するものかね)


 今日の失点は守備のイージーミスを突かれたものが大半だ。狭いコートで忙しなく走り回る強度の高さ故、多少の失敗は付きものと言えなくもないが。


 それにしたって足にボールが付いていない。いつもなら難なく繋いでみせるパスがほんの僅かにズレ、リズムが悪いまま試合は終盤を迎えている。



(走れてねえなあ、上級生)


 苦戦の理由は単純明快。

 運動量の少なさ。


 誰も彼も試合が進むに連れて、ボールを呼び込む動きがグッと減って来ている。スタミナ自慢のノノも本調子とは言い難い出来。


 後半は陽翔と真琴が出ずっぱりということもあり、消費体力にはある程度余裕がある筈の愛莉、瑞希、比奈も、終盤へ差し掛かり疲労は顕著。


 夏の大会は酷暑のなか計3試合を五人で乗り切ったというのに、当時と比べても明らかに消耗が早い。



(やっぱりな。一週間ちょっと前に始動じゃ間に合わねえと思ったよ……春休み中どこでナニしてたのかねえ)


 春休みの練習をほぼ毎日のように観察していた峯岸。新入り三人へのレクチャーに時間を割いていた影響もゼロではないが。


 実力的には五分五分と言っても良い青学館を相手に、現状のトレーニングでは明らかに強度が不足している。峯岸の推測は見事に的中していた。



(欲に溺れようと誰も咎めやしねえ、が……それで満足出来るのかね、お前さんたちは)


 そんな峯岸の心の声に応えるが如く、中央からの強引に突破でチャンスを作り出す陽翔。右サイドへ開いた真琴に預けゴール前へ。


 マークが陽翔へ集中するなか、真琴は後方から走り込んで来たノノにマイナス性のクロス。これをボレーで豪快に叩き込み、ついに勝ち越し。


 結局、コンディションの良い真琴と比較的余裕のあるノノ。技量で上回る陽翔の三人で取り切ってしまった。



「凄い! 一年生なのに大活躍じゃないですか! 本当にあの子、山嵜に入るんですよね!?」

「え? おう。そうだけど」

「……真琴くん。ふーん、真琴くんかぁ……!」


 悩みの種がもう一つ。すっかり真琴がお気に入りになってしまった橘田会長の目に、意中と思われた愛莉の姿は既に欠片も映っていない。



(絶対に勘違いしてるなコイツ……)


 余談だが、峯岸は橘田薫子という女子生徒を一年の頃からよく知っていた。風紀委員の顧問を兼任する役職柄、彼女とは度々顔を合わせる関係なのだ。


 クソの付く真面目な模範生徒。一方、お堅い性格とコミュニケーション能力の欠落が故か。なにかと悲惨な目に遭いがちな悲運の女である。




*     *     *     *




【二本目終了】


廣瀬陽翔×2

倉畑比奈

長瀬真琴

市川ノノ 

金澤瑞希


【山嵜高校6-5青学館高校】



(……あっぶねえー……ッ)


 本当にギリギリのギリギリだった。終了直前までパワープレーで押し込まれ、愛莉を再投入しなかったらまた追い付かれていたかもしれない。


 なんとかゴール前を固め凌ぎ切ったものの、収穫があるとすれば結果的に勝利したというただのそれだけだろう。



「公式戦モードはここまでということで、予定通りで大丈夫ですよね?」

「あ、ああ。問題無い……」

「流石は山嵜さん、恐ろしい決定力ですね。流れが悪くても個の力で取り切る抜け目なさ……結局、冬の対戦と同じような形になってしまいました」


 大粒の汗をユニフォームで拭う日比野。握手を交わしそれっぽいことを言ってのけるが、今回ばかりは安易に受け取ることは出来ない。


 前回の対戦と比べても、青学館のカウンターの鋭さ、繋ぎの精度は見違えるほど向上していた。有機的なプレスを掛けられず、何度もピンチを招いた。



 勿論それだけが苦戦の理由では無い。あまりにもこちらのミスが多過ぎた。

 特に終盤へ掛けてペースダウン甚だしく、勝ち越せたのは運が良かったとしか言いようがない。その運は俺が拾って来たんだけど。


 後半は日比野のゲームコントロール、14番のフィジカルに効果的な手を打てなかった。勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしというどこぞの名将の言葉が今は一層身に染みる。



「では30分ほど休憩して、三本目と行きましょう。こうも接戦だと経験の少ない子たちを起用するのは中々」


 青学館も控えメンバーの女の子たちをあまり投入しなかったので、三本目は今よりだいぶ強度の落ちた試合になると思われる。

 こちらも有希とルビーを出場させる予定だし、あまり参考にはならないだろう。


 終わったら大反省回だな……俺も俺でみんなの運動量をカバーするために前へ出ずっぱりで、後ろのカバーが疎かになってしまった。比奈と琴音のイージーミスも俺がフォローに入らなかったのが原因っちゃ原因だ。



「お疲れ。兄さん」

「サンキューな真琴。今日はお前のおかげで勝てたようなモンや」

「そう言ってくれるのは有難いケド、あんまり頼られても困っちゃうね」

「いやホンマにな……」


 後半は一度も交代せずコートに立ち続けた真琴。流石に消耗も激しいようで、肩を揺らしながらふらふらのハイタッチ。


 膠着状態を打破する効果的な一手に留まらず、まさか新入りの真琴が一番目立つ展開になるとは……上級生は本当に危機感持ってやらないとな。



「あの、陽翔さん。さっきからお二人とも倒れたまま動かないのですが」

「そっとしておけ……」


 コートへうつ伏せになってピクリとも動かない愛莉と比奈を、琴音が心配そうに見つめている。こちらもアフターフォローは必須か……。


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