674. 願ったり叶ったり
「瑞希ちゃんっ!」
「ナーイスひーにゃん! 」
キックインのリスタート。比奈の縦パスに反応し瑞希がドリブルで突っ込んでいく。サイドに開いた真琴を囮に使い一人でシュートまで持ち込んだが、これは枠を外れた。
再開後の入り方は決して悪くなかった。最後尾の比奈は出過ぎず下がり過ぎずの絶妙なポジショニングを保ち続けている。
瑞希と真琴が上手いことフォローに入りつつ、テンポ良くパスが回っている。この辺りは普段の練習でも発揮されているところ。
が、流れとしてはタイムアウト前とさほど変わらない。ボールは握れているが、肝心のフィニッシュで精度を欠く。
一人に責任を押し付けるような真似も心苦しいが、今日に限ってはどうしても愛莉がストッパーになっていた。
動き出しと言いパスの受け方と言い、どうにもネガティブなプレーが多い。オフェンスのスイッチが入り切らないのだ。
「愛莉ちゃんっ、前向けるよ!」
「……来たっ!」
真琴との小気味良いパス交換から、ゴール前で待ち構える愛莉へズバっとくさびが通る。実に見ていて爽快な縦パスだ。比奈も成長ぶりが窺える。
……うん。比奈もな。攻撃は良いんだけど。
「クっ……!?」
「ナイスブロック! 取れますよっ!」
愛莉のフィジカルを警戒してか、タイムアウト後から男子の22番が日比野と並んでラインを形成している。背後からアタックを掛けられ愛莉の身体は大きくよろめいた。
間一髪のところでフォローに回った瑞希へパスが通る。瑞希はサイドから抜け出した真琴へ横パス。これをインサイドで流し込むが……。
「ああっ! クッソ!」
「どんまいドンマイっ! ナイスチャレンジ!」
今度はバーの頭上を越えた。
天を仰いだ真琴を瑞希が励ます。
「長瀬! 良い落としだったけど、もうワンテンポ早くいこーぜ!」
「わっ、分かってる……!」
瑞希の声掛けにも鈍い反応。結果的に愛莉のポストプレーからチャンスが生まれたが、本意では無いだろう。トラップが乱れ22番に距離を詰められてしまった。
このメンバーで試合が進み既に5分近くが経過しているが、ここまで愛莉は一本もシュートを撃てていない。不味いな……ちょっと重症だぞこれ。
「なんで愛莉センパイ、あんなに余裕無いんですかね? いつもならワントラップでそのまま撃てる位置に置いて、さっさと振り抜いちゃうのに」
「逆になんでか分かるか?」
「んー。アップでもそこまでコンディションは悪そうに見えなかったですけど……なんか試してる形でもあるんですか?」
頼れるエースの不振にベンチのノノも首を傾げる。残念ながら不正解。今日の愛莉には得点を挙げる以外の宿題は与えていない。
「コンディション云々っつうより、意識の問題やな。また悪い癖が出てんだよ……点取ることに集中し過ぎて、イメージがカチコチになっとる」
「あ~。最近練習でよく言ってるやつですね?」
「そっ。一人で持ち込もうとするからアカンねん。せっかく真琴がラストパスの機会窺ってるってのに、合わせに行く動きがまったく無い」
年始に高校選手権を観に行った帰り、公園での特訓でも指摘したことだ。形は悪くても取りあえず撃ってみる……この意識が明らかに足りていない。
誰が言ったか知らないが、シュートを撃たなければなにも起こらないという素晴らしい格言がある。
綺麗な崩しからネットを揺らしても一点。泥臭く身体ごと押し込んでも一点は一点だ。価値に変わりは無い。
今日の愛莉の場合、俺の与えたゴールという明確な宿題に意識を置き過ぎているが故、ディフェンスを背負いながら右脚を強引に振り抜くという、一番自信のある得点パターンに固執してしまっている。
こういう状況でこそ、ラストパスが出て来るのを信じてゴール前に飛び込んだり、一旦下がって遠目からミドルを狙ってみたりと変化が必要なのだが……この調子だと気付きそうにないな。
「あっ。抜かれた」
「これは止められねえか」
日比野が真琴のチェックを剥がし、6番とのワンツーで前を向く。比奈が対応するが、これはあっさりと振り切られてしまった。反対サイドから22番が猛然と駆け上がりここへパスが通る。
瑞希のタックルも間に合わずシュートを放たれる。インサイドで巻いた精度の高い一発は、琴音の手をすり抜けネットを華麗に揺らした。
これで逆転だ。流石に男二人がフィールドにいる状況で守り切るのは難しかったか……先制してからリードを許すって、何だかんだで初めてだな。
「んーー、比奈センパイもちょっと守備の対応が……縦パスは良いカンジなんですけどねぇ。シンプルに疲れで重心が下がっちゃってます」
「せやな……意識はしっかり持っとるけど、身体が付いて行けてない。まぁ状況込みってのもあるが……しゃーねえ。瑞希! 交代や!」
ビブスを脱いでコートへ。
その際に瑞希と一言二言交わす。
「ありゃダメだね。自信ソーシツしてるわ」
「やっぱりか」
「いつも撃ってるところで全然前向かんし。電柱役やってくれるだけあたし的にはありがたいけどね」
「じゃ、ちぃとヤキ入れて来るわ」
「おー。頼むぜご主人様」
「別に主従関係はねえよ」
「どーだかね~~?」
前半残り時間は4分ほど。まぁ同点で終わらせるくらいワケねえだろ。他でもない俺が本気でゴール狙いに行くってんだから。まぁ見てろ。
「愛莉、ちょっと右サイド寄りな。俺と比奈でバランス取るから、真琴と距離感見ながらシンプルにやれ。ええな」
「…………ごめん。今日、全然ダメ」
「まったくや。ダメダメのへなちょこやな」
「だっ、だってハルトがあんなこと言うから……!」
「…………シャキッとしろ長瀬愛莉ィィィィ!!」
「ピャアアア゛アァァアア゛ーー!?」
キックオフの準備をしていた彼女の頬をまぁまぁな威力で挟み込む。パチーンと音がコートに響いて、愛莉は勿論青学館サイドも目を丸くして驚いている。
「試合とそれ以外は別腹やろがッ! 確かに俺も余計なこと言うたかもしれへんけどな! このまま今日終わってみろ、9番はく奪したるぞオラァッ!!」
「ヒっ……! ご、ごめんなさいッ……!?」
「一点取りゃそれで十分言うとんねんこっちは! カッコええとこ見せようなん甘ったるい考え今すぐ捨てろッ!! ブッ殺すぞ!!」
「はっ、ハイイイイイィィーーーー!!!!」
……………………
「なるほど。いっつもあーやって調教してんだな」
『女性に対して容赦ないわねヒロ……』
「やり口がマインドコントロールのソレなんですよねぇ……まぁ愛莉センパイ的には願ったり叶ったりなんでしょうけど」
「マインド……なんですかノノさん?」
「早坂コウハイには早いっすよ」
「あっ、そうやって子どもはダメ! ですよっ!」
全力全身の気合注入により、愛莉の表情に活気が戻って来た。元より体育会系の彼女だ、多少強引なくらいのやり方が効果的だろう。
キックオフで再開。宣言通り俺と比奈がラインを敷いて、下がって来る真琴と三人で自陣でのパス回し。
「ええぞ比奈っ! 後ろを向かない! 常に縦への意識を忘れるなっ!」
「がっ、頑張ってま~す!」
こちらは特訓の成果が着実に現れている比奈。相手のプレスに遭っても簡単には後ろを向かず、勇気を持ってチャレンジングなタッチが出来ている。
が、過度な期待は禁物だ。ノノが指摘した通り、早くも疲労の影響か動きが怠慢になって来ている。糸が切れてしまう前に打開策を…………っと、そうだ真琴、分かってるじゃねえか!
「比奈、空いたぞ!」
「愛莉ちゃんっ!」
俺と真琴が敢えてサイドに開いたことで、日比野と6番を外に釣り出す。中央にぽっかりとスペースが出来た。
22番のチェックに遭いながらも、後ろ向きでしっかりとボールをキープする愛莉。ここで前を向くのはリスキーだろ? だから……周りをよく見るんだ!
「姉さんっ、こっち!」
「……真琴ッ!」
「ッ!? 西村くん、裏ケアですっ!」
真琴が中央に寄って来た同時に、6番の背中を思いっきり押し出して右サイドを駆け上がる。同時に真琴から斜めのスルーパス。
ラインギリギリで回収。ゴール前には走り込んだ愛莉! そう、その動きだ!
「あぁっ!?」
「まだやッ! 走れ比奈!」
つま先を伸ばしニアへ飛び込んだ愛莉。ワンタッチでコースを僅かに変えるが、これは惜しくもゴレイロに防がれる。が、零れ球は後から追い掛けていた比奈に渡った。フリーだ!
「やっ、やった……!」
「ナイスです、比奈先輩っ!!」
インパクトと当時に芝生へ倒れ込む比奈だが、インサイドで冷静に流し込みネットを揺らした。ゴレイロも反応出来ず。これで同点!
「流石、私の比奈ですっ!」
「はぁ、はぁー……えへへ~、褒めて褒めて~♪」
「いつの間にこんなところまで……」
「はよ慣れろ。これが琴音の平常運転や」
秒で駆け上がって来た琴音が倒れたままの比奈の頭をナデナデ。せっかく追い付いたのに、疲れている比奈より気持ちゲンナリしている真琴であった。
そう。結果的にゴールを奪ったのは比奈だったが、愛莉がゴール前に突進したことで青学館の守備のバランスが崩れたのがキッカケだ。事実上彼女のゴールと言えなくも無いだろう。
「なっ。やれば出来んだから」
「でも、外しちゃったし……」
「続ければいつかは取れるさ……ナイスガッツ」
「……んっ。ありがと」
照れ気味にハイタッチを交わす愛莉。これで大事なことに気付いてくれれば良いが、まぁ試合は試合だ。そう簡単にも行くまい。
(しっかし走れんなぁみんな……ノノはともかく真琴が目立つのも納得や……)
前半だけでこうも荒れるものか。
これは後半も……。
【前半13分32秒 倉畑比奈
山嵜高校2-2青学館高校】
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