662. でも、やめられない
翌々日。いよいよ山嵜高校フットサル部は全国大会を目標に活動を再開した。
入試後からちょくちょく練習に参加していた有希と真琴が正式にメンバー入り。
暇そうにしていたルビーも引っ張り出して、計九人での再スタートとなる。
「もぉぉ、しぇンパぁイ……なんれ無視ふるんれふかぁ……」
まずはおよそ一週間後。第五週に予定されている青学館高校との練習試合に向けプレー勘を取り戻すため、走り込みを中心とした体力トレーニングとフリーゲーム。
すっかり遊びとデートに時間を費やしていた俺たちだが、心配はまったくの杞憂に終わった。
各々活動が無い日も合間を縫って自主練に励んでいたようで、皆の技術は衰えるどころか更にレベルアップしている。
毎日のように学校へ集まり、再開から今日で四日目。久々に本来のフットサル部の日常が戻って来たようで、なんだか嬉しい。
「むうぅー。ペットは寂しいと死んじゃうんですよぉー? あ、それとも噂の放置プレイってやつです? なるほどなるほど、そういうことですねっ!」
半面、暫くゲーム形式の練習をしていなかった弊害か。体力面ではやや不安を見せた一同。キッチリ仕上がっていた大阪遠征の頃と比べると少し見劣りする。
ルビーがまぁまぁ動けるのは嬉しい誤算だったが、そもそも運動初心者である有希を始め、大会を戦い抜くにはやや不安が残る現状と言ったところか。もっとも夏の予選まで時間はあるし、まだまだ焦る必要も無いけれど。
「ほらほらぁ、挟んじゃいますよぉ? つれないフリしちゃって、しっかり反応してるじゃないですかぁ……♪」
ところで練習内容はともかく、活動再開から数日、やや気になった点がある。
俺に対する距離感が若干変わってしまった奴と、そうでない奴で大きく二分されているのだ。
比奈と瑞希。これといって進展の無かった新入生二人とルビーはいつも通りだったのだが。
昨日の今日ということもあり初日の琴音は凄まじかった。
練習こそ集中していたが、休憩や練習後の談話スペースで露骨に距離を詰めて来て心臓に悪い。
想定とは真反対の方向へ振り切れ始めたのだ。言葉や態度にこそ出さないものの、帰宅時間まで俺の傍を引っ付いて離れない。
途中であの瑞希が引き剥がすのを諦めたくらいだ。比奈に至ってはずっとニコニコしているだけで助けてもくれない。
「んんっ、ひゅる、んじゅじるるる……ぺはぁっ、はぁー……んー、意外と難しい……」
そして問題の名ばかり部長。
何だかんだ春休み中あまり会えなかったのが原因なのか。俺が現れるのを待ち構えていた愛莉は、バスを降りるや否や人目も憚らず、仕事帰りの主人を迎え入れる忠犬の如く飛び込んで来て。
本気でウザそうな顔をしていた真琴に無理やり引き離されるまで、着替えも始められなかったほどだ。練習中もあからさまに俺をチラチラ見ているし、まるで集中出来ていない。
離れてくれないという点で愛莉は琴音の更に上を行った。昨日は交流センターのバイトで早抜けしようとする俺を涙目で引き留めるし。
でも頭を撫でて『また今度な』って言うとすぐ許してくれた。チョロいのか面倒なのか正味分からん。ひたすらに可愛いという事実だけ残った。
「まったく、あんまりおっきくても女の子は大変なんですよ? ちょっとは気を遣って欲しいものですっ。んふふ、仕方ありませんっ。やっぱりこっちで……」
そんなわけで、様々な思惑を抱えながら再び新館裏テニスコートへ戻って来た俺たちである。練習試合に向け本格的に動き出さなければ。
「はぁぁ~~……♪ このズルズルって引っ掛かりながら入ってく瞬間が堪んないんですよねぇ~……! ほんじゃ、失礼しま~す……」
今日も午前中から夕方までみっちりトレーニングだ。俺も俺で面倒を見るとか、コンディション調整だなんて生温いことは言っていられない。
全国の並み居る猛者を撃ち倒し優勝を掴み取るため、自身のレベルアップが何よりも先決である…………筈なの、だが……。
「……待て、ノノ」
「はい? なんですかっ?」
「流石にもう出ないと間に合わん」
「えーっ!? あと一回くらい出来ますよ~!」
「朝っぱらから余計なことに体力使っとる場合か」
「ほっほーん! ノノとの大事な大事なハイパーイチャラブレボリューションタイムを! 無駄と言い切りますかっ! エェっ!? ノノが誠心誠意込めてご奉仕してるってのに、なに暢気な顔してんすかッ!」
一糸纏わぬ姿で腰に跨り今にも及ぼうとするノノを寸前で呼び止める。が、言い出すのが少し遅かった。もう半分ほど飲み込まれている。
「聞いてた話とちゃうなあ……」
「ほえっ? なにがですか?」
「……普通もっと痛がったり、怖がったりするもんじゃねえの?」
「だってセンパイ、メチャクチャ時間掛けて準備してくれるじゃないですか。あんだけ丁寧にほぐしてくれたら全然余裕ですよ」
「言わんでええねんそんなこと……」
「んははっ。照れちゃってー♪」
「うるせえアホ、死ねボケ」
昨日の練習後。交流センターのバイトから帰って来ると自宅アパート前でノノが待ち伏せしていた。
夜遅くで追い返すわけにもいかず、適当にご飯を食べて並んでテレビを見ていたら、いきなり『そろそろノノの順番ですよね』と誘われて。
これといって断る理由も見つからず。ロクに雰囲気づくりすらしないまま、あっさりと一線を越えてしまった。
散々待たされたんですから、一晩泊まっていく権利くらいありますよね。まぁ嫌って言っても泊まりますけど。とかなんとか言って、今朝は彼女と二人で目覚めを迎えた次第。
「……実は初めてじゃなかったり?」
「ちょっ、それは怒りますよマジでっ! 昨日も言ったじゃないですか! スポーツしてる女の子は知らんうちに破れてたりするもんなんですよ!」
「ごめんって……分かったから一旦離れっ」
「失礼なセンパイには罰を与えますっ!」
「止めろって! ご褒美の間違いやろッ!」
「ザッツラーーイト!!」
ある程度予想はしていたが、汐らしく痛がっていたのは最初の頃だけで、すぐにコツを掴んだようだ。市川家でのソレと違わぬ可愛らしくも貪欲な、彼女らしい装いであった。
これだけ身体を酷使してまだガタが来ていないのは、偏にこれまでの努力とセレゾン時代に培った体力の賜物と言えるだろう。
財部に礼を言わなければならない。なんて、こんなことで感謝される筋合いは無いと大目玉を喰らうのは目に見えているが。
「ちょっ、マジでアカンて、ホンマ遅刻すっから。勘弁してくれって」
「少し遅れたくらいじゃ誰も怒りませんって。てゆーか、ギリギリのタイミングで一緒に来たら逆にバレちゃうじゃないですか」
「それは……そうかもしれんけど」
「30分くらい遅れて『偶々同じバスで来ました~』ってほうが信ぴょう性ありますよ。皆さん色々考え込んでるんで、一周回って効果てき面ですっ」
「うーむ……」
ようやく本来の目的に向かって再スタートを切ったというのに、またノノのせいでい振り出しに戻ってしまいそうだ。
しっかり公私の分別を付けて、真っ当な学生生活を送れば良いだけの話。確かにその通りなのだが、そう簡単に話も進むまい。
なんせノノだけでなく、誰もが振り返る美少女たちが揃いも揃って、俺に対して邪な感情をぶつけに掛かるのだから。
そして俺も、彼女たちの情熱的なアタックを受け止めて流すだけの器量をまだまだ持ち合わせていない。
控えめに言って、最高に充実した春休みだ。色んな意味で。それはもう、本当に色々な意味で。
だが何度も自戒しているように、それはあくまで俺たちの一部分。根っこにあるのはフットサル部としての活動であって、こっちが本筋になってはいけないのだ。少なくとも全国大会という明確な目標があるうちは。
我慢しなければならない。
自制しなければならない。
でも、やめられない。
止められるわけないのだ。
始まったばかりの俺たちに、そんな余裕は無い。
後悔など何一つしていないが、これはこれで新たな悩みの種になってしまいそうだ。
そして、なにが悩みだ。惚気てんじゃねえよって、いい加減真面目に叱られるべきだ。
誰でも良い。
俺たちを罰してくれ。
だから、ちょっとだけ。
ちょっとだけ猶予を与えてくれ。
「くハァぁー……っ!! やばいっ、やばいですこれ、ホントむりぃっ……!」
「自分からしといて無理もクソもあるか……!」
「えへへへっ……やぁーっとヤル気になってくれましたねぇー……?」
「……すぐに終わらせるからなっ」
「じゃあ、続きは夜にしましょう♪」
「後のこと考える余裕があるのかよ……ッ!」
「あっ、ちょ、だめだめだめ、らめれふっ、しょんないきなりつよっ、うぁっ……――――!」
まずは遅刻の言い訳を考えるところから始めなければならない。が、そんなことも数秒経てば忘れてしまった。
どうすれば良いんだ。とっくに溺れていて、助けて貰うつもりも無いだなんて。改善の余地があるのかどうかさえ疑わしい。
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