649. ポカポカする
浴室から二階の部屋まで上がるのも辛そうだったので、お姫様抱っこでベッドまで運んでやる。
誕生日の夜もこんな風に彼女を自室へ連れ出した。腕中で心地良さそうに目を細める瑞希を見て、少し思い出したのだ。
だが、その時と決定的に異なるのは……。
「あー……クッソいてー……ッ゛」
「ごめん。ホンマごめん」
「一生恨むからなコンチクショウ……」
「許してくれ。頼む」
「怒ってはない! 怒ってないが! 痛い!! ただそれだけだッ!!」
タオルに包まれたままベッドにうつ伏せで横たわる瑞希。今も強烈な痛みに苛まれているようで、大声を出して緩和しようとしている。
唸り声を挙げ振り子の如く身体を左右に揺らす。これも痛みを和らげる手段の一つなのか。妙にアホっぽい絵面で、労わるにも若干の気後れが。
誤解を恐れず言えば、失敗してしまった。
しっかりと準備は整えたが、思っていたより瑞希が痛がってしまった。なんとか最後まで致すことは出来たが、自分本位のまま終わってしまった感はある。
前の二人より出血も明らかに多く、濁った浴槽のお湯を処理している間、痛々しそうに顔を顰める彼女を横に申し訳なさも募る一方だった。
「ホンマ悪かった。優しくなかったよな」
「……いやまぁ、メッチャ気づかってくれてるのは分かったし。うれしかったし。全然いいけど。ハルは?」
「……最高やったけど」
「ん。ならいーし」
「でもすっげえ泣いてたし、ちょっと心残りやな」
「泣くわッ! そりゃ泣くわ!! 身体に穴空いてんだぞいてーに決まってんだろーが! デカ過ぎんだよ!!」
枕を引き寄せ、隙間から涙目で睨み付けて来る。猛獣にも聞き間違うおっかない唸り声だ。それはちょっと逆効果。可愛いだけ。
「……え、アレか? あたしがおかしいのか? 逆に」
「んなことはねえと思うけど……」
「長瀬とひーにゃんはどーだったの?」
「……流石にプライバシーもあるんで」
「良いじゃん教えろ。あたしを安心させろ」
よほど気になるのかゴロゴロ転がってこちらへ近付いて来る。なんだよ痛いんじゃなかったのかよ。
まぁ外部に漏れることも無いだろうし別に良いか……愛莉は怒るだろうけど、比奈はむしろ喋りたがるかも分からん。いやどうだろう。何とも言えん。
「愛莉は痛がってたぞ。普通に。割かしすぐ慣れてたけど。比奈は…………これ絶対本人に言うなよ」
「言わねーって」
「…………最初からフルスロットル」
「だろーな。ひーにゃんだし」
「ええ。辛辣」
瑞希にまで真顔でそんなこと言われるとは。フットサル部の中では断トツで普通の女子高生だったのに、比奈さん。どうしてそうなっちゃったの。
「冬休み終わったくらいからさ、もう全然隠さんようになったんよな。フツーにハルのいないところで昨日何回〇〇ったとかメッチャ話して来るし」
「マジで言うとんのそれ……ッ」
「うん。あたしと市川にだけな。ゆーてあたしも話合わせてるんだけど。そりゃ一人でも偶にはするけど、休みの日丸々潰したとかそんなレベルじゃねーよ」
「倉畑さん……ッ!!」
ノノ顔負けの無尽蔵なスタミナと強欲ぶりにはしっかりと裏付けがあったのだ。もう知っちゃってるから今更だけど、敢えて聞きたくはなかった……ッ!
「はー。やっぱあたしが痛がりすぎかー……」
「いや、それが普通やって。悪く言うわけじゃねえけど、アイツらがおかしいんだよ。最初から気持ち良くなるケースは珍しいって聞いたぞ」
「でもなんか負けた気がする」
「勝ち負けじゃねえって……だから、俺もやり過ぎたんだよ。二人のせいで感覚おかしなってん、全然ブレーキ掛けられへんかったし」
「…………まだデカいしな」
羞恥心だけは浴室に置いて来たようで、未だに天井へ向かってそそり立つ愚弟を瑞希は隠そうともせずマジマジと見つめる。
まだ昨日のドーピング効果が残っているのか……或いはマグロにもそういう作用があったりするのだろうか。
正直に言うと、ちょっと物足りなさはある。腰は痛いけど。性欲と体力が釣り合わない。
しかしあれだけ痛い思いをさせてしまった以上、無理に付き合わせることは出来ない。困らせたいのはともかく、泣き顔を見たいわけじゃないし。
場所も悪かったのだ。せめて瑞希の部屋まで我慢すれば良かった。相変わらず肝心なところで気が利かない。やることやっても課題は山積みのままだ……。
「…………なんか、ごめん」
「瑞希が謝ってどうすんだよ」
「だって、満足してないんでしょ」
一転、枕に顔を埋め力無く呟く。自分のせいで俺が物足りないまま終わってしまったと、責任でも感じているのか。だとしたら高望みだ。
「もっとフツーに、上手く出来ると思ってたのに……メッチャ悔しい」
「仕方ねえよ。こればっかりはぶっつけ本番やからな、人によって差もあるし……それに言っただろ。ホンマに、最高やったから。なっ」
「…………ホント?」
「マジマジ」
「むう。テキトーじゃん」
「違うって。だから……アレや、こういうのは回数重ねるのも大事やし。そのうち瑞希も慣れて来るから。絶対に。ホンマ心配すんなって」
「なに上級者ぶってんだよ。うざ」
「お前よりか手慣れてるからな。不思議なことに」
「……まーね」
想像していたような初体験にならなかったのが結構ショックみたいだ。あんなに泣いて痛がる姿は、瑞希にとっても瑞希らしくないもんな。
彼女の抱えている不安や焦燥は一朝一夕で解決するものではない。こういうことにしたって、時間を掛けてゆっくり向き合うのが大切。
そうすればきっと、何もかも上手い具合に溶け合って、万事丸く収まる。俺に出来て、俺たちに出来ない筈が無いのだ。
「ねー。ハル」
「どした」
「一緒に寝よ」
「改まって言うほどのことか」
「いーじゃんべつに。早く来い」
布団を持って来て一緒に中へ包まる。生乾きの髪の毛に指を通すと、瑞希はうっとりと目を細め身体を擦り寄せた。
「……あったかい」
「な。ポカポカする」
「風呂上がりならそーだろ」
「そうじゃねーよ」
「ハルは途中から寒そうだったけどな」
「わざわざ痛い思い出蒸し返すなよ」
「いーんだよ、あたしが喋りたいんだから」
「ならええけど」
……………………
「……次はもっと、上手くやるから」
「そのうちな。ゆっくりやろうぜ。こうやってくっ付いとるだけで幸せや」
「…………んっ。あたしもっ」
重なった手をギュッと握り締め、頭を胸元へ押し付ける。甘える子猫のようだ。無邪気にはしゃぐ彼女も、汐らしく身を寄せる彼女も、やはりどちらも等身大の瑞希で、俺も嬉しくなる。
軽く触れ合うだけのキスを何度も何度も繰り返し、瑞希はその度にニコニコとはち切れんばかりの笑みを溢す。良かった。少しは元気になってくれたかな。
「なんか、変なカンジだね」
「いっつも似たようなことやっとるけどな」
「そーだけど……でも、なんか違うっぽい。ハルのあったかいところが、いつもより近くに感じる。ヤったあとだから?」
「かもな」
「……だったら、意外と悪くないかも」
「また一つ成長してしまったか」
「なるほど。いよいよ完成形が近いな」
「あとは瑞希の頑張り次第ってわけよ」
「……じゃあ、ちょっとだけがんばる」
「おう。ちょっとだけ頑張れ」
満足げに力強く頷く。それで良い。これからも沢山失敗したり、辛い思いをするだろうけれど。その痛みの半分は俺とみんなで分かち合うから。
今までもきっとそうだったのだろうし、これからも一緒だ。どんなときでも手を繋いで、同じモノを共有して。そしたら一つになれるよ。いつか必ず。
「いいよ。好きなだけさわって」
「なら遠慮なく」
「あ、そこはだめ。まだ痛いから」
「こっちは?」
「…………いーけど、ちゃんとおっきくしろよな」
「結局、揉んだらデカくなるって迷信なのか?」
「分からん。でもワンチャン賭けるわ」
お互い空いた手で色んなところを触って、くすぐって、布団の中でモゾモゾ動いて。偶に目が逢って、笑い合って。そんなことをずっと繰り返していた。
陽はとうに落ち、長い夜が始まろうとしている。こんな時間が永遠に続くことを願う一方、明日も間違いなく昇る朝日を、やはり心待ちにしている。
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