599. 食べちゃうぞー♪


「せっかく着替えたのになんでまた……」

「念には念を入れるんだよ~♪」


 ホテルへ戻って来るや否や、一度自分の部屋へ行って元の浴衣へ着替え直すように命じられる。


 ノノたちの宿泊している部屋の前、というか女子部屋の二つ隣だったんだけど。そこで落ち合う。なんだよ、たった二つ隣なら寝るときは戻れば良かっただろ。ルビーお前に言ってんだよ。



「証拠、隠滅!」

「なんて良い笑顔」


 同様に浴衣姿へ戻っていた比奈。鍵をぶら下げ悪戯に歯を光らせる。


 お散歩中よりも若干テンションが高いような。なんだか鼻息が荒いというか、挙動が変だ。気にし過ぎだろうか。


 なんでも「ただでさえ一番は嫉妬されちゃうのに、朝からずっと独占してたって知られたらみんな拗ねちゃうよ~」とのことらしい。なにに対して気を遣っているのかイマイチ分からぬ。



 鍵を開け部屋へ侵入。どの階どの部屋も同じような作りなので、ノノたち下級生の荷物がざっくばらんに放置されている点を除いて特段目を惹かれるものもない。


 って、普通に着いて来ちゃったけど。誰もいない下級生組の部屋に連れて来て、比奈はいったい何をしようとしているんだ。


 こないだのリベンジって、まさかアレのこと?

 違うよね? 先走らないよね倉畑さん?



「目的が二つあります」

「……はいなんでしょう」

「ノノちゃんのプレゼントが気になります!」


 なんの悪びれもせずノノの私物を漁り出した。そうだね。確かに昨日、かなり気にしていたね。これは抜け目ないのか趣味が悪いのか、どっちで片付けたら良いんだろうね。怖いっすよ倉畑さん。



「程々にせえよ」

「袋開けたりしないから大丈夫だよ~。あっ、これかなー。んーっと…………分かった、チョーカーだ!」

「その能力もっとええとこで使わん?」


 部屋の明かりを巧みに調節し、赤い包装紙の中身を的中させる。せっかくノノが気を遣ってみんなの前で出さないでおいたのに。

 まぁ比奈に限っては大して問題でも無いのかなぁ。比奈だからなぁ。なんならそういうの、この人が一番着けたがりそうだよなぁ。



「なるほどぉ、ノノちゃん考えましたなぁ~……うん、わたしも欲しい」

「ほーら言うた」

「えー、なんでー?」

「そりゃもう比奈やし……」

「むー。どういうことかなー?」


 それっぽく頬を膨らませるが怒っているようには到底見えない。あざとい。旅先だろうとなんだろうと関係ない。然るべくあざとい。


 プレゼントにチョーカーを選ぶこと自体、送り主の独占欲をそのまま表していると言っても過言ではない。

 人目を盗んでイチャイチャするのが大好きな比奈からしたら性癖ド真ん中みたいなものだろう。



「んー。でもそっかー。流石に二つ着けるのはカッコ悪いから、他のアクセサリー考えないとなあ」

「もうええって。しまいには指10本全部リングで埋め尽くされるわ」

「あははっ。それはキャラじゃないねえ」


 プレゼントを元通りに戻して比奈は立ち上がる。用事があるのか玄関のほうまでとことこと歩いて行った。


 瑞希とのペアリングに始まり、愛莉にはブレスレット。ルビーには財布を貰い、有希と真琴にはリストバンド。手持ちの小物がアイツら関係でどんどん埋まっていく。


 この際だからありがちな装飾品は全部付けて、徹底的に他の人間を遠ざける方針にシフトしてみようか。魔除けならぬ女避けになるかも。



「陽翔くん。いま何時?」

「6時40分」

「おっけー。本当は時間と場所も気にしたかったけど、せっかくの機会だし、しょうがないよね」

「……えっ? なに?」


 突然話が変わる。どういうことかと理由を聞くまでもなかった。二人だけの部屋に響き渡る、不穏な金属音。


 ドア先に立つ比奈。

 お前、いま、鍵閉めた?



「もう一つの目的は、ね?」

「…………なに?」

「わたしをプレゼントすること、だよ」

「…………お酒でも飲まれました?」

「なんでそんなに冷静なの? 泣いちゃうよ?」

「んな笑いながら言うことか」


 恍惚の表情を浮かべ、俺を追い詰めるかのようにゆっくりと近付いてい来る。思わず後退りもしたくなる。普通に怖い。サイコ味が凄い。



「陽翔くんに押し付けたい趣味は沢山あるんだけど……出逢ってから初めての誕生日だからね。思い出に残るものが良いなあって。まさか愛莉ちゃんとあんな約束してるなんて思わなかったけど、逆に良いタイミングだよね」


 そうだ。こないだのリベンジってやっぱりアレのことだ。あの、もしかしてなくても、貞操狙ってらっしゃいますね。


 プレゼントはわたし、を本気でやって来るとは。そしてそれが比奈だとは。最近色んな方角から裏切られる。



「ホーント鈍感でどうしようもない人。ねえ陽翔くん。あんなに真面目な風に話しておいて、すごいこと言っちゃったね?」

「な、なに……?」

だなんて、綺麗に取り繕っても意味無いんだよ。ちゃんとハッキリ言おう? 愛莉ちゃんとえっちなことするんでしょ?」

「それはまぁ、その通りだが……」

「陽翔くん、女の子を浅いところで舐めてるよね。そんな話を真横で聞かされて、わたしがなんとも思わないとでも思った? ねえ、陽翔くん! 大好きな人が、大好きな友達と、えっちなことするんだって! そんな話を真剣にされて、わたしがどう感じるのか、一瞬でも想像した!」


 目が。目がヤバイ。

 完全に獲物を屠る肉食系のそれ。


 浴衣姿に戻ってから妙に落ち着かないと思った。これはつまり、怒っているのか? 全力で謝って危機を回避する場面だよな? いきなりどういう状況?



「す、すまん、流石に空気読めなかった! そうだよな、比奈やってその辺のこだわりはあるよな、俺が鈍かった、なっ?」

「……ふーん。まだ分かってなさそうだねえ」

「あ、あれ? 違う……?」

「しょうがないなあ。じゃあハロウィンのときと同じで、こうやって分からせるしかないよね?」


 比奈は着ていた浴衣をゆっくりとずり下ろし、華奢で真っ白な肩を露出させる……えっ!?



「おまっ、下着は!?」

「んふふっ。どうなんだろうね」

「だからわざわざ着替えたのか……!?」

「どうなんだろうね」

「……まさか下も履いてないとか、言わない……よな? 瑞希とかノノじゃあるまいし、比奈に限ってそれだけは無いよな!?」

「どうなんだろうね!!」

「決まりやなァ!?」


 なんということだ!

 比奈が発情してしまった!


 ふざけている場合ではない。完全に変なスイッチが入っている。統合すると、湖周りで散歩しているときから、俺と愛莉がどんな関係になるかを想像して、話聞きながらずっとムラムラしていたと? あの比奈が? そんなことある?


 ……あり得ないとも言い切れないのがやっぱり比奈だ。夏休みに出掛けたときも、ハロウィンのときも。最近だって教室でやたらベタベタ触って来るし。

 スイッチが入るのはいつも突然なのだ。その癖こっちから攻め込むと異常に弱いという。



「慌てる理由が分からないなあ。わたしたちだって遠からずそういう関係になるのに、まだ恥ずかしいの? こないだはそっちが襲って来たのに?」

「それに関しては言い返せねえ……ッ」

「だいたい、ノノちゃんとはそれなりに進んじゃったんでしょ? なら陽翔くんのほうが経験豊富なんだから、むしろリードして欲しいんだけどなあ」

「未経験の生娘が浴衣一枚で男を誘惑するかッ!」

「あっ、それは確かに」


 四つん這いで布団を跨ぎグングン近付いて来る。逃げようと思えば逃げられない道理は無かったのだが、身体が硬直していた。

 単に受け入れる用意が出来たのか、恐怖で竦んでいたのか、何とも言えないところだ。



「捕まえたっ♪」

「た、食べないでください……」

「食べちゃうぞー♪ がお~~♪」


 馬乗りされてしまう。肉食系を自称するにはちょっとばかり可愛げのあり過ぎる鳴き声だが、その頼りなさ故に逃げ場が無いことを窺い知る羽目となった。


 そのまま両腕を拘束されて、本当に捕食でもするかのような勢いで唇を奪われてしまった。

 比奈にしてはちょっと強引過ぎる気がしないでもなかったけれど、喉奥へ沁みる多幸感に打ち消され、それ以上はなにも考えられない。


 もぞもぞと腰をくねらせ、何かを求めるように身体をすり寄せて来る。然るべき主張が収まるべき箇所へと近付き、比奈は短く甲高い悲鳴を挙げた。



 なんかもう、ええわ。抵抗する意味も無いわ。ただの痩せ我慢だわ。流されよう。ごめん愛莉、比奈には勝てなかったよ……。



「……気になる? ここがいま、どうなっているか」

「…………き、気になる……っ」

「なら見せてあげる。陽翔くんのも、全部見せてね?」


 裾を手に取って、ゆっくりとたくし上げていく。

 その先にはあられもない姿となった比奈の……。



「そこまでだ、倉畑比奈ァッ!!」


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