534. 興奮しちゃった?
「ノノっ、リターン!」
「ほいさっさー!」
中央でくさびのパスを受けたノノがダイレクトで展開し、愛莉が右サイドから抜け出す。すかさず瑞希がブロックに入ったが、シュートと見せ掛け足裏でワンテンポ分ズラしシュートコースを作り出し、右足トーキックで華麗にネットを揺らす。
正月の特訓の成果はしっかり出ているようだ。愛莉らしからぬテクニカルな一発でリードを広げ、同じくノービブス組の琴音含め三人で喜び合う。
個々人同士を取り巻く環境が変わろうとも、フットサル部の練習に大きな影響は見受けられない。ウォームアップもそこそこに3対3の強度の高いミニゲームが繰り広げられている。
厚手のカーデガンと可愛らしい制服が似合う彼女たちも、一度ウェアに着替えてボールを握ればアスリートの端くれ。地を這うような極寒も燃え滾る勝利への情熱までは掻き消すことは出来ない。
「比奈、ええカバーやけど次の動きでノノに引っ張られ過ぎや。あの状況で逆サイドのノノにボールは出て来ない。シュートコースを消すことを第一に考えろ。ええな」
「はーい、善処しまーす」
「瑞希はカットイン警戒し過ぎ。奪い切れなくてもサイドに追いやったり遅らせるだけで十分や。インプレーのなかだけで考えるなよ」
「あーん!? ハルの戻りが早かったらちゃんと当たり行けたけどなァ!?」
守備責任としては彼女と俺で割合7:3ほどの場面だったが、あくまでも強気に突っぱねる瑞希。
まぁ俺が指示するだけじゃなくて、向こうからも何かしら要求があった方が健全な形ではある。俺とて守備は完璧ではないし。
「陽翔くん、なんだか嬉しそう」
「えっ。そうか?」
「瑞希ちゃんのせいで興奮しちゃった?」
「んな特殊性壁は持ち合わせてねえよ」
再開を前に比奈が口元を抑えクスクスと笑う。最近こういうのが多い。何故かは分からんが、練習中の俺はみんなのプレーを見てニヤニヤ笑っているそうだ。
敢えて理由付けをするとしたら、みんなが俺のプレーに慣れて手放しで賞賛するようなことが無くなったのと、自分なりに改善点や指摘を口にしてくれるから、かも。
セレゾンでは理不尽な言い掛かりを飛ばして来た江原を除いて、俺のプレーに文句を付ける奴なんて誰も居なかったからな……チーム一体で練習出来てる感、とでも言えば良いのか。そういう感覚を最近物凄く覚える。
それだけ俺の存在、プレーがこのチームにおいて当たり前のモノになって、必要以上に意識することが無くなったというわけだ。素直に喜ぶべき点ではあるが。
この流れが普段のコミュニケーションにも良い方向へ作用してくれれば良いんだけどな……今日一日のやり取りを顧みると尚更そう思う。
「どわっと!?」
「あっ、ごめん」
サイドでボールを受けたノノが狭いスペースで一人晒されていたので、奪い切るチャンスと見て気持ち激し目に当たりに行くと。
無理に振り切ろうとしたせいか、バランスを崩し転倒してしまった。転々と彷徨うボールを回収しゴールへ流し込むが。
「いったたたた……」
「悪い、思っクソ吹っ飛ばしてもうたわ」
「まったく、か弱いレディーに対して遠慮もクソも無いですねセンパイはっ!」
「……レディー?」
「そこで疑問持つのおかしくないっすかね!?」
腕を引っ張り立ち上がるよう促すが、ノノはコートに座り込んだまま頻りに右膝の様子を気にしている。ちょっと擦り剥いたか。こりゃ悪いことをしてしまった。
「立てるか?」
「いやいや、ちょっと痛いって程度…………あれ、止まんないっすね」
「ちゃんと水で流した方が良いな……すまん、一旦抜けるわ。四人で続けてくれ」
膝からダクダクと流血している。あくまでもテニス用の堅い芝生だから、転んだら普通の芝生やフローリングのコートより怪我に繋がりやすいよな。
「おしっ、ジッとしてろよ」
「うわわわっ!? ちょっ、センパイ!?」
血を流したまま歩かせるのも可哀そうなので、身体ごと持ち上げてノノを抱き抱える。分かりやすく言うと、お姫様だっこというやつ。
「あーー!! ズルい市川ッ! 代われっ!」
「ええから大人しくやってろ!」
「いいなー、わたしも怪我しちゃおっかな~」
「アホ抜かすな!」
グダグダ不満垂れる瑞希と比奈を振り切って、すぐ近くの水場へノノを運んでいく。もっとギャーギャー騒がれるものかと思っていたが、これといって抵抗も見せず大人しいままの妙に汐らしいノノである。
水道の前で腰を下ろし、すぐにコート脇に置いてあったボトルを取りに走る。洗い流すだけで済むような怪我だから良かったが、応急手当のセットとかなんも持ってないなぁ……これも部費で買い足すか。
「うひっ! ちびたァっ!」
「我慢せえこんくらい」
2月上旬に冷水直浴びはさしものノノでも辛いようで、苦渋の面持ちで身体を震わせる。気持ちは分かるよ。俺もこないだ経験したから。よく風邪引かなかったよな。
「ごめんな、綺麗な足汚しちまって」
「まぁ、あちこち絆創膏貼っ付けてた方がむしろノノらしいまであるんで、それは良いんですけど」
「なんや、土下座でもしろってか」
「ちっ、違いますよぉ……急に優しくされても困っちゃうっていうかぁー……」
「こんなん優しさのうちに入らんて」
まさかコイツ、恥ずかしがっているのか。ノノの癖に。急に性別思い出すな。腐ってもノノだろ。しっかりしろ。
「……んだよその不満顔は」
「いやあ別に不満では無いですけど……ホンっト分かんないなあ……なーんで女の子に対してだけこうも気を遣えちゃうんですかねこの人……」
「言うほどやろ」
「だとしたら結構なヤリ手っすねぇ……」
納得いかない様子で唇を尖らせる。何に納得行っていないのかは当人さえ分からないようだったが。
いやだって、俺が怪我させたんだから俺が処置するのは当たり前だろ。こんなところで評価上がったりトキめかれたりしても困るんですけど。
「おら、血も止まったろ。戻るぞ」
「センパイ。まだ痛いです」
「我慢せえや」
「膝じゃなくて、ここが痛いです」
豊左胸を鷲掴みしてグニュグニュと揺らす。
これを真顔でやるってんだから対応に困る。
あんまり意識しないようにしてるけど、ノノもノノで結構デカいんだよな……プレー中とか愛莉や琴音に劣らずバルンバルンに揺らしてるし……。
「…………成長痛か?」
「残念ながらここ一年ほどサイズは変わっていないのです。あっ、でもワンチャン成長痛かもしれません。揉んで癒してください」
「ハッ。やなこった」
「……センパイ」
「あっ? んだよさっさと戻るぞ」
「ノノ、真面目にお願いしてます」
…………はいぃ……?
「……いや、やんねえって。アホかよ」
「困るんですよ。こっちは真面目に練習してるってのに、急にカッコいいところ見せないでください」
「……なに? 急に」
「じゃあホント、マジで勘弁してください。これでもノノ、コートに立ってるときは女捨ててるつもりなんですから」
「年中捨てとるようなモンやろお前」
「…………ハァーっ……やっぱりセンパイにとってのノノって、結局そういう括りなんですねえ……っ」
「……な、なんだよその言い草は」
ガックリと肩を落としため息を溢す。
馬鹿に落ち込むな。どうしたいきなり。
「センパイにとっての大事な女の子のなかに、ノノは入ってないんすよ。結局」
「……いや、アホなこと言うなって。お前のことも大事に決まってんだろ」
「だったら、ちゃんと態度で表して欲しいです。ノノ、さっさと辞めたいんですよね。センパイの後輩」
傷口に唾を吐き飛ばし雑に塗りたくるノノ。女使いして欲しいのならこういうところから改めろとお小言の一つも言いたいところだが……。
「センパイ。次のレンタル彼氏のお仕事っていつですか?」
「だから違うっつってんだろ。ああ、お前やろそのワケ分からん噂流したの。勘弁してくれって」
「じゃあノノ限定のレンタル彼氏でも良いんで、予定空けといてください。拒否権無いんで。分かりましたね?」
「…………まぁ、遊びに行くくらいなら」
「言いましたね? 約束ですよ?」
「お、おうっ……」
スクっと立ち上がりお尻の汚れを払うと、膝の痛みを気にする素振りも無くすたこらとコートへ戻っていく。
な、なんだ……? 今のやり取りで俺に落ち度があったっていうのか……?
「あーあー! 自分から嗾けといてこのザマですよ、まったく、まったく! これだから市川ノノという人間は困るんですよっ! ねーっ、センパイ!!」
謎にハイテンションで自身への不満をぶち上げる彼女。言っている意味は良く分からないが、何かしら不満で納得していないのは明らかである。
…………そうか。レンタル彼氏なんて俺がやるわけないって、アイツが一番良く分かってるんだよな。そんな馬鹿らしい噂を敢えて広めたということは……。
「ノノ」
「はいっ!? なんですか!?」
「なんで俺がバイト始めたか、お前なら分かってんだろ。ていうか話したよな」
「…………はい、知ってますよ。ノノたちのためなんですよね。でもそれはそれ、これはこれなんで! ノノだって女の子なんですよ! これでも! 仮にもっ!」
謎のポージングを残しコートへ駆けていく。
なんだよ。分かってんじゃねえか。
だったら素直に受け止めろや。
まったく、煮え切らん日常だ。
どっちが重いのか分かったモンじゃねえな。
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