513. 番長のお墨付き


 悪い予感が的中する、というほどのものでもないが。二人きりの空間で愛莉が漏らした懸念のうち一つは、思いのほか早い段階で具体的な形となって現れた。



(おせえな)


 翌週末、有希と真琴への合格祝いもといご褒美が果たされることとなった。

 まずは土曜日、真琴と出掛けるフットサルのプロリーグ観戦。今年一番の最低気温を記録し、ゴワゴワで使い心地の悪いマフラーが今日も手放せない。


 会場はハロウィンに比奈と出掛けた箇所とほど近く、駅から歩いて十分も掛からないところになった。工事が終わったばかりの新しい体育館で、収容規模は練習試合の舞台となった高槻のサブアリーナより少し広いほどか。


 わざわざ待ち合わせるのも面倒だろうという真琴の計らいで現地での集合となったのだが、約束の時間間際となっても中々姿を現さない。電車でも遅れているのか。



「お、お待たせ……っ」

「おっせえよ。もう試合始ま……」


 特徴的なハスキーボイスに釣られ振り向くと、思いもよらぬ光景が広がる。


 真琴当人であることに違いは無いのだが、見慣れないボルドーカラーのカーデガンにチェック柄のベレー帽。寒さ対策と言い張るにはあまりに無防備な丈の短いスカート。


 見慣れた中学のジャージ姿とは似ても似つかない。声を掛けられなければ彼女であると気付かないほどの変貌ぶりである。

 どう考えてもフットサルの勉強をしに来たとは思えない一張羅だ。それこそすぐ近くのコスモパークに連れて行った方がよっぽど馴染む装いだろう。



「どうしたその恰好?」

「……昨日比奈先輩に連れてかれてさ。今日のこと話しちゃったら無理やり……」

「ファッション番長のお墨付きか」

「高いのばっか買おうとするから、何とか説得して安いの選んでくれてさ。まぁ結局全部出して貰っちゃったんだケド……」


 こっ恥ずかしそうにスカートの裾を抑え顔を赤らめる。比奈に選んでもらったというのであれば納得のコーディネートだ。

 姉と似て洒落っ気の無い奴だし、自ら進んでこういう恰好はしたがらないだろう。


 買い物前にイメチェンして現れたあの日の愛莉とダブって見えるのも気のせいではない。姉妹揃って見た目を整えただけでこうも女の子らしくなるものか。半分悪口かこれ、辞めておこう。



「や、やっぱ変だよねこういうの……っ」

「いや、全然。よう似合っとるで」

「いっ、良いってお世辞とか……! ほら早く行こう! 試合始まっちゃうから!」

「遅れて来たのお前やろうが」

「とにかく!!」


 ツカツカと前を通り過ぎていくが、一歩進むごとに足元はグラつく。随分と歩きにくそうだと思ったらブーツまで履いて。遅れて来た理由がもう一つ見付かった。


 比奈にしても同じことが言えるが、こういうゴスロリ系の服ってスレンダーな体型じゃないと絶対似合わないよな。まぁアイツは出るとこ出てるけど。


 ちゃんとお洒落すれば真琴もここまで女らしくなるものなんだなぁ。これで弟扱いしろってのは少し無理があるような気もするが。



「うるさ」

「うわっ、ボリュームでか……!」


 ゲートを潜りパンフレットを受け取る。試合開始直前とあって既に会場は両サポーターたちの熱気に包まれ、過剰なBGMも相まってが否が応でも心拍数を跳ね上がる。割とこじんまりしたスタンドだから音が籠もる籠もる。


 二人分の席を見つけるのにやや苦労したが、バックスタンドの中央後列にどうにか腰を下ろす。同時にアリーナDJの喧しい実況を合図に試合が始まった。



「ほぼ満員やな」

「今日勝てば一部昇格らしいよ」


 はじめにボールを握った水色のユニフォームがこの街このアリーナをホームとするクラブらしい。


 なんとなくどこかで聞いたことがある名前と思ったら、確かサッカーチームも持っているクラブだ。国内リーグの三部に参入していて、去年セレゾンのU-23チームも対戦していた筈。フットサルのプロチームも持っているんだな。

 

 試合の動向もそこそこに貰ったパンフレットを読み耽る……元々は青少年向けの地域スポーツ文化活動を主としたNPO法人が母体のクラブで、トップチームの選手の大半は子供向けスクールの卒業生。ふむふむ。


 地域ぐるみのスポーツ教育を理念とした運営を続けていたが、成人チームがここ最近好成績を残し続けサッカーもフットサルもプロリーグまで一気に昇格したと。一口にクラブといっても歴史や背景は色々あるんだな。



「ちょっと。真面目に試合見なよ」

「あぁ、悪い悪い」


 こうしてプロリーグの観戦へ訪れるのは夏に愛莉と来て以来二度目のこと。勉強が必要なのは真琴だけではない。真剣に見なければ。一応。



「やっぱりプロにもなるとスピード感が全然違うなぁ……パス一つ取っても、寄せの速さもそうだけどさ……あっ、上手いっ!」


 浮き球をワンタッチで処理し相手を抜き去るとそのままドリブルでシュート。惜しくも枠を外れたが、観衆からは大きな歓声が沸き起こる。


 研究でもするつもりなのか、ノートとペン片手に頻りに何か書き込んでいく真琴だが。ハイテンポな試合展開に早くも手は止まり掛けていた。

 巧みなパスワークからホームチームが先制点を奪うと、歓喜に沸くサポーターたちと合わせ興奮気味に立ち上がる。



「兄さんっ、今の見た!? アウトに掛けてすっごい狭いとこ通してさ! ポストもすっごい正確だし三人目の動き出しも……!」


 キラキラと目を輝かせ身体を激しく揺する。強引に俺の左腕を引っ張るその姿は、遊園地でアトラクションへ乗せて欲しいと母親へ強請る小さな子どものようだ。

 その後も度々飛び出す好プレーに拍手を送っては「今のプレーはここがこうなっていて」と饒舌に語り続ける。


 いっつも平然とした顔してクールぶっているけれど、根っこはただただスポーツ好きの素直な子なんだよな。純粋たる少年ぶりと服装のアンマッチ加減がまたなんとも不思議なところだが。


 昇格を目前としたホームチーム押せ押せの展開が続き、セットプレーからあっという間に追加点が決まる。またも席から立ち上がり声を挙げた真琴。ノートはいつの間にかほったらかしになっている。



「やっぱさ、ああいう狭いスペースを撃ち抜ける技術っていうかさ! でっ、ちゃんとコースが空くようにピヴォがあらかじめ動き出してて……!」

「真琴。立ちながら喋んな。後ろ見えへんやろ」

「あっ……すっ、すみません……!」


 後列の観客に首を垂れ慌てて腰を下ろし、気まずそうに頬を引っ掻く。流石にちょっと興奮し過ぎだな、気持ちは分からんでもないが。



「……やっぱいつもの格好で来れば良かった」

「今日に限ってはその方が正解だったかもな……動きにくくて仕方ねえだろ」

「比奈先輩にも説明はしたんだよ? でも兄さんと二人で行くって話したら、絶対にこういう恰好の方が良いって……」


 一度冷静になって自身の慣れない恰好を思い出したのか、足を畳んで居心地悪そうに俺の様子を窺う。


 そうだ、それが良い。こんな短いスカートで大股開いて座っていたら、対面のスタンドに座る観客も落ち着いて試合を観れないだろう。サッカーのスタジアムと違って少し目を凝らせば反対側の様子もよく見えるのだから。



「……あの、さ。兄さん」

「あん。どした」

「……兄さんはさ。自分がこういう格好してたら……ジャージじゃなくて、こういう感じの方が、その……良かったりするの?」

「なんやいきなり」

「け、結構真面目に聞いてるんだケド!」


 強気と弱気が秒速で反復横跳びするこの態度、まさに姉譲りの何かを感じる。それはともかく、どちらの方が良いか、か。



「両方とも、じゃ駄目か?」

「……それ、どっちも興味無いってこと?」

「アホ、ちげえって。さっきも言うたやろ、そういう恰好も似合っとるて……普段の芋臭いジャージもお前らしくて嫌いじゃねえし、別に差とかねえよ」

「……じゃあ、次は普通にする」

「次はな。でも今日はこのままや、大人しく格好に見合ったお淑やかな可愛らしい女で居ろ。どうせ高校入ったらスカートなんやから、ええ練習だと思え」

「…………わ、分かった……っ」


 納得いかない様子で微妙な顔をする。何が不服なのかと問い質す前にそっぽを向いて、ノートとペンを取り出してしまった。ロクに集中出来ちゃいねえだろうに。



(クッソ……やりやがったな比奈……)


 一本取られたようだ。

 来週会ったら説教してやる。


 いや、分かってはいるんだけどさ。いくら本人がそう望んで、俺も希望に沿っているとはいえ。真琴だって、結局はただの可愛い女の子なんだよなぁ……。


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