503. ギリギリで生きてます
「という感じで散々な一日だった」
「自業自得だと思うケド……」
殻に引き籠ってしまった愛莉をフットサル部全員で宥め、ロクな練習時間も確保出来ずこの日の放課後は終わってしまった。先が思いやられる。
場所は変わってこちらは上大塚駅近くの図書館。山嵜高校の入試は他校と比べても時期が早く、本番まで一週間を切った真琴の様子を見ることになった。
当然ここからすぐ近くの長瀬家へ直接赴く方がよっぽど効率的なのだが、今日ばかりは愛莉と顔を合わせるのも気まずくなってしまい、少し距離を置いた次第である。三学期初日からなにやってんだ俺たちは。
「この箇所もです。序論、本論、結論で順番通りに並べていくのです。話が飛び飛びになっていて、主張したい点がまるで伝わってきません。書き直しです」
「はいぃーっ……!」
推薦入試組である有希も琴音に小論文の添削を受けている。あまり調子は芳しくないのか、勉学に関しては一切の妥協を許さない琴音にすっかり圧倒されている。
冬休みの間もあまり根詰めて対策して来なかったようで。とっくに模試でA判定を貰い詰め作業を残すばかりの真琴とは対照的に、同じく一週間後の入試へやや不安を残す彼女であった。
「陽翔さん、いったいどうなっているのですか。基礎からしてまるで出来ていません。今までなにを教えて来たんですか」
「言うほどか? 割かし真っ当な部類やろ」
「その程度の志で合格出来るほど推薦入試は甘くないのです。満点の内申に色を付けたような方々が相手なのですよ。このレベルでは間違いなく不合格です……有希さん、手を止めている場合ですか?」
「ひいぃぃ~~ん!」
想像以上のスパルタだ。可哀そうに。
まぁこの調子なら本番までには間に合うだろう。なんてったって琴音の指導が付いているのだから。代わりに俺の指導能力の無さが浮き彫りになったわけだが。
なーにが教師や塾講師ならだよ……有希一人にまともな指導も出来ないでよくもまぁ言えたものだ。
「ふむ。なんとなく着いて来たは良いものの」
「ヒマですねえ……瑞希センパイも期末試験の対策とかしないで良いんですか?」
「試験? なにそれ食えんの?」
「そのメンタリティー尊敬します。逆に」
「あえて、だろ?」
「望外にも、で」
「あたしの知らん言葉使うな」
「無茶苦茶っす」
で、茶化す以外にやることの無い金髪コンビであった。ちゃんと図書館の中だから声のボリュームは抑えている筈なのに。うるさい。何故か。
「ていうかさ。こっちが入試直前でアタフタしてるときに海外とかなんとか、そういう話どうなの」
「ごめんって」
「姉さんのことは任せるけど……冗談でも大会終わったら留学するとか、言わないでよね。なんのために志望先変えたと思ってるのさ」
大袈裟なため息を挟みペンを走らせる真琴。ご機嫌の程はともかく、本番に向け大きな問題は無いだろう。長机には丸がほとんどの解答用紙が窮屈そうに並んでいる。
「解きながらでええけど」
「うん、平気。なに?」
「真琴は将来の夢とかあるのか?」
「特には……今はなにがなんでも合格して、フットサル部に入ることしか考えてないよ。ていうか、その質問こそ受験生には厳禁だと思うケド」
「考えナシってわけにはいかねえだろ」
「……はぁ、分かってないなぁ」
当たり障りのない質問だったとは思うのだが、真琴の不機嫌顔に変わりは無い。
「……そういうとこばっかり鈍感なの、ホントどうにかした方が良いよ。兄さん」
「なんやいきなり」
「分かんないなら結構! こっちは良いから、相手でもしてあげなよ……ったく、誰のせいでこうなってると思ってるのさ……っ」
ボリュームが小さすぎて後半は聞き取れなかったが、どうやら深く問い詰めるのは辞めた方が良さそうだ。
この辺り姉妹共々似ているというか、ちゃんと喋ってくれないから困るんだよな……まぁ俺のせいなんだろうけれど。
「ごっ、ご査収くださいっ!」
「……………まぁ、良いでしょう。及第点と言ったところですね。まだまだ油断は出来ませんが」
「ほっ、本当ですか!?」
「常に同じクオリティーを発揮出来るよう、残りの一週間も気を抜かずに頑張ってください。ただでさえ基礎がなってないんですから」
「やっ、やった……!」
琴音のゴーサインに顔をフニャらせだらしなく微笑む有希。あれを褒め言葉として受け取れる純粋さ、ちょっとだけ見習いたい。
「廣瀬さんっ! ついにオッケー貰っちゃいまいました! これでバッチリです!」
「声。小さめな」
「あっ……ごっ、ごめんなさい。琴音さんに褒められるとなんだか嬉しくなっちゃって、えへへへっ……」
唇に指を添え悪戯に笑う。他の連中と違って、笑顔に一切裏が無いのが有希の素晴らしいところだ。こんな純粋な女の子今どき現存するのかよ。保護しろ保護。
まぁ本番近くとあって琴音も厳しく言わざるを得ないのだろうが……推薦に限れば山嵜の入試はそこまで倍率も高くないからな。むしろ生徒が足りなくて困っているくらいだろうし、専願の彼女を落とすような真似はしないだろう。
そもそも俺が家庭教師をしていた頃はもっとレベルの高い高校を目指してたのだから、よほどのことが無い限り不合格とはならない筈だ。時折顔を出すおっちょこちょい振りは多少不安ではあるが。
「あのっ、廣瀬さん……実はですねっ。ちょっと、お願いがあるんですっ」
「お願い?」
「はいっ。その、もしちゃんと合格出来たら……何かご褒美が欲しいなぁって……えっと、だ、だめですかっ?」
掌を合わせ汐らしい態度こそ取るが、物言いは随分ハッキリしたものである。声のデカさとは裏腹に意志薄弱な愛莉とはまるで正反対だ。一長一短で済む話なのか。
「別にええけど、小遣いならやらんぞ」
「もうっ、違いますよ! ちゃんと現実的なお願いなので、安心してくださいっ」
「で、なんやご褒美って」
「それは…………秘密ですっ」
「んだよ気になんだろ。あれやぞ、手料理はもっと経験値稼がねえと食ってやらねえからな」
「それでもないですっ! 辛い物入れなくても美味しく作れるように頑張ってますから!」
鼻息荒く腕を組み胸を張る。どこで自信掴んでるんだよ。もっと他に改善すべき点が沢山あるだろ。包丁を両手で握らないところから始めろ。
「えー、あたしもハルのご褒美欲しーなー」
「ノノも頂戴しまーす」
「あぁ? あるわけないやろ。恥を知れ恥を」
「良かったな市川、次の晩飯奢りだって」
「さっすがセンパイっすねえ♪」
「空想上の人間と勝手に合意するな」
二人の茶々入れへ適当に返していると、真琴もペンを走らせていた腕を止め様子を窺うように振り返る。
「……有希だけ?」
「なんや、欲しいものでもあんのか」
「そういうわけじゃないケド……だったら自分のワガママも聞いてくれていいんじゃないかなって、そんだけ」
「ええよ別に。お前も考えとけ」
「……じゃ、期待しとく」
言葉とは裏腹に興味関心をまったく隠し切れていない。見ろ、金髪コンビの腑抜けたニヤケ顔を。どこまで姉妹そっくりなんだよ。
「はぁー……ホント、有希が羨ましいよ。山嵜まで大した距離でもないのに、よく許可して貰えたよね」
「だってマコくん、自分から辞めておくって言ったでしょ? 愛莉さんとお母さんが寂しがるからって」
「だってさ……」
何やら固まってコソコソと話している。なんだ、何かサプライズ企画でも進行しているのだろうか?
「お二人とも、笑っている場合ですか」
「へ? どしたのくすみん?」
「……もう少し危機感を持ってみては」
「危機感? ノノはいつでも綱渡りのリアルギリギリで生きていますけど?」
「思いっきりブチ破るわけな」
「まぁノノたちは破られる側ですが!!」
「上手いっ! いっぽん取られた!」
「…………まったく、この人たちは……」
こちらも良く分からない話を勝手に広げ完結させている。ノノの下世話過ぎる冗談はさておき、琴音はなにを心配しているのだろうか。
「情けないものです……どうして後輩の手助けをするだけでこんな気分にならないといけないのでしょう。矮小で我慢の足りない自分にほとほと呆れます……」
「は? どうした急に」
「良いんです、何も聞かないでください……どうせ陽翔さんが悪いんですから」
「お、おぉ……」
すっかり諦めムードの彼女に、それ以上深く追及する気にもなれなかった。原因はともかく俺が悪いのは全面的に受け入れるけど、理由くらい教えてくれても。
「……喉が渇きました。陽翔さん、何か買いに行きましょう。一階の自動販売機でおしるこを売っているんです」
「むしろ渇きを助長するやろ」
「とにかく、着いて来てくださいっ」
腕を引かれされるがままに席を立つ。
エライ強引だな。手ェ冷た。柔らか。
「……ご褒美なんていりません。不確定な未来より、いま目の前にある実を取る方がよっぽどマシです」
「え、なんて?」
「……なんでもありませんっ」
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