473. Boyhood 0-2
「はーくん! 次はコーヒーカップや! その次はあっちのジェットコースターでなっ、ほんでその次がパレードで、その次が……っ!」
片手のパンフレットを風で靡かせる文香。雑多に暮れるパーク内を所狭しと駆け回り、時折こちらへ戻って来ては俺の右手を掴んで無理やりに引っ張り回す。
東北で起こった大きな地震の影響で遠征が中止になり、丸二日間暇になった俺を文香とその両親が連れ出したのは、地元にある日本有数のアミューズメントパークだった。
興味無い。勝手に行って来いと時間ギリギリまで突っぱねたが、文香母の「パークにはボールを蹴れる大きな芝生のグラウンドがある」という真っ赤な嘘に釣られノコノコと着いて来てしまった。
到着してしまえば後の祭りがどうとやら。普段に増して喧しい文香にあちこち腕を引っ張られ、欠片も楽しくないアトラクション探索に付き合わされる。
「むー。はーくん楽しくないんか?」
「楽しくない」
「むーっ! せっかくウチとデート出来るってのにその不満顔はなんやっ! 将来の嫁はんにそんな態度とってええんかっ!?」
「冗談でも辞めろ。気色悪い」
「はっはーん! さてははーくん、この超絶美少女ふみふみの美貌に見惚れとるんやな! せやろ! せやろっ!?」
「うるせえタヌキ面」
「タヌキィィィィ!?」
小学校に上がるまでは、じいちゃんばあちゃんと文香の両親も一緒にどこか遊びに行ったり出掛けたりするのも珍しくは無かったが。二人が亡くなってからは随分と久しいものだ。
相変わらず文香はうるさいし空気が読めないし、何より性格が合わない。文香もきっと似たようなことを考えているのだろう。
「……なんで俺なんだよ」
「ほえっ?」
「こんなところ、俺と来たって面白くもなんともないやろ。友達おらへんのか」
「げー。はーくんにだけは言われたくないわあ」
馬鹿にしたように唇を尖らせる。まぁそれも本当のことだ。友達なんて一人も居ない。唯一の違いは、それを良しとするか否かだけだ。
「ったく、はーくんも変わらんなあ……あんな、楽しいとか楽しくないとか、そういうのちゃうねん。ウチがはーくんと一緒に居りたいって、そんだけや」
「…………あっそ」
迷惑極まりない。偶に絡んで来るだけならまだしも、遠くでの試合すら毎回のように観に来るし、馬鹿デカい声で名前を呼ぶし。
お呼びじゃないんだよ。お前なんて。
お前が来たところでどうすんねん。
「はーくん」
「あん。なんや」
「はーくんウチのこと、きらい?」
「嫌い」
「むぅー……なんでぇ?」
少し気落ちした様子でジッと地面を見つめる文香。怠いな。わざわざ説明させるなや。
「うるさいし、声デカいし、空気読めへんし、距離近いし、ウザいし、メシ不味いし。あとは……」
「ひえ~~ポンポン出て来るぅ~……っ!」
手作り弁当といって差し出して来た今日の昼飯は酷かった。
食べた瞬間に胃液が逆流しそうになった。次の試合に影響が出たらどうするつもりだ。
「………しゃあないねん、料理とか初めてやし……はーくんが喜ぶ思て、頑張って作ったんやで? ちょっとくらい褒めてくれてもええやん……っ!」
がっくりと肩を落とし袖口で目を擦る。なんだ、泣いているのか。こんなことで情けないな……。
…………ホンマに気分悪いわ。そうやってすぐに情緒不安定になるのも嫌いだ。
俺がごめんって言うまで泣き止まないんだろ、どうせ。
いっつもこんな流れだ。幼稚園の頃からちっとも変わらない。
「悪かったって……次はあれや、ちゃんと美味いもん食わせろ。栄養バランスとか、そういうの考えてな。ええな」
「厳しすぎやろアホっ…………むーっ、次は絶対に美味しいもん作って来るからなっ! 覚悟しときや、ばかっ!」
悔しそうに地団駄を踏む。怒り出す元気があるならまだ良い方か。ああもう、本当に面倒な奴だ。
「いっつもケチケチしとったらな、ロクな大人にならへんで! ウチが愛想尽かしても知らへんからなっ!」
「さっさと尽かせ。んなもん」
「ふんっ! 絶対尽かさへんからなっ!」
「どっちやねん……」
強引に右腕を掴まれ、目当てのコーヒーカップとやらに向かう。
物好きな奴だ。俺がこんな人間だって、とっくに分かっているだろうに。
「……はよ気付けや、アホ」
「あ? なんやちっさい声で、聞こえんわ」
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
キャンキャン犬のように吠えて、それでも腕だけは離さない。なにをしたいのか、言いたいのかサッパリ分からない。
たかが幼馴染ってやつだ。俺と仲良くする理由も、必要も無いのに。どうして文香は俺に拘るのだろう。どうして俺なんかと、一緒に居るのだろう。
ちゃんと教えてくれたらいいのに。そうしたら、もう少しマシなことを言えるのだろうか。文香ももっと、楽しそうに笑うのだろうか。
…………なんだろう。おかしいな。胸の奥に引っ掛かって、ずっと取れないでいるような、この気持ち悪い感覚。
もっと他に、言わなきゃいけないことがあるような気がする。でも、思い出せない。なんだっけ。
こういうとき、なんて言えばいいんだっけ。
* * * *
「…………ではこれで取材は以上となります。本日はありがとうございました。ワールドカップでの活躍、期待しています。廣瀬選手」
雑誌社から来たという中年男性二人が席を立ち、クラブハウス二階のラウンジを出ていく。財部に引き連れられ、施設を立ち去る二人を見送った。
姿が見えなくなるや否や、財部は俺の背中を力任せに叩き捨てる。
「った……ッ!」
「ハァー……俺が着いていて本当に良かった」
「なんやいきなり、殺すぞッ」
「陽翔。今日の取材で言ったこと全部カットだからね。あとで連絡しておくから、次までにもっとまともなこと話せるように考えておいて」
ため息を挟み頭をガックリと落とす財部。どうやらインタビューで話した内容が気に食わないらしい……。
「今までちゃんと教えて来なかった俺も悪いけどさ……いいか陽翔。こういう取材はもっと、当たり障りのないことを言うんだよ。少なくとも「ワールドカップは通過点」とか「選ばれるのは当たり前」とか「日本に敵はいない」とか、思ってても馬鹿正直に言うもんじゃないから」
「それのなにがアカンのや」
「陽翔のそういうメンタリティーっていうか、強気な態度は俺も気に入ってるけど……あんまり変なことを言うと、尾ひれがついて誇張されるんだよ。マスコミなんて記事さえ読まれればそれで良いみたいな人間ばっかりなんだから……余計な敵を作って良いことなんか一つも無いよ」
困ったように首を横に振る財部だが。
今一つピンと来ない。敵が増えたところで、俺の選手生命になにか影響があるのか。たかがマスコミの妄言に踊らされるほど俺は弱くない。
なにが当たり障りのない言葉だ。試合中は口汚く相手を罵っておいて、インタビューでは聖人君子を演じろとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい。
「なら交換条件や。全部が全部カットされるのも納得いかん」
「……なんだよ条件って」
「せやな……タイトルや、タイトル。ワールドカップで一つでも個人タイトル取ったら、俺がインタビューで話す内容に口出しすんなよ。ええな」
「個人タイトルって……また大きく出たな。チームどころか出場国の登録メンバーで最年少なんだぞ? 試合に出れるかも分からないのに……」
「俺がやるっつったらやるんだよ」
「…………まったく、程々にしてくれよ」
程々、か。思ってもいないことをよくもまぁベラベラと。アンタも分かりやすいな、期待してるって顔に書いてあるよ。
すぐに分かる。俺の実力はたかが世代別ワールドカップで推し量れるほどのものじゃない。こんな誰も注目していないような大会、通過点ですら無いのだから。
俺が俺であると。
世界一と証明するために。
こんなところで壁にブチ当たっている暇は無い。一刻も早く、どんな裏技を使ってでも、プロへの道を切り開かなければ。
個人タイトルなんてどうでもいい。優勝。優勝するんだ。そうすれば俺の名前も全国区。誰の耳にも入る、本物のプレーヤーの仲間入り。
試合をすべて見なくても良い。ハイライトでも良い。結果だけ聞いてくれるだけでも構わない。
見せ付けるんだ。認めさせるんだ。
俺がここにいる意味を。存在を。
まだ足りない。まだなにも成し遂げてない。たかが子どもの戯言に過ぎないのだ。
だったらすぐにでもプロになって、金を貰って。アイツらの年収なんて一瞬で追い越してやる。
恥を忍んで子どもに頭を下げさせるんだ。お前らの力なんて借りなくても、俺は一人でここまで辿り着いたと。証明するんだ。
お前たちがついぞ見向きもしなかったフットボーラーとしての俺が。興味の一つも持たなかったサッカーで、俺は、お前たちに勝つんだ。
後悔させてやる。
俺を見捨てたこと。
必ず後悔させてやる――――
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