460. ニャーーーー!!
「瑞希っ! 裏ケア!」
「あいよぉっ!」
センターサークル内での攻防。背後のスペースへスルーパスを狙う日比野さんにピッタリと張り付き自由を与えない。
並走する瑞希を振り切り足元でボールを受けに行く22番。ダイレクトで逆サイドの6番を狙ったが、ボールは遥か頭上を越えラインを割る。
「パスは正確に! 他人任せの浮き球ではカウンターへ繋がりません! しっかりしてください!」
「すっ、すみませんッ!!」
ここに来て苛立ちを隠せなくなって来た日比野さん。一回り背の高い22番を激しく叱責する。圧のある物言いにすっかり平謝りだ。
(崩れて来たな……)
目論見はほぼ的中した。俺がピヴォのポジションから執拗に日比野さんへプレスを掛けることで、青学館の攻撃は機能不全へ陥っている。
瀬谷北戦や一点目に見せたようなスピーディーなカウンターは、やはり日比野さんを起点としないことには始まらない。
今の22番へのパスにしたって、俺のプレッシャーを受けたが故の消極的な判断だ。あれではリズムも生まれない。彼を責め立てるのはお門違いだろう。
(しっかし雰囲気悪いな)
正直に言ってしまえば、この程度の実力かと若干気落ちしていた。
リードされていた時間帯こそ優位に進められたが、追い付かれた後の反発力が決定的に欠ける。日比野さんを通さなければ組み立てのままならない現状。
代わりにポジションを下げてリズムを生み出そうとする選手もいなければ、得点源と思わしき14番の動きも怠慢になって来ている。
勿論、フィクソの比奈がしっかり見てくれているからこそなんだが……得点のきっかけとなったゴレイロのロングスローなど、局面を打開するようなアイデアが一向に見られない。
「動きが怠慢ですっ! 二試合目とはいえ、まだ前半でしょう! 余力を残しておくような考え方は今すぐ捨ててください! 良いですね!」
険しい表情で指示を飛ばす日比野さんだが……周囲の反応は乏しい。出会った当初のポーカーフェイスは何処へ行ってしまったのか。
チームワークが悪いとまでは言わないが、やはり浮いているな。これでは例の女子サッカー部での揉め事と大差無いではないか。ちょっと周りが見えていない。
「センパイっ!」
「比奈、来てるぞ!」
「了解っ!」
ノノのキックインから俺、比奈と経由しゴレイロの琴音までボールが戻る。
再び自陣で受け仕切り直しだ。前半も残り1分半か……後顧の憂いを拭うためにも、もう一点取っておきたいな。
「瑞希、スイッチ」
「あいあーい」
ボールを預けラインを跨ぎながら左サイドを駆け上がる。ノノが前線に入ったか……試してみる価値はあるな。
瑞希から縦パスを受け取り、ワンフェイク入れて中央へ切れ込む。
ダイレクトでくさびを打ち込むと、ノノは素早く日比野さんの前へ入り込み、やはりワンタッチでリターン。
「比奈っ!」
コーナーアークを狙ったスルーパス。
6番を振り切って比奈が右サイドへ抜け出す。
しっかり準備出来ていたな。
パーフェクトな三人目の動き出しだ。
さあ、あとはクロスを上げるだけ。
もう少しだけ踏ん張ってくれ、比奈!
「比奈センパイっ!」
「ノノちゃん!」
ワントラップからラインギリギリのところでセンタリング。勢い余ってコートの外で出てしまう比奈だが、ボールはしっかり中に残っている!
「おぉっ、上手いな!」
「いや、ポストだ!」
瑞希の驚きに満ちた声とほぼ同時に、ポストを叩く鈍い音が響いた。
左腕で日比野さんを制しながらヒールキックで流し込んだが……惜しくも枠に嫌われてしまう。
流石にこういうところはノノも上手い。が、残念ながら2点目とは行かず。ゴレイロがボールを拾い上げる。零れ球へ詰めるには、俺も瑞希も距離が開き過ぎた。
「……世良っち! 交代です!」
「おっしゃー! やったるで~♪」
と、ここで文香と投入されるようだ。
そのまま反対サイドからコートを後にした6番を確認し、10番を背負う彼女が一目散に飛び出す。
……コイツは何とも言えないな。前半序盤の動きを見た限り、技術は平均レベル。ゴール前での嗅覚はそこそこといったところか。少なくとも、いま交代した6番よりは実力的に劣ると思われる。
だがこの劣勢での出番……なにか飛び道具的な役割を期待してのことなのか?
「……瑞希ッ! 来るぞ!」
「ふぇっ? あっ、やべっ!」
フットサルではインプレー中でも選手交代が認められている。
ゴレイロからパスを受け取った22番は、文香が前線へ飛び出して行ったのを確認すると日比野さんへ。
美しいフォームから正確な左足のロングフィードが宙を舞う。
不味い、しくじった。
文香の登場で集中の糸が切れている……ッ!
「遅らせろ瑞希っ!」
ハイボールへ飛びついた14番に対し、瑞希も必死に身体を寄せる。だが30センチ近い体格差、タイミングよくジャンプしても覆すには困難を極める。
胸トラップで冷静に収めると、そのまま走り込んで来た文香へ横パス。
大きく左脚を振りかぶり、ダイレクトでシュートを放つ!
「ニャーーーー!! やらかしたーーッ!!」
絶叫を挙げ頭を抱える文香。ボールはクロスバー頭上を越えサブアリーナの奥へと消えていく。
あ、危なかった……芯を叩いたクリーンな一撃だ。琴音も反応出来ていなかったし、枠を捉えていたら一点モノだ……。
「悪い二人とも……足止まってたわ」
「……気にし過ぎです。気を付けてください」
「ほーんとそれな!!」
「だからごめんて……」
いけない、また無意識のうちに文香のことばかり考えていた。周りが見えてないとか、人のこと言えないな。気を付けよう。
膨れっ面の瑞希と琴音をどうにかあやし、ゴールクリアランスから再開。
ノノがポジションを下げ、瑞希とラインを敷きパスを繋いでいる。
文香はそのまま左サイド……いや、14番の近くに居るな。2-2のシステムに代えて来たか、或いは流動的なポジションを取っているのか。まだ分からない。
直前に見せた思い切りの良いシュートを考慮しても、自陣でボールを失うのは避けたいところだ。
琴音を信頼していないわけでは無いが、攻め続けられたりシュートを何本も浴びる展開には彼女も慣れていない。
「しおりん、ビビったらあかんでっ! 低いとこでパス出すだけの選手ちゃうやろ! もっとウチを、みんなを信頼しいやっ!」
「……世良っち……ッ」
ボールを追い回す文香が声を荒げる。背後で俺をマークする日比野さんも、それに応えるよう頭を振り大きく息を吐いた。
ノノの横パスが比奈へ通るが、文香の執拗な追い回しでコントロールを乱しタッチを割る。青学館ボールになったか。嫌な位置だな。
「…………これが世良っちの、プレーヤーとしても、人間的にも素晴らしいところです。私が内に引き籠ると、無理やり手を引っ張ってくれるのです」
「みたいやな」
「試合前の言葉は、訂正します。皆さん、廣瀬さんに頼らず自分の色を持った素晴らしい選手たちです。下に見ていたのは私の方だったのかもしれません」
「かもちゃうやろ。明らか馬鹿にしとったな」
「ええ。ですから、謝ります。少し自意識過剰になっていたようです……まったく、昔からの癖というものは中々変わりませんね」
般若のような強面がいつの間にか消え失せ、穏やかな表情を取り戻した日比野さん。なるほど、完全体へ成長でもしたってか。単純な作りだな。嫌いじゃないよ。
「私よりも優れた選手が、山嵜さんには何人もいます。それを分かったうえで……やはり、勝たせて頂ければと」
「それはアンタら次第やな」
文香からのキックイン。一気にギアを上げペナルティーエリアへ突進する彼女を、腕を伸ばして制する。
お互い理解している。
前半残り30秒。
ここが勝負の分かれどころだ……!
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