458. なーんの意味も無い


「うーん……良くない流れだね」

「ポゼッションは五分五分ですけど、シュートの数は青学館が上回ってますね。山嵜も良い形は作りますけど、フィニッシュの精度が……」


 スタンドから見守るセレゾン三人衆。険しい表情の財部と内海の視線は、コート中央でタクトを振るう青学館の20番、日比野栞へ向けられている。


 試合開始から5分と少しが経過。

 スコアは未だ0-1のまま。



 山嵜がビハインドの状況で試合を進めるのは、夏休みの大学サークルとの交流戦以来、たった二度目のことである。


 状況は決して芳しくなかった。日比野栞の正確無比なゲームメイクに彼らは後手を踏まされている。

 体格で勝る男性選手が次々とゴール前へ飛び込む、パワーを前面に押し出した攻撃に酷く苦心していた。



「陽翔がフィクソの位置に入ってだいぶ安定して来たけど……反発力が足りないね。かなり良い守備をしているよ。陽翔相手でも怯まないし、視野も広い」

「さっきの試合で目立ってた7番の金髪の子も抑え込まれてますね。中々前を向かせて貰えないし……」

「20番ね。ポジショニングセンス抜群だよ」


 気の抜けた口振りの大場だが、二人も深く頷いた。


 この試合、チームの生命線でもある愛莉の決定力は見る影も無い。ポジションを入れ替えた大柄な17番にピッタリとマークされ、自慢のフィジカルを活かすことが出来ずにいた。


 流れを引き寄せるべく、左サイドでパスを受けた瑞希。一気に敵陣へ仕掛けるが、これも栞が素早く距離を詰め前を向かせない。


 ドリブルで強引に中へ切れ込むが、17番に挟まれボールを失う。ルーズボールを陽翔がスコップし、ゴール前の琴音に戻したことでカウンターのリスクこそ回避したが。



「似たような展開が続くね……さしもの陽翔といえど、これだけ狭いコートで有機的なブロックを作られちゃ簡単には突破出来ないよ」

「最初の失点がかなり響いているんだと思います……ゴレイロのリスタートが起点になったカウンターを見せられた手前、迂闊に飛び込めない状況ですよね。さっきの試合よりプレスも掛かってない」


 内海の指摘通り、瀬谷北戦と比べて山嵜の前掛かりなプレッシングは今一つ機能していない。理屈では分かっていても、知らず知らずのうちにカウンターのリスクを誰もが恐れているのだ。


 比奈と交代で投入されたノノも、大きな起爆剤とはなり得ていなかった。自慢のスタミナとプレスは鳴りを潜め、前線で頻りにボールを要求する文香の対応に手を焼いている。



「……本当に上手いな20番。運動量はそこそこだけど、ポジショニングで完璧にカバーしている。危険な位置で晒されてもまるで動揺していない。スキルも高いね」


 感心するように深く頷く財部。


 最前線の愛莉を狙ったノノのロングパスは通らず、ボールは青学館へ。すぐさま奪い返しに愛莉が脚を伸ばすが、栞は冷静にボールを引き戻し逆サイドへ展開。


 17番、14番とダイレクトで繋がる、横幅を目いっぱい使ったワイドなロングカウンター。

 放たれたシュートは陽翔のブロックに阻まれサイドラインを割り、どうにか難を逃れる形となった。



「こうもシンプルに縦へ運ばれると、陽翔も前に出られないですよね……チーム全員で同じ絵を描かないと、あれだけスムーズなカウンターは出来ませんよ」

「フットサルチームとしての完成度は、さっきの瀬谷北は勿論、山嵜よりも上を行くね。全員サボらないし、自信を持ってパスを繋げている」

「でも、10番の女の子はあんまり……」

「そうでもないよ。今のも零れ球に反応出来る良い位置に詰めていたしね……技術は他の子たちより劣るけど、ゴール前での嗅覚は侮れない。これも……!」


 財部の推測通り、キックインから数本のパスを繋いで栞から文香へ浮き球のスルーパス。間一髪のところでノノがクリアするが、コーナーキックとなる。



「おー、ナイスディフェンス!」

「通ってたら一点モノだったね」


 呑気に拍手を送る大場。反対に青学館のベンチサイドからは大きなため息が漏れ、息継ぎする間もなく声援が遅れた。


 確実に傾き始めた試合の流れ。

 内海は腕を組み一人物思いに耽る。



(この流れ……陽翔ならどうする?)


 このまま試合が続けば、前半のうちに青学館はもう一点を追加することとなるだろう。しかし、あの陽翔が黙って指を咥えているとは思えない。


 なにか状況を打破する秘策があるのか。

 今のところ、そのヒントは見えてこないが……。



「ハイボール上げて来ますかね?」

「14番もデカいからね。その可能性は……」


 コーナーキックからの再開を前に予想を語り合う内海と財部。すると、ゴール前に構える陽翔がノノに何やら耳打ち。


 ニアサイドに立ったノノは、その場でピョンピョンと何往復もジャンプを繰り返す。キッカーの栞にプレッシャーを掛けているつもりなのだろうか。



「あれ、効果ありますかね?」

「まぁ目には付くよね」


 ファーサイドで構える14番には愛莉。

 やや後方の文香には瑞希がマークに入った。


 シンプルなクロスでは可能性が低いと見たのか、栞はサポートに近付いて来た17番へ預けようとゴールへ背を向ける。



「うん、ここだよね。仕掛けるとしたら」

「……雅也?」

「まったまた~気付いてる癖に。廣瀬くんがなんの考えも無しに守備だけやるわけないでしょ?」


 ニヒルに微笑んだ大場。それと同時に、ゴール前で構えていた陽翔は一気にスパートを切り17番へ猛烈なプレスを掛ける。


 栞へパスが戻る前に、陽翔の強烈なショルダーチャージが入った。狭いエリアでの攻防、陽翔は足裏でボールを引き、そのままつま先で巧みに股下を通す。



「あのね、内海くん。勝手の違うフットサルだからって、真面目に考え過ぎなんだよ。財部さんも!」


「いくら戦術立てたってさ、ダメなときはダメなんだよ……廣瀬くんみたいなクラックの前では、なーんの意味も無いってこと!」




*    *    *    *




 千載一遇。

 このタイミングをずっと待っていた。


 左サイドから一気に駆け上がる。僅かに遅れて追い掛けて来る文香を除いて、前方のスペースはがら空き。ゴレイロも慌ててゴール前へと戻る。



(ただでさえ頼りっぱなしじゃ、こうもなるわな!)


 青学館の攻撃はすべて、20番の日比野さんを起点に始まっている。同様に守備のスイッチも、彼女と17番でなければ入れられない。



 先の試合やここまでの戦いで分かったこと。14番は完全なピヴォの選手で、前線からの追い回し以外は守備に精力的ではない。そして文香も、どちらかと言えば攻撃面での真価を期待されたが故の起用だ。


 青学館のスピーディーなロングカウンターは確かに大きなストロングポイントだが……俺から言わせれば、切れ味こそ抜群ではあるものの多様性に欠ける。



 要するに一本調子なのだ。敢えて時間を掛けて敵陣でボールを回すという発想が無い。俺たちのプレッシングを警戒していたからかもしれないけれど。


 つまり日比野さんと17番をなるべく前へ釣り出すことが出来れば、簡単にチャンスは生み出せる。二人が前掛かりになるタイミングを窺っていた。



「遅らせてッ! 最悪ファールでも良いわっ!」


 後方からゴレイロに向けた日比野さんの指示が聞こえて来るが……俺だけ潰してもどうしようもないことくらい、アンタも分かってるだろ!



「ノノっ!」

「だと思ってましたァ!」


 ペナルティーエリアの外まで飛び出て来たゴレイロをギリギリまで引き付けたところで、逆サイドを並走するノノへ。



「あらよっと!」

「ふにゃあ?!」


 文香も頑張って着いて来ていたが……男子相手ならともかく、ノノのクイックネスには敵わない。冷静に右足で切り返し、タックルを躱す。


 シュート体勢に入ったノノへ再びゴレイロが身体を寄せに行ったが……ここもしっかり見えているな。まだ俺がフリーだ!



「ちょっと遅めのクリスマスプレゼントでーす!」

「じゃ、有難く!」


 インサイドで流し込みネットを揺らす。




【前半8分10秒 廣瀬陽翔


 山嵜高校1-1青学館高校】


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