457. 早速お出まし
「いや~感慨深いなぁ~……まさかはーくんと同じコートに立って試合が出来る日が来るなんて、思ってもみなかったわ。やっぱりウチとはーくんは運命で結ばれとるんやなぁ……!」
休憩時間を経て、ついに青学館との試合が始まる。
開始直前、各チームボールを回し最後のウォーミングアップの最中。文香がニコニコ笑いながら身体を揺らしこちらへ近付いて来た。
スターターは瀬谷北戦と同じ。対する青学館は文香を左のアラに入れ、逆サイドの男性プレーヤーも入れ替えて来た。ゴレイロも男子に代わっている。
そう。左サイドということは、右からスタートする俺と対峙する形となる。ここまでガッツリやり合うことになるとは。
「ウチのしおりん、中々スゴイやろ? 男子の誰よりも上手いんやで。普段と同じくらいコートでも優しかったら嬉しいんやけどなぁ……」
「そっちでも変わらずの鬼軍曹ぶりか」
「あれ、なんや知り合いなん?」
「愛莉が……あぁ、こっちの9番な。その妹が中学のときに世話になったんだとよ。強みも弱点もモロバレっちゅうわけや」
「ふぅ~ん、あのおっぱい星人ちゃんの……」
おっぱい星人て。
間違っちゃいないが。
「世良っち。世間話はそこまでにしなさい」
「あいあいっと! ひぃ、怒られてもうた……ほんじゃ、あとはボールで語り合うとしましょ! よろしくなはーくん!」
フィクソの位置から睨みを利かせる日比野さんに、文香はおずおずと所定の位置へ戻っていった。既に臨戦態勢ってわけか……実際に相手取るとどんなものかね。
「……愛莉。20番のファーストディフェンスはお前の役目や。取り切らなくてもいい、しっかりパスコースを限定してくれ」
「了解。勿論、一人で決め切っても良いんでしょ?」
「たりめえやろ。頼むぜ」
同時に主審のホイッスル。
軽く手を交わし各ポジションへと散らばる。
「では、山嵜高校対青学館高校、15分ハーフで!」
ブザーが鳴り響く。
青学館のキックオフで試合開始。
まずは様子見と最後方の日比野さんまでボールを戻し、自陣深い位置でのボール回し。連動して俺たちもラインを上げ、サイドのパスコースを潰しに掛かる。
「瑞希ちゃん、縦は気を付けて!」
「はいはいよーっ!」
瑞希のサイドには17番の男性プレーヤー。155センチ前後の彼女とはかなりの体格差だ。同様にピヴォを務めている14番も、比奈の小さな身体を覆い隠してしまうほどデカい。
対照的に俺と文香も明らかな差がある。愛莉と日比野さんだと、愛莉がちょっと大きいくらい。互いにミスマッチを抱えた状態で、試合はどう動いていくか。
「ハルトっ、しっかり切っといて!」
「言われなくても!」
日比野さんからサイドの文香へパスが通る。
後方からプレッシャーを掛けるが、意外にも文香の技術は中々にしっかりしている。トラップは正確で慌てるような仕草も無い。
「ほい、やり直しっ!」
俺が本格的に奪いに掛かる前に、一旦ゴレイロにまでボールを下げる。
ゴレイロは一度ボールが相手陣地に入るまでパス回しに参加することが出来ない。ルールも熟知しているようだな。
「長瀬ッ、狙ってけよ!」
ゴレイロからパスを受けた日比野さんに猛然と詰め寄る愛莉。声を飛ばした瑞希も、17番へのパスコースを塞ぎに前掛かりに。
これには日比野さんも少し慌てたか、17番へ向けたパスが愛莉に当たってしまう……が、ペナルティーエリア内のゴレイロが素早く手で拾い上げた。
(…………あッ、待て、そういうことかッ!)
「今よっ!!」
日比野さんの号令と共に、スローイングで一気に最前線へとボールを投げ入れる。フィジカルで劣る比奈、簡単に14番に収められてしまった。
ゴレイロが手を使って処理できるように、わざと愛莉にボールをぶつけたのだろう。そして俺たちのゴール前には……比奈しか残っていない!
早速お出ましか、青学館の女王――――!
「比奈センパイっ、コースを切るんですッ!」
ノノの必死な声援に応えようと、大柄な14番にしぶとく食らい付きシュートコースを塞ぎに掛かる比奈。
ところが、片手一本で簡単に押さえ付けられてしまう。流石にゴール前で男子相手の一対一じゃ無理があるか……!
「陽翔さんっ!」
「サンキューハルトっ!」
モーションに入ったところをスライディングで止めに入り、ルーズボールとなる。これは瑞希と文香の取り合いに。
逆サイドから戻って来ただけあって、瑞希はやや遅れて止める形となった。勢い余って接触してしまい、ペナルティーエリアのギリギリ外で倒れ込む文香。
「ファール! フリーキック!」
ホイッスルで試合が止まる。まだ始まって2分も経っていないか……嫌なところでチャンスを作られたな。
「ナイスガッツです、世良っち」
「へへんっ、もっと褒めてやあ!」
文香の頭を優しく撫でる日比野さんだが、その瞳は既にゴールマウスを捉えている。続けて寄って来た14番。恐らくこのどちらかがキッカーだろう。
「ごめんごめん、ちょっと勢い付きすぎたわ」
「仕方ねえ。ほっぽいたら撃たれてたしな」
「ハルト、どうする? セットプレーの守備ってあんまり練習してないけど……壁は作るわよね?」
「あぁ、身長順に俺と愛莉で入って……瑞希も愛莉の隣に居ろ。シュートと零れ球、どっちも反応出来るようにな。比奈は……文香がファーに構えたな。アイツを見ててくれ」
「おっけー」
「うんっ、りょーかい」
俺と愛莉、瑞希で壁を作る。
やや中央右寄りの位置か。
コースはほぼ塞いでいるが、これはどうか。
「琴音、無理にキャッチしなくていい! しっかり弾き出そうとか、そういうのもいらん! まずは反応することが大事や、気楽に構えてろ!」
「はっ、はい……っ!」
至近距離からのシュートが来ることを予期し、琴音は少し緊張しているようだ。
普段の練習でも愛莉の強烈な一撃に必死で食らい付いているとはいえ、実践の場となれば勝手も異なる。
(どっちや……?)
笛が鳴り、先に駆け出したのは日比野さん。
だがボールの上を通過した。
14番か。
これはパンチのある一発が飛んで来るぞ……!
「――――ええっ!?」
「ちょっ、マジかよ!?」
愛莉と瑞希の素っ頓狂な声が響く。
14番はそのままシュートを撃たず…………俺たちの頭上を通過するような、ループ気味のパスを放った。
ボールの落下点へ、そのままゴール前へ走った日比野さんが飛び込んで行く。
(そういうことか……ッ!)
馬鹿正直にシュートを警戒するんじゃなかった。
ゴールの小さいフットサルでは、無暗やたらに撃つよりもディフェンスの影響が及ばないフリーの状態を作ることが何よりも大切。
所謂サインプレーと呼ばれるようなこの代物も、フットサルでは常套手段の一つだ。だがまさか、試合の序盤も序盤でこんなことをやってくるとは……ッ!
「琴音センパイっ!!」
浮き球をボレーで叩いた日比野さんに、俺は身体ごと投げ出しブロックに掛かる。右足裏腿辺りに当たり勢いが和らいだのか。シュートは琴音の正面を突いた。
だがキャッチまでとは行かず。むしろコースが変わったことで処理し切れなかったようだ。ボールはゴール前を転々と転がる。
「きゃっ!?」
比奈の可愛らしい悲鳴が聞こえる。
同時にゴールネットが揺れ動いた。
先にボールへ触れた文香への対応こそ十分な施しだったが、ここは文香が冷静に横パス。再び突っ込んで来た日比野さんの弾丸シュートに思わず身体を逸らしてしまったようだ。
しかし、エゲツない一発持ってるな彼女も。
ただのレジスタってわけでもないってことか。
「おっしゃー♪ ナイッシューしおり~ん♪」
小柄な身体をピョンピョンと弾ませ、日比野さんとハイタッチを交わす文香。続けて14番と17番も近付いて来るが……。
「…………遅いッ! どうして世良っちが先に触れるのですか! もし2番が強引に身体を寄せていたら奪われていたかもしれないのですよ! 反省しなさいっ!」
「ハッ、ハイ! 申し訳ありませんッッ!!」
「貴方もッ!! 何故撃ったあとにゴール前へ走らないのですか! 出して終わり、撃って終わりでは次に繋がらないと、いつも言っているでしょう!!」
「さっ、サーセンしたァァァァ!!!!」
せっかくゴールを決めたというのに、ぺこぺこと頭を下げ謝り倒す男子二人。分かりやすい上下関係だな……いっつも男子相手だとあんな感じなのか日比野さん。
「……ごめん。わたし、避けちゃった……ッ」
「あれは仕方ないわ……世良さんの影に隠れてたから、いきなり目の前に飛んで来たように見えたんでしょ? 私でもビビっちゃうわよ」
「そーそーっ。たかが一点だし気にすんなって! なっ、くすみんも! 凹みすぎだから! いっぱいゴール入る競技なんだから、この程度で落ち込まないの!」
「す、すみませんっ……でも、次は止めますっ」
幼馴染コンビを愛莉と瑞希がフォローする。
何も気に病むことは無い。どちらかと言えば、サインプレーの可能性に気付けなかった俺や愛莉たちの責任だ。
「まだまだですよ皆さーん! いざとなったら最終兵器少女ノートルダムの出番ですからーー!!」
ベンチサイドのノノも喧しく声を飛ばす。
でもそういうことだ。たかが一点のビハインド。
「……ふふっ。こんなもんじゃないですよね?」
「笑ってられんのも今のうちやで」
「さあ、どうでしょうか?」
不敵に微笑む青学館の女王。或いは女帝。
いやまぁ、なんでもいいけど。
このくらいで勝った気になるなよ。俺たちだって、アンタに負けないどころじゃないポリシーと、捻くれたプライドでここまで生きて来たんだよ。
【前半2分20秒 日比野栞
山嵜高校0-1青学館高校】
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