455. ロリコン
瀬谷北の11番がファーストディフェンダーとして日比野さんに接近するが、右足裏を駆使した素早いタッチで巧みに翻弄し身体を近付けさせない。
左サイドへ放たれた浮き球のパス。これを両サイドに広がっていた青学館の6番、5番がダイレクトでポン、ポンと簡単に繋ぐ。
さながら空中殺法。シンプルではあるが難易度の高い繋ぎに、瀬谷北は着いて行くことが出来ない。あれだけハイテンポでボールを回されては当然だ。
ゴール前でフリーになった14番が豪快にネットを揺らし、青学館が先制点を挙げる。スタンドから歓声を飛ばした制服姿の男女は、青学館の生徒だろうか。
「はえぇ~。カンフーみたいなことしますね~」
「まー、あれはあれで派手で良いけどさ。20番がボールを持ったタイミングでみんな一斉に動き出してるってことは、あらかじめデザインされてるんだよ」
「20番が攻撃のスイッチ役ってことですね?」
「そーゆーこっちゃな」
いつもと変わらぬ様子で二人並びにヘラヘラしている瑞希とノノだが、抱いた感想としては相違は無い。
コートでは既に試合が再開しているが……やはり青学館のオフェンスは、低い位置でボールを散らす20番、日比野さんを起点に始まっている。
彼女がボールを持つと、残る男性プレーヤーがゴール前へ一気に飛び出し、そこにピタリとロングパスが供給されるのだ。
しかし……アップの最中は気付かなかったが、青学館の男性陣、揃いも揃ってガタイが良いな。比奈やノノと変わらない背丈の日比野さんが混じると更に小さく見える。
「……上手いわね。プレスを掛けられても、微塵も動揺していないわ。むしろボールを取りに来るまで散々焦らして、わざと引き付けてさ」
「うん。すっごい自信満々なのが伝わって来る……口元ちょっと笑ってるよ。余裕綽々って感じだね」
眉根を寄せて試合を観察する愛莉。
比奈も感心したように同意する。
試合前に見せた自信に満ちた言葉や表情も、ブラフやハッタリの類では無いということだ。男性陣も中々のスキルを持っているが……瀬谷北のエース、中心選手は間違いなく彼女。
「ゴレイロの女性も中々ですね」
「言うて琴音と差は無いと思うけどな……まぁあれだけボールの持てるフィクソが前に居ったら余裕も出て来るやろ」
瀬谷北の小椋がサイドからドリブルで仕掛けるが、青学館の5番がピッタリとマーク。苦し紛れに放たれたシュートはゴレイロの正面を突いた。
冷静に処理しフォローに入った日比野さんへスローイング。カウンターのチャンスと見るや、一気にギアを上げ敵陣へと侵入していく。
「へぇー、自分でも仕掛けられるんだ。しかもレフティー……ますますそっくりだね。うん、撃てる!」
内海が声を飛ばしたとほぼ同時に、日比野さんはサイドへと切り込み左脚を振り上げる。だが、これはフェイクだ。
サイドから走り込んだ6番と入れ替わるようにスイッチし、対峙するディフェンダーを置き去りに。
再びノーマークで放たれた強烈なショットが瀬谷北ゴールを貫く。
「連携もバッチリだね……強敵なんじゃない?」
「せやな」
ニヤニヤほくそ笑む財部に雑な返しをして、チームメイトとハイタッチを交わす20番、日比野さんを注視する。
すると彼女はこちらのスタンドを見上げ。
俺たちを一瞥し、挑発的な微笑を浮かべる。
これが自分たちの実力だ。
そう訴えるような熱っぽい瞳。
「興味深いね……彼女がオフェンスの組み立て役となることで、男子をより自由に動かしている。性差の問題も丸ごとカバー出来るってわけだ」
「よっぽど自信がねえと出来ねえ戦い方やな」
「まさにフィールド上の指揮官だね。どこかの誰かも似たようなあだ名が付いていたっけな」
「茶化すなアホ」
「あはは、ごめんごめん……それにしてもいい選手だね。元々フットサルをやっていた子なのかな? ボールタッチに独特の雰囲気があるよ」
「いや……中学まではサッカーで、最近フットサルに転向したらしいな。まぁ俺も詳しかねえけど」
真琴から聞いた話によれば、青学館の女子サッカー部に着いて行けず自らフットサル部を立ち上げたとのこと。
だがこの試合を観ている限り、日比野さんが実力的な問題で女子サッカー部から離れたようには到底思えない。
瀬谷北の男性陣を翻弄するほどのテクニックの持ち主。贔屓目無しでも優れたボックストゥボックス型のプレーヤーだ。
なにか特別な事情でもあるのだろうか。本人の口から聞かないことには何とも言えないが……次の試合に向けて、少しでも情報が欲しいところ。
「……真琴に聞いた方が早いか」
今回の遠征には着いて来れなかった真琴だが、受験生とはいえ年の瀬ともなれば暇を持て余しているだろう。スマホを取り出し電話を掛けてみる。
すぐに応答があった。ビデオ通話にしていたから、画面いっぱいに真琴の小綺麗な顔が広がっている。何やら奥で物音が聞こえるな。なんだろう。
『あっ、もしもしっ!? 兄さん!?』
「なんやエライ騒がしいな。外か?」
「自分ちのリビング! ……ちょっと有希! 先輩からだから静かにして! バレちゃうでしょ……!』
なんだ、有希も一緒に居るのか。後半は小声で聞こえなかったけれど、リビングで勉強会でもしているのだろうか。
「なにしとんやお前ら」
『なっ、なんでもない! ちょっと有希っ!』
『マコくーん見てー! ついに初ゴールだよー!』
手持ちで通話しているのか、画面内のビデオが激しく揺れ動いている。
あまりの騒ぎようにフットサル部共々スマホの前に集まって来た。
……テレビの前でカチャカチャとゲームのコントローラーを弄り倒す有希。これはウ○イレ……いや、違う。FI○Aの方か。めちゃくちゃ遊んでんじゃねえかコイツら。おい受験生。
「この大事な時期にゲーム? 随分と余裕なのね」
『げっ!? ちっ、違うんだって姉さん!? 有希がどうしてもっていうから付き合ってるだけで、自分は横で見てるだけだから! ほら見てよっ! ちゃんと勉強してるでしょっ!』
「それのどこか勉強してるって?」
『えっ…………あっ、やば』
カメラに向けて広げた問題集は、白紙のまま一筆たりとも書き加えられた形跡が無い。自ら怠惰を証明してしまった。
画面を見つめ微笑む愛莉だが……ああ、駄目だ。目が笑っていない。帰ったらお説教だな。可哀そうなことしてしまった。いやでも真面目に勉強してないお前が悪い。全面的に。
『あれっ、廣瀬さん? どうしたんですか?』
「この騒ぎ聞いてなかったのかよ」
お前もお前で呑気な奴だ。ゲームでイメージトレーニングでもしようってか。最近のゲームってやたらリアルだからな。いや本当、ちっとは受験生の自覚を持て。
『えっと……それで、なにかあった?』
「あぁ、これから青学館と試合なんだけど。お前の先輩の日比野さんについて、ちょっと教えて貰いたくてな。中々骨のある選手みてえだからよ」
『日比野先輩? あぁっ……えーっと、そうだなあ。普段はすっごい優しくてお淑やかなんだけど、試合とか練習だとメチャクチャ厳しくて……鬼軍曹っていうか、女王様って感じ?』
なるほど、ボールを持つと豹変するタイプか。
確かに今の試合も、一番声出して男子にもガンガン指示出しているな。見た目お淑やかなおさげの少女なだけにギャップが凄い。
『中学のときはボランチとかトップ下の選手で……基本はパサーだけど、自分でも仕掛けられる万能型のインテリオールだよ』
『狭いところでもボールを失わないでどんどん前に運ぶ……うん、そうだね。イニエスタみたいな選手だった。先輩は左利きだケド』
『ゴールよりもアシストが多いタイプだね。自分もそのクラブではFWだったから、何本もプレゼントパス貰ってた』
『でも鬼パスもメチャクチャ多いよ。ミスるとすっごい厳しい。普段は普通に優しい先輩だから、みんな試合中はビクビクしながらプレーしてたよ』
まぁそんな雰囲気はあるな。
女王様ってのも言いすぎな気がしないでも無いが。
「あれでも女子サッカー部では駄目だったのか」
『うーん、それは自分も詳しくないんだけど……でも実力でっていうより、先輩から辞めるって言い出したみたいなんだよね。理由までは聞いてないけど』
「弱点とか、苦手なプレーは無いか?」
『守備はあんまり上手くなかったかな……でも特に気になるほどじゃないよ。あぁでも、ボール持ってないときはちょっと試合から消えちゃうタイプかも。身体も華奢だし、当たりには強くないと思う』
財部や内海に感化されたわけでは無いが、聞けば聞くほど俺を女にして一回り小さくしたような選手だな……まぁそれだけ分かれば十分か。
「ありがとな真琴。助かったわ」
『ううん。これくらいしか役に立てないし』
「息抜きは程々にしろよ」
『わ、分かってるって……ていうか、偶には兄さんも勉強見に来てよ。姉さんじゃ頼りにならないし、有希と二人っきりじゃ全然捗らないんだケド』
「そりゃまた追々な」
『廣瀬さーん、頑張ってくださいねーっ!』
「お前もな」
一言二言交わし通話を切る。
アイツらと遊んでやるのはまた今度として……取りあえず、青学館の対策法は決まったな。あとはこれを実践するだけの体力が残っているか。
一筋縄ではいかないだろう。
だが打ち負かさなければ意味は無い。
あの無表情の裏に隠した強気な態度。
中々に気に入った。鼻っ面へし折ってやるよ。
「なー、ハル」
「あん。どした」
「兄さん、ってなに?」
えっ。
「そもそも愛莉さんの御姉妹なのですから、貴方が連絡するまでもないと思うのですが?」
「すっかり仲良しさんだよねえ」
「こんなところで疑似兄妹変態プレイを見せつけられるとは、ノノもビックリ仰天ですねえ~」
……やっべー。愛莉にはバレてるけど、真琴が俺を兄さんって呼んでるの秘密だったんだっけ……。
「…………ばか。ロリコンハルト」
「えぇー……」
愛莉の蔑むような視線が突き刺さる。
またこんな流れかよ。
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