410. Boyhood 2-5


 昇格組、自陣中央のペナルティーエリア付近。最終ラインから供給されたロングボールに、黒川とビブスを纏うディフェンダーが空中で激しく競り合う。


 Cチームで最も背の高い黒川。同世代相手なら空中戦はほぼ敵無しの状態だ。フィジカルを活かしたポストプレーを武器に、既にBチームへの昇格を前提とした練習参加が決まっている。


 一列後ろから走り込んでいた藤村に落とし、ボールは南雲の構える左サイドへ展開された。



友永トモナガッ! シンプルにやれっ!」

「分かってる!」


 藤村からパスを受けた少年は名を友永英斗トモナガヒデトと言い、やはりセレクションを突破してチームに加入した外様グループの一員である。


 宮本の張り詰めた指示に素っ気なく返した友永。対峙する南雲を一気に引き離そうと、強引にドリブル突破を図る。


 内海と双璧を成すスピードとアジリティーの持ち主である友永だが、南雲も負けじと身体を寄せ、縦のスペースを必死で潰している。



「ああ、クソッ!」

「コウちゃんナイスカバー!」

「これくらいはねっ!」

 

 時間を掛け過ぎたか、内海がディフェンスに戻り1対2の状況が生まれる。これには友永も堪らず、ついぞボールを手放してしまった。



「なにやってんだよ友永ッ!」

「簡単にやれって!」

「うるせえッ! ならフォロー来いよッ!」


 宮本、黒川が口々に糾弾するが、友永も強く言い返す。そうこうしているうちに、内海がボールを敵陣まで持ち運びカウンターが始まろうとしていた。



「良いから戻れって! 後でやれよッ!」


 悲鳴にも似た藤村の声に、三人は冷静さを取り戻す。慌てて自陣へ帰還するが、既に内海が陽翔との巧みなワンツーで、縦へ一気に抜け出す最中であった。


 内海の淀み無いスピーディーな仕掛けに、外様グループの守備陣は及び腰でラインを下げることとなる。その隙を見逃さず、内海は右サイドを駆け上がる堀に向けて斜め前方へミドルパス。



「マサやん準備ッ!」


 それほど時間を掛けず、浅い位置からセンタリング。


 前を取ろうと身体を大きく広げる大場であったが、体格差も災いし簡単にヘディングでクリアされてしまう。バイタルエリアを漂うセカンドボールの行方は。



「ほーらやっぱり! 拾うと思ってた!」

「陽翔っ、そのまま!」


 してやったりという顔であざとく笑う堀。

 追随して走り込む内海も声を飛ばす。



 わざわざ言われなくても分かっている、とニヤニヤ笑う堀の姿を不快気に一瞥し、陽翔は左脚を豪快に振り抜く。


 ゴールまで推定25メートル。

 キーパーが必死に伸ばした右腕も届かない。

 弾丸の如き一撃がネットを揺らした。



「あれ枠に入れちゃうんだ……凄いなぁ!」

「さっすがアニキ! 百発百中だねえ!」

「うるせえ。次や次」


 ホイッスルと共に駆け寄って来た大場と堀の祝福を振り払い、すたこらと自陣へ戻っていく陽翔。


 今日一のベストゴールと呼んでも差し支えない一発にも、陽翔は微塵も喜びを露わにせず。それどころか、不本意であったかのように首を曲げ憮然とした表情を浮かべている。



(なにが納得いかないんだろうねえ……)


 そんな陽翔の様子を見て、財部は呆れたように苦笑を溢した。完璧なミートに完璧なコース。どれを取っても一級品のミドルシュートだが、どうやら陽翔は納得いかなかったらしい。


 まさか、堀の思惑通りにセカンドボールを拾ったこと自体が不満なのだろうか。確かに陽翔にしてはシンプルな選択をしたものだと財部も考えたが。



 一方、見事なカウンターを食らった外様グループ。

 反対サイドで喧嘩腰の言い争いが続いている。



「お前の判断が遅れたからこうなるんだぞ!」

「クロに上げれば点取れたやろッ!」

「だからっ、そんなの分かってんだよ! 一人抜いた方が確実だろ!? つうか宮本がフォローに来ればもっと簡単に崩せただろ! サイドで任せっきりにするなよッ!」

「ボランチがサイドまでフォローに行けってのか!? それで失敗して点取られたらスペース空けた俺の責任なるやろッ! 馬鹿かッ!」


 どうやら黒川と宮本は、一人で強引に仕掛けて失敗してしまった友永のプレーが気に食わない様子だ。友永も中央に留まり続けフォローに来なかった二人に不満があるらしい。



「おいっ、いい加減にしろよッ! 結果的に点取られたのは変わらねえだろ! オナドリでミスったのもフォローに行かねえのも、全員悪いんだよ!」

「アアッ!? 藤村がそれ言うんか!?」

「お前だって守備が軽すぎるんだよ……! もっと時間掛けて内海を潰せば良かったのに、簡単に抜け出されてるだろ!」

「だーかーらーッ! 宮本がさっさと戻ってれば廣瀬のカバーも出来ただろ!? 俺一人に擦り付けんじゃねえよ!」


 今度は藤村が二人の標的となる。内海と陽翔のワンツーで簡単に抜け出されてしまったことが両者にとっては不満であったようだ。


 この状況に限れば、藤村が糾弾される筋合いはまったく無い。最前線でクロスを待っていた黒川はともかく、ポジションの兼ね合いを考えれば陽翔のマークは宮本がするべき場面である。


 だが他の選手たちは、四人の言い争いの輪に入っていくことが出来ない。何かと体格に恵まれ、自己主張も強い四人に意見することを恐れているようにも窺えた。



(これもこれで解決しないとなぁ……)


 止む気配の無い糾弾に、財部も頭を抱える。


 外様グループにおいて実力的にはやや抜けた存在である四人に対して、他の面々は意見を口にすることも出来ない。


 思春期特有のカースト意識とでも言えば良いのか。まだチームが結成されて数ヶ月ほどではあるが、彼らのなかには明確な格差のようなモノが生まれつつある。



 特に財部が問題視していたのは、黒川の強烈な個性とそれに伴うであった。


 彼の実力と強靭なパーソナリティーは財部も認めるところだが、だからといってそれがキャプテンに相応しいものであるかと問われれば、一概に肯定することは出来ない。


 ここ最近の動向を見ていても、やはり黒川は陽翔の存在を意識し過ぎている節がある。彼に勝ちたいという欲求が前面に押し出された結果、二点のリードを奪われている現実が見えていない。



 何かと一言多い宮本を窘めるのも黒川の役目だが、今回ばかりは平静さを失っているようにも思われた。


 藤村への過度な物言いも、友永への叱責も「自分が結果を残せなかった」ことから引き起こされる極めて一方的な見解に過ぎないし、それを咎める人間が居ない。



「なんと哀れなことよ」

「……んだよ廣瀬、お前には関係無いやろ!」

「いや、別に。ただまぁ、それでよう俺に一泡食わせようなん思うたなって……頼むわホンマ。こんなんじゃ調整にもならへんわ」

「うるせえッ! 黙ってろっ!」


 試合の再開を待っていた陽翔が、悠然と彼らの下へ歩み寄り珍しく自分から口を開く。怒りを露わにする宮本には目もくれず、彼は言葉を続けた。



「自分には関係ないって顔しとるな」

「……なにがだよ」

「黒川? やっけ? まぁ誰でもええけど……ポジショニングがクソ過ぎるねん。そりゃコイツもクロス上げる気ならんわ。デカけりゃ競り勝てるとでも思っとるんか?」

「どういう意味だ?」

「さあ。敵に塩送るつもり無いし。知りたいなら堀にでも聞いてみ。つうわけで残り25分、サンドバック役よろしく。あ、お前は頭から話ならんから。じゃ」

「こっ、この野郎……ッ!」

「辞めとけって宮本ッ!」


 黒川と宮本に強烈な嫌味を言い残して自陣へ戻る陽翔。今にも手を出しそうな宮本を藤村が抑え付ける。



(言ってることは正論なんだけどなぁ)


 伝え方はともかく、陽翔の指摘を否定することも出来ない財部であった。納得いかない様子の黒川のキックオフで、試合が再開される。



(まぁ、伏線もしっかり張ってるよね。あとは黒川たちが気付くかどうか……気付くかなぁ……)


 もしかしたら意外にもキャプテン向きなのかもしれない。言動はともかく、流石は陽翔。相手の問題点も、即席チームを最も効率的に生かすアイデアもしっかり見抜いている。



(頼り過ぎも良くないんだけど……)


 目下最大の課題である、昇格組と外様グループの融合。やはりどうしても、彼がキーマンになることは間違いなさそうだ。


 それはそれで、また悩みの種になり得ると財部も分かっていないわけではなかったが。


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