411. Boyhood 2-6


 その後、昇格組が更に4点のリードを加える。


 実力的には均等であるはずの紅白戦は一方的な殺戮を残し、終了のホイッスルを待つばかりであった。



 練習が終わる頃には黒川をはじめ、虚勢を張っていた宮本さえもすっかり意気消沈し舞洲のグラウンドを後にすることとなる。 


 そんな彼らに、陽翔は一つの言葉も掛けずさっさとクールダウンを済ませ、一人どこかへと消えていく。

 せめて一言と彼を待っていた財部の苦労も虚しく、この日のトレーニングは終わってしまった。




 Cチームの面々。特に外様グループの選手たちにとっては、自身の立ち位置を再確認する上でこれ以上無い機会となったミニゲームも、もはや陽翔には何の意味も為さない日々の積み重ねである。


 以降も陽翔は、中学三年の代がほとんどを占めるAチームの練習に参加していた。フィジカルの劣勢も軽々と覆し、公式戦でも結果を残し続けていく。



 気温のピークを過ぎた9月中旬。


 間近に迫ったU-15世代のクラブユース選手権に向けて、セレゾン大阪ジュニアユースは徐々に下級生をAチームへ合流させ、戦力の拡大、見定めを始める。


 夏に行われた合宿や長期遠征で着実に結果を残した内海、大場、南雲らは、この機会にAチームへの練習に参加することが多くなっていた。



 とはいえ、まだ中学一年生である彼らが二学年上の大会に向けテストされるのは、セレゾンに限らずどのチームでも異例のことと言える。


 その大きな要因は、やはり世代一の天才との呼び声高い廣瀬陽翔の存在であった。彼らが陽翔のプレーに感化されたのか、それとも単純に「同世代だから」という理由なのか。


 明確な根拠など彼らには分かる筈もなかったが、陽翔を中心としたメンバーが一括りに「黄金世代」と称されるようになったのは、こうした早い時期からの抜擢による影響が大きかったのかもしれない。



「削れッ! 死んでも止めろッ!」

(いやっ、そうは言うてもな!?)



 黒川の荒っぽい指示も南雲には届かない。


 右サイド、タッチライン際でボールを受けた陽翔は、軽快なフェイントを幾つか織り交ぜたのち、右足つま先で軽くボールを突き、対峙する南雲の股下をスルリと通過させる。


 センターバックが堪らずカバーへ入るが、陽翔は間合いを詰められる前にアウトサイドで鋭く切り返し、中央のスペースへカットインを図る。


 どうにかゴールへの道筋を塞ごうと、ディフェンダーたちは必死に身体を伸ばしコースを消しに掛かるが。それを見越してか、更に中へ、中へと侵入。



(凄い……! 一度もボールを見ていない!)


 逆サイドで待機し裏へ抜け出す準備をしていた内海だが、陽翔の巧みなドリブル突破に思わず見惚れてしまっていた。


 ドリブルのためのドリブルではない。

 ゴールへの最短距離を、淡々と進むだけ。


 ドリブル中、まったくと言って良いほど足元を見ない。どのようにボールをコントロールすれば、どこにボールがあって、どこへ進むかを目で追わずとも把握している。



 陽翔が見ているのはディフェンダーの動き。

 より詳しく言及すれば、彼らの重心だ。


 いつ、どのタイミングで飛び込んで来るかをジックリと観察し、ギリギリのところで逆を取る。

 遠目に見れば、彼が進みたい方向をわざわざ空けているようにしか見えないのだから不思議な光景だ。



(あっ、やばッ!)


 内海の身体がビクリと反応した時には、既に期を失していた。一瞬だけそちらを確認し、陽翔は小さくため息を漏らす。


 内海がラインギリギリで飛び出すタイミングを窺っていたのだろう。だが彼は反応出来なかった。あからさまに不満げな陽翔の表情がすべてを物語っている。



「撃って来るぞ!」


 悲鳴にも似たキーパーの怒号が轟く。

 陽翔は深く腰を落とし一気にギアを上げた。


 ディフェンダーの一人がブロックに入るが、身体を横に倒したと同時に細やかなタッチでボールを僅かにズラし、バランスを崩させる。


 既にペナルティーエリアへと侵入し、キーパーとの距離もそれほど残ってはいなかったが、陽翔を前にしては些細な問題であった。左脚を鋭く振り抜き、豪快にネットを揺らす。



「な、ナイス陽翔!」

「…………ボケッとすんな。アホ」

「ごっ、ごめん……一瞬遅れちゃって」

「足引っ張んな。ちゃんとやれ」


 祝福に回る内海にも全開の嫌味を飛ばし、無表情のまま自陣へ走り去る陽翔。露骨に肩を落とす内海を、遅れてやって来た大場が慰める。



「あれはしょうがないよ。ドンマイ内海くん」

「あははっ……雅也は、どう? 反応出来た?」

「ビミョー。あんな短い時間で何回もボールタッチしてリズム変えられたらこっちも困るよ。どこでパス来るか全然分かんないんだもん」


 呑気な顔でケラケラと笑い飛ばす大場に、内海は少し申し訳なさそうに苦笑い。良かった。着いて行けないのは自分だけじゃない。そんな自虐にも似た笑顔。



「凄いよねえ~……Aチームの試合、今まで何度も観てるけどさ。廣瀬くん、ホントに誰相手でも子ども扱いなんだもん。もう悔しいとか、そういう感情忘れるよね」

「うんっ……やっぱり、ちょっと別格だよ」


 ゲームの終了を促すホイッスル。

 この日のトレーニングが終了した。


 内海と大場はすぐ近くのドリンクホルダーに手を伸ばし、頭から水を被る。

 クールダウンは各々の裁量に任せられており、二人は話を続けながらその場でストレッチを始める。



「相変わらず上手いなァ廣瀬のヤツ……ほっとんどボール触れへんわ。アイツの左足は吸盤かなんかやな。間違いないわ」

「お疲れ亮介」


 先ほどの陽翔への対応をコーチに指摘されていた南雲も、息をを切らしながらそちらへ合流する。内海からホルダーを受け取り彼は話を続けた。



「なんて言われたの?」

「ボールばっか見すぎやって……いや、でもな? 見な始まらんやんそんなの! ちょっと目ェ離したらシンプルにスピードで置いてかれんねんで? どうすりゃええねんあんなの!」

「遅らせる以外に方法無いよね~」

「それが出来へんから困っとるねんッ!」


 大場の気の抜けたアドバイスも南雲には届かず。

 顔を真っ赤にして冷水を被る。



「お疲れ一年共。Aチームはどうよ?」

「あっ……お疲れさまですっ、小田切オダギリ先輩!」


 三人の下へ背の高い青年が歩み寄る。小田切と呼ばれた彼は、姿勢を正した内海に「そんな畏まらなくていいよ」と爽やかに笑い掛けると、遠くで同じく休息を取る陽翔を眺めこう続けた。



「南雲っちも、全然気にしなくていいからね。あんなの俺らだって止められないんだから……マジで化け物っているんだなぁ。同じチームなのが幸か不幸か……」

「いや、圧倒的にラッキーっすよ俺ら……相手だったらって思うだけでキンタマ縮み上がりますわ!」

「ふははっ。いやでも、本当にそれ。俺らも大阪じゃガンズ以外敵無しなのにさぁ、廣瀬のせいで勘違いしそうになるよ。逆にヤル気出るってのもあるっちゃあるけど」


 軽薄な口調で笑い飛ばす端正な顔つきの青年。小田切航オダギリワタルは陽翔や内海らの二学年上の先輩であり、Aチームで不動のレギュラーを務めるセンターバックだ。


 既にユースチームへの昇格が内定しており、世代別代表にも選出されている。長身ながら足元の技術に長ける、クレバーな守備が持ち味の実力者だ。



「そういや小田切先輩って、アンダーでも陽翔と一緒っすよね? やっぱそっちでも無双してるんすか?」

「うん。公式戦はまだ出てないけど、練習はスーパーチート状態。アジア予選はもうちょっと先だけど……この調子なら間違いなく選ばれるな」

「うわぁ……もうそんなレベルなんだ……」


 感嘆の声を挙げる大場。

 内海も驚いた様子で小田切へ質問を飛ばす。



「今のU-15代表って二年後のU-17ワールドカップの世代ですよね? そんなところでも……」

「流石に思いっきり身体ぶつけたら転んでくれるけどさ。それも出来ないからみんな困ってるのよ。外国人とやり合ったらどうなるかは分からないけど」

「……でも陽翔なら」

「かもなっ。お前らも早く追い付けるように……って、流石に無茶苦茶か。でもそれくらいの意気込みで頑張れよ? 例えばほら……廣瀬が普段どんな練習してるかとか、知ってるか?」


 小田切の問い掛けに三人は顔を見合わせる。


 言われてみれば、彼らはここ最近、ようやくAチームの練習に参加し始めたばかり。中学に上がってから陽翔の練習風景をほとんど目にしていない。



「もしかしたら何か掴めるかもよ?」

「わあ。それ、すっごくナイスです、先輩」

「でもマサやん、あの廣瀬やで? もしかしたら練習なんてしとらんでもあのレベルなんちゃうか?」

「いや、それは無いよ……亮介も知ってるだろ? 選抜の頃も一番最初にグラウンド来て、最後に帰ってた陽翔だし……あの頃よりもっと練習してるよ」

「うぐっ……まぁ、それはなぁ……」


 内海が嗜めると南雲も顔を顰める。気にはなるが、プライドがあるのだ。そんな風に言い返したいようで、ついぞ口にはしない南雲であった。



「まっ、三人も本気で上を目指すならそれくらいの覚悟が必要だな。オレも廣瀬に感化されて、自主練のメニューちょっと変えたりしてるんだぜ。ほら最後のミーティング終わったらチャンスかもよ?」


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