389. いや簡単に言うけどね


「ふぃぃ~~食った食ったぁ……っ」

「ノノもう動けないですっ……」


 暖かい鍋を囲み、楽しい時間もあっという間に過ぎていく。


 流石に昨日の今日でケーキは用意できなかったので、普段の練習後にみんなで向かうファミレスが俺の家になったという程度のものだ。それはそれで楽しかったから問題無いけど。


 クリスマス感こそ未だにサンタの恰好を貫くノノを除いてちっとも見当たらないけれど。まぁいつも通りのフットサル部らしくて悪くないんじゃないかとは思う。



 で、ロクに後片付けも手伝わずソファーにだらしなく寝転ぶ瑞希とノノ。んな寒そうな膝下で足を伸ばすな。見えちまうだろ。気を遣え。



「食ってすぐ寝ると牛になるで」

「まっさかぁー……」

「放牧の民も悪くないですねぇ~……」

「食後すぐ横になると、逆流した胃液が食道を炎症させて、ガンになるリスクが高まると言われています。ご気分は如何ですか」

「ん~~なーんか身体動かしたいかもー☆」

「ノノもそんな気分になって来ましたっ☆」

「最初から素直に従えや」


 豆知識で命を二つ救った琴音さんの巻。



 何だかんだで長い時間グダグダと箸を突いていたので、夜も深まり何をするという時間でもなくなってしまった。別にやりたいことも無い。なんなら今日死ぬほど疲れたし、もう寝たい。


 すると隣に座っていた比奈が「そうだ忘れてた」と思い出したように立ち上がり、すぐ近くのバッグから何やら包装された荷物を取り出す。



「せっかくクリスマスイブなんだから、プレゼント交換しないと。って、もしかして準備してきたのわたしだけ?」

「私も一応持って来たわよ」

「右に同じくです」

「あっぶねー、忘れるとこだったわ」

「ノノはユニバで思い出して買いました」

「仕事しろクソサンタ」


 というわけで全員準備はしているらしい。

 急に季節感出すな。やり辛えな。


 ……いや、どうしよう。


 交換スタイルなのか。

 てっきり全員で渡し合うのかと……。



「どうしよっか。ここは定番に沿って、音楽に合わせてみんなで回していく感じかな?」

「……ん、ええんちゃうの」

「ではっ、選曲はノノに任せてくださいっ!」


 皆それぞれの袋を手に持ち準備完了。

 ノノがスマホを操作して音楽を流し始める。



「いやなんでレッチリ?」

「ノノの趣味です」

「もっと適切なチョイス他にあったやろ」

「ていうかよく分かりましたねセンパイ」

「言うて結構好きやけどタイミングよ」


 なにが楽しくてレッチリでプレゼント交換しなければならんのだ。しかもよりによってCan't Stopかよ。一生終わらねえ。狙ってこの選曲ならちょっと面白いわ。


 最初のサビが終わったところで終了。

 なんこのシュールな絵面。誰かツッコめ。



「あっ、わたしのは琴音ちゃんだね」

「そのようですね……これは、小説ですか?」

「おすすめの作者さんなんだよ~」

「では、あとで読んでみます」


 比奈のプレゼントは琴音へ。

 まさか官能小説ではないだろうな。

 最近のコイツならやりかねん。



「私の分は、市川さんですね」

「あー……やっぱりそうなりますよねぇー……」

「ドゲザねこの手袋です。大切にしてください」

「むしろ雑に扱われた方が喜びそうっすね……」


 微妙なリアクションのノノであった。

 黙って受け取っておけ。

 琴音の得意げな顔を一瞬たりとも汚すな。



「で、あたしにノートルダムの? えーっとどれどれ……あっ、すげえ! ニワトコの杖だっ! やるじゃんノノイチカワっ!」

「いい加減あだ名一つに絞りません?」


 先の宣言通り、土産で購入した魔法使いの杖が瑞希へのプレゼントのようだ。見た目だけなら外国人の雰囲気に一番近いし、案外似合うかもな。悪戯専門店の店主とか。



「これ、瑞希の? 結構大きいわね」

「まぁケースで買ったからなー」

「ケース……?」


 恐る恐る紙袋を開封する愛莉。形状に抗わず何やら箱の中に大量のソレが入っているらしい。にしても、妙に見覚えのあるデザインだが。



「…………なにこれ?」

「え、分からん? 保健体育で習わんかった?」

「ほ、ほけん……っ?」

「ゴムだよゴム。近藤さん」

「ごっ……………はっ、ハアアアアああああああアアアアーーーーッッ!?」

「こんだけあれば将来困らないっしょ」

「なんてもん用意してんのよバカ瑞希ィィっ!!」



 顔を真っ赤に染め、大慌てで箱ごと宙に放り投げる愛莉。中から飛び出した一部が俺の手元に落っこちて来る。


 うん、これは酷いわ。よしんば俺に渡すつもりだったとしても、これは無いわ。最低っすわ金澤さん。見損なったわ。貞操の危機的な意味で。



「ホントはハルに渡したかったんだけどね」

「どういう感情なんだよお前……」


 極めて純粋かつ真っ直ぐな瞳は果たしてボケているのか真面目なのか。


 クソ。最近ノノの影に隠れていると思ったら、ここぞとばかりにトラップ仕掛けて来やがった。色々聞きたいよ。まずどうやって買った。何故買った。意味深なメッセージ込めるな。



「へぇー。ノノ本物初めて見ました。こんな感じなんですね。センパイちょっと試しに着けてみてくれません?」

「遊ぶなッ! 中身出すなしまえッ!」

「比奈、これは遊び道具かなにかですか?」

「琴音ちゃんもあとでお勉強しようねえ」

「は、はぁ……っ」

「琴音っ! お前の仕事やろツッコめやッ!」

「え、なにがですか」

「突っ込むのはむしろ陽翔センパイでは?」

「お前ももう黙ってろッッ!!」


 はいもう収拾付かない。




*     *     *     *




 ひと悶着過ぎ去りどうにか再開。


 いや簡単に言うけどね。大変だったわ。

 愛莉落ち着かせるのに30分掛かってるから。



「で、私の分がハルトの」

「あんがと。おー、ブレスレットか」

「レディース用だけどアンタ腕細いし入るでしょ」

「一応には計算入れとけや」


 が、愛莉の言う通りすっぽり入ってしまった。

 シルバーで彩られたシンプルなデザインだ。



「陽翔くん、ちょっとずつアクセサリー増えてるよね。瑞希ちゃんのリングに愛莉ちゃんのブレスレットに……次はピアスとかどう?」

「いやあちょっと……」

「フツーに似合ってるしアリじゃない?」


 趣味全開で目を輝かせる比奈の提言を退け、改めてブレスレットを眺めてみる。


 瑞希の言わんことも分かる。意外と合っているかもしれない。俺の趣味じゃないだけで…………ん、待てよ。



「なあ愛莉。これイニシャル入って」

「でっ、ハルトのは比奈ちゃんってわけねっ!」

「ちょっ、おい聞けって」

「気になるからっ、早く見てみたいんだけど!」


 一方的に話を遮る愛莉さん。

 耳先はほんのり赤く染まっている。


 …………なーにがレディース用だっつうの。Hが二つとか、該当するの俺しか居ねえじゃねえか。


 こっそりガッツポーズすんな。

 分かりやすい奴め。



 うむ。しかし、イニシャルか。


 ただでさえ予定外なのに、少し被っちまったな。

 価値が下がるわけでもないが、如何なものか。



「わっ。マグカップ?」

「……ええの思い浮かばなくてな。これで許せ」

「ううんっ。すっごく嬉しいっ」


 ライトグリーンの軽い材質で出来た簡素なものだが、思いのほか喜んでくれたらしい。すると何やら不思議そうにそれを覗き込むノノがポツリと一言。



「……名前入り、ですか?」

「えっ? あ、ほんとだ。筆記体で名前入ってる」

「最初から比奈センパイにってことですか?」

「あー…………いや、まぁ……一応な」


 そう。これが問題だった。


 まさか比奈だけに渡すのを想定して選んだわけではない。注目が集まるなか、俺はバッグから残る四人分のソレを取り出して、それぞれに手渡す。



「全員分あんだわ。先に言えば良かった」


 こちらに来る前日、偶々出先で全員分の名前が刻まれたマグカップを見つけたので、こうして揃えてみたわけだ。ノノだけは流石に珍しくて探すのちょっと苦労したけど。まぁ言わんとこ。



「なるほどそういうことでしたかっ!」

「あービックリしたー。まさかひーにゃんにだけ愛情モリモリなのかと思ったわ」

「ふ、ふーん……中々気が利くじゃないっ……」

「実用性もあって、悪くないですね」


 反応は様々だが、おおよそ好意的に受け取って貰えたようだ。取りあえず瑞希の用意したやつよりかマシだろ。たぶん。



「……でも、いかにもハルトらしいわよね」

「まー、相変わらずハルはハルだよな」

「ええ。いつも通りの陽翔さんです」

「センパイはやっぱりセンパイですねえ」


 示し合わせたように呆れ顔でため息を漏らす。


 え、なんだその反応。やっぱり不満だったのか。誰か一人にだけ似合うの選んだら申し訳ないし、なんならむしろ他に選択肢が無かったんだけど。



 …………勘弁してくれよ。


 俺だって出来る範囲で努力してるんだから、少しくらい認めてほしい。空気読めていないのは自覚あるんだから。これが今の、最大限のお前らへのアプローチなんだって。



「ふーんだ。陽翔くん、嫌い」

「えっ、ちょ、比奈までなんだよ」

「嫌いったら嫌いだもんっ」


 一人だけ露骨に不機嫌な比奈。

 プイッと顔を逸らし唇を尖らせる。



 いや、分かるよ。不満に思う理由なんて。


 そりゃあれだけの出来事があった後なんだから。

 分からない筈が無い。


 でも、だからってそんな態度取られても。



(……めんどくせぇーっ…………)



 複雑すぎる乙女心。

 理解し切るには、まだまだ時間が掛かりそう。


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