387. もっと辱めたい。諸々


「おー、すげー!」

「こんなところで急に始めるんですねえ」


 揃って近くのテーブルで軽食を取っていると、すぐ目の前の広いスペースでキャストの催しが始まった。音楽に合わせダンスを踊り、大挙して押し寄せた子どもたちが楽しそうに身体を動かしている。


 分かりやすい非日常だ。しかし意外にも受け入れ始めている自分も居る。目を輝かせスマホを掲げる皆を眺めていると、自然と余計な笑みも零れてしまう。



「あ、そーだ。罰ゲームだけど」

「真面目に点数数えてたのかよ」

「長瀬が最下位な。マイナス200那由他」

「ナユタっ!? なんで!?」

「裁量次第やろ」


 文字通り桁違いの数値に思わず飛び上がる愛莉。なにをどう加算すれば那由他まで行くんだよ。算数の授業で勉強して以来聞いたことねえぞ那由他。



「んーどーしよっかなー。じゃあ、パーク出るまで語尾に「ぴょん」な。スヌー○ーだし」

「えぇっ……!? 嫌すぎる……ッ!」

「で、次くすみんだから、語尾に「フォイ」」

「ふ、ふぉい……?」

「ちなみにマイナス7000あそぎ」

「事の重大さがボヤける数値ですね……」


 唐突に縛りを追加される。

 夏合宿で比奈が食らった「にゃー」ぶりだな。


 ギリギリぴょんは分かるとして、フォイってなんだよ。ス○ザリンだけに、まーる書いてフォイってわけか。瑞希の癖に頭働かせるな。



「さてさて、遊園地特有の高いだけで美味くもないポテトをいただいたところでですね。次はどこに行くかって話なんだけど。長瀬どうする?」

「ちょっ、私に振らないでよ……えーっと、まぁ、そうね、出来るだけ絶叫系じゃないところが良い…………ぴょん」

「はっ。下手くそかよ」

「アンタがやらせてるんでしょうがっ!」


 でも一応やるんだな。

 お前のそういうところが好きだよ。



「くすみんは?」

「私も少し疲れてしまったので……座って見れるショーのようなものがあれば、そちらを優先したいです。ふぉい」

「ノノちゃん、動画撮った?」

「バッチリです比奈センパイ!」

「もう勝手にしてください……っ」


 疲労によるものだけではなかろう。ガックリと項垂れる琴音であった。


 何だかんだで付き合う辺り、お前もフットサル部の色に染まり切っているのだ。恨むなら意志の弱い自分を責めろ。



「ハルは? どっか行きたいとこある?」

「なんも。言うて4時過ぎやしなんなら帰りたい」

「は? 許さん」

「もうそんなに経ってるんだねえ」

「並んでる時間も長かったですからねー」


 スマホで時間を確認する比奈とノノ。次々とアトラクションを乗りこなしたようにも見えるが、どれもこれも30分以上は並んでいる。それに伴う疲労も含めて、結構な労力だ。


 これだけ時間を無駄にすれば会話の無いタイミングもあるだろうに、お喋りが止まらないのは本当に尊敬する。生まれ持ったエネルギーが違う。特に瑞希とノノ。



「つっても明後日は試合やからな。忘れんなよ」

「あ゛ー……完全に記憶のかなたに飛ばしてたわ」

「何しに来とんねんホンマ」

「え。ハルの謎めいた過去を暴きに」

「なんもねーよ」


 すっ呆けた様子の瑞希にして曰く、今回の遠征の目的は「ぶっちゃけユニバよりハルの実家」らしい。その割には全力で楽しみ過ぎだけど。



 実際のところ、俺もこの街でどう振る舞えば良いのか未だに判断が付かないでいた。疲れたしさっさと家に行きたいんだけど、それもそれで若干の抵抗がある。


 コイツらと馬鹿をやっていれば多少の悩みくらい簡単に吹っ飛ばしてくれるだろうと、素直にパークを楽しんでみたは良いものの。


 やはり、ふとした瞬間に我へ帰る。

 思い出したくないことが多過ぎて。



「まぁ、めちゃくちゃポイント低いこと言いますけど、ノノはちょっと飽きてきました。普通に疲れたのと、この格好寒すぎて」

「なら着替えろよエセサンタ」

「だってセンパイが生足見てたいって……」

「言ってねえよ」


 戯言を抜かすノノはともかく。


 序盤から飛ばし過ぎて、ちょっとペースダウンしてきた頃ではある。現に愛莉や琴音なんてちょっと眠そうだし。いや、語尾の使い方で悩んでいるだけか。紛らわしいな。



「そうだねえ。みんな乗りたいものは全部乗れたみたいだし、あとはお土産買って、ちょっとブラブラしてから陽翔くんのお家行こっか。明日も観光するんでしょ?」

「ですねー。別に家でも足は見せれますし」

「だから見ねえよアホ」

「うしっ。じゃあ帰るかっ。こーゆーのは切り替えも大事だかんな。あんま金使うと明日の分も無くなっちまうし」

「何に使うんそんな」

「アメ村で意味分からんTシャツめっちゃ買う」

「あっそ」


 どうやら明日も大阪市内をあちこち回ることになるらしい。財布の中身が心配なのはこちらも一緒だ。まったく、気を休める機会もありゃしない。



「出入口向かいながら適当にやるか。愛莉、琴音」

「ちょっと待って。足痛い。ぴょん」

「ポテトを食べ切るので、少々お待ちを。ふぉい」

「律儀やなお前ら」

「もう帰れるなら別にいいかなって。ぴょん」

「右に同じくです。ふぉい」

「開き直りやがって」


 やっぱりもう少し居ようかな。

 もっと辱めたい。諸々。


 不味い。瑞希の気持ちが少し分かったかも。




*     *     *     *




 特にこれといったオチも無くそれぞれお土産を買い、出入り口のモニュメント前で記念撮影をし、パークを後にすることとなった。


 早めに出発したのは良い判断だったかもしれない。パークから実家までは電車で何本か乗り継がなければいけないので、それなりに距離があるのだ。


 とは言え、上大塚から山嵜高校の最寄り駅までの距離とさほど変わらないが。不思議と遠く感じるのは、何故だろう。



 二つの市を分け隔てる川を渡る。

 すぐ目の前の駅で下車。

 そこから歩いて15分ほど。


 閑静な住宅街に並ぶ、色味の薄い一軒家。

 これが、俺の実家だ。



「へぇー……川がもう目の前なのね」

「土手も広いからな。練習にはもってこいや」

「陽翔くんの努力の根源、って感じかな?」

「そんなとこや」


 興味深そうに周囲を見渡す愛莉と比奈。

 物珍しいところではない。普通の街だ。


 愛莉の眺める川の手前には、それなりの規模を誇る大きな土手。

 整備が行き届いているとは言い難いが、天然芝のコートや野球場もあり、週末は子どもの遊び場へと様変わりする。


 まぁ、あの場所を「遊び場」と考えたことは、一度も無かったけどな。俺からすれば思い出の地というより、天然のトレーニングジムと称した方がより的確だ。



「陽翔くん、緊張してる?」

「……かもな」

「親御さん、今日は居ないんでしょ?」

「別に今日に限らずいっつもいねえよ。ただでさえ今でも住んでるのか疑わしいわ……いやまぁ、それもだけどよ。ちょっとな」


 少し心配そうに首を傾げる比奈。


 二度と敷居を跨ぐものかと、固い決意を胸に背を向けたこの家へ、たったの一年足らずで帰ってきてしまったのだから。何かと募る罪悪感も簡単には拭い切れない。


 根底にあるのは決して恐怖などではなく。

 ひたすらに、胸を締め付けるほどの嫌悪。



「カギ空いてるんですよねっ? ノノ寒いんで、お先にお邪魔しちゃいまーす」

「あ、ちょっとノノ! 流石に失礼でしょっ!」

「あたしも荷物重いし、さっさと入ろーっと」

「遠慮もなにも無いわねアンタたち……」


 我先にとドアを潜る二人に、礼儀作法だけは細かい愛莉も呆れ顔であった。けれど今ばかりは、この無神経ささえ俺にとっては暖かな支えになってしまって。


 なにやってんだろうな。オレ。

 いつまでも、こんがらがってばかりだ。



「わたしたちも良いかな?」

「……おう。好きにしろ」

「では、お邪魔します」


 荷物を引きながら玄関を潜る比奈と琴音。

 その姿を、俺は後ろからジッと見つめていた。



 ただいまの一言は、ついぞ出て来ない。

 勿論、言われることも無い。


 郵便受けには大量の届け物が連なっていた。整理もされていないらしい。


 隙間に埃の溜った「廣瀬」のネームプレートは、誰の手も行き届いていないことが良く分かった。



(帰るもなんも、な)



 そうだ。あの日、あのときも。

 俺は同じことを考えていたんだ。


 ここは俺が生まれ育った家というだけで。

 実際のところ、我が家でもなんでもない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る