279. 性格そっくりそのまま
「よっ……よっしゃあああああ!!!!」
「ナイッシューっ!」
「ナイスゴールっ!!」
ゴールを決めた少年の元へ、三人が駆け寄る。
決して難易度の高い代物ではなかったが、よくよく考えればこのセレクション、フットサル部が決めたものを除いて、初めてのゴールだ。
クロスを上げると同時にグラウンドへ倒れ込んでしまった真琴も、どこかホッとしたように胸を撫で下ろし、彼らの元へ。そして。
「ありがとう、決めてくれて。ナイスヘッド」
「…………お、おう……っ」
決まりの悪い顔でおずおずと手を差し出す少年に、真琴は少し強過ぎるくらいのハイタッチを叩き込む。あまりの変わりように残る三人も気まずそうな面持ちだ。
そんな様子も真琴は意に介さない。それどころか、今日これまでまったく見られなかったような爽快な笑みを浮かべ四人に檄を飛ばす。
「自分が後ろで組み立てるから、好きなように動いてっ! どうせアシストした奴より、決めた奴の方が印象に残るんだから! それでいいでしょっ?」
曇りの無い言葉に、四人は顔を見合わせる。
「……まぁ、それなら……」
「俺らに花持たせてくれるなら、なぁ……?」
「それは普通に有難いけど……」
「でも、長瀬は良いのかよ?」
自ら脇役に徹するという真琴の発言を、どうにも信用し切れない様子の面々である。しかし、先ほどまでの明らかな険悪さはすっかり取り除かれているように窺えた。
すると真琴は、俺たちのいるところに一瞬だけ視線を飛ばし、すぐに背を向けると四人にこう話す。
「……その、さ。本当は言われた通りなんだ。ここのサッカー部には、入るか分からない。でも、自分は公式戦には出られないし……一緒にプレーできるの、今日が最後かもしれないでしょ」
「……長瀬……っ!?」
「だからその…………謝りたいってわけじゃないんだけど。ただ、モヤモヤしたままでいるのも、嫌だったから。別に、許して欲しいってことでもないし。自分だって、全部許せるわけじゃないよ。でも…………一応、チームメイトだろ。一応」
最後の最後にスッキリしない文言が出る辺り、当人も納得し切れてはないのだろう。若しくは性格的な問題なのかもしれないけれど。
ただ不器用な伝え方のなかにも、彼らに何かしら届いたものはあったようで。喧嘩相手の少年は、少し恥ずかしそうに頬をポリポリと掻きながら、目線こそ逸らしつつも口を開いた。
「…………悪い。ちょっと、酷かったわ、俺ら」
「もういいよ。気にしてない」
「……そうだよな。長瀬も試合出れなくて、辛いもんな……なんか、その、マジでごめん。オレ、普通に嫉妬してたわ。そもそも、土俵が違うもんな、俺ら。長瀬の気持ち、全然分かってなかった……」
「違くなんて無いさ。一緒だよ、みんな」
「…………取りあえず、勝とうぜ。全部」
「うんっ。頑張ろうね」
わだかまりを捨て去るような、固い握手。
……どうやら、仲直りは出来たみたいだな。
最初から素直でいろって。これだから思春期は。
「なんだ、一件落着ってか?」
「そんなもんだろ。ややこしいこたねえよ」
あまり事情は知らないであろう峯岸も、茶化すような口振りとは裏腹にホッと息を吐く。仮にも入学希望の中学生が今からギクシャクしていたら、教師も溜まらないだろう。
彼らが真琴を受け入れられなかったのは、唯の嫉妬だけに留まらない。自分よりも圧倒的に実力のある真琴のことを、ずっと別世界の人間のように考えて来たからなのだろう。
自分たちのテリトリーに入って来て、好き勝手やるいけ好かない存在。それは実力や性格諸々、真琴という人間が持つパーソナルな一面が招いた要素も、勿論否定はできないが。
だから、今はこれでいい。
真琴も、あの少年も。
来年、彼らが同じピッチでプレーするかは分からないが……まずは目の前の相手を、キチンと理解しようとすることが、何よりも大切なのだから。
それに、真琴。実際にチームメイトになってみたら、意外と悪くないだろ。今のシュートだって、中々のモンじゃねえか。自分が思っているより、ずっと恵まれたところにいるよ、お前は。
「試合、再開するぞ!」
審判役の茂木がホイッスルを響かせ、相手チームのキックオフから再開。
ポゼッションこそ相手が握っているが……先ほどまでの彼らとは、まるで違う。
「サイド見てっ! 中はこっちが切る!」
「任せたっ!」
真琴の指示を受け、少年がボールホルダーへ食らい付く。全員が連動した組織的な守備だ。
ボールを奪い最後方の真琴へと帰って来る。相手のプレッシャーも狭いコートの影響もあり中々のものだが、落ち着いてパスを散らし主導権を握らせない。
「……凄い、陽翔くんみたいっ」
「ええ。まさに司令塔ですね」
比奈と琴音が感心したように声を挙げる。
あのチームの中心は、間違いなく真琴だ。
「……あんなプレー、出来るんだ……っ」
「なに言うとんねん。あれが真骨頂やろ」
「……えっ?」
すっ呆けた様子で振り向く愛莉。なんだ。一番近くで見ていた癖に、気付いていないのか。
「FW一本でやっとったみたいやけど……中盤の方が向いとるな。視野も広いし、出足も早い。前線に貼り付かせるより、真ん中で遊ばせといた方が機能するタイプや。今は一番後ろにおるけど、トップ下とか、センターハーフの方が適任やろ」
「い、言われてみればそうかも……っ」
「なんや、思い当たる節でもあるんか」
「いやっ……真琴って、昔から足も速いし、何より細いからさ。今までどのチームでも守備は免除で点だけ取れればオッケーっていうか、そういう感じで起用されてたのよ。私もそうなんだけど」
「ほーん……」
確かに、足の速い奴はたいてい前線かサイドに回される。愛莉にしても、女子のなかでは体格に恵まれているから、望まなくてもFWをやらされることはあったのだろう。
いや、まぁ、お前に限ってはどう考えても点取り屋が天職だろうけど。むしろディフェンスやってる姿が想像できない。センターバックにしても顔つきからして向いてないわ。
しかし、真琴の場合……あの華奢な体格が、むしろ良い方向に作用しているとさえ思う。フィジカルの有無は関係無しに、スルスルと相手の間を上手いこと抜けていく、あの光景。
どこか懐かしさを覚えるのは気のせいだろうか。本当に、なんとなく。なんとなくなんだけど、当時の俺を見ているみたいで、妙に興奮するのだ。
「……ぶっちゃけ、真琴ってシュートはそんなに上手くないんだよね。どちらかというと、アシストの方が多いっていうか。一緒にプレーしてた時期も、結構お膳立てして貰っててさ」
「まー、長瀬が横にいたらそうなるよね。全員ブチ噛まして一人で決めんだから。そりゃ性格も控えめになっちゃうっしょ」
「性格そっくりそのままプレースタイルの瑞希に言われたくないっつうの」
あっけらかんとした物言いの瑞希であるが、言われてみれば、そういう要素って結構あると思う。
愛莉も瑞希も、比奈や琴音、ノノにしたって、プレーのどこかに当人らしさみたいなものが垣間見える瞬間が、確かにある。
真琴の適性を見出したのは、あの公園での対決がキッカケである。一対一の対決では真琴の良さを引き出すことが出来なかったが、愛莉が入った途端、勝負が着いたのだから。
それを数的優位で片付けるには、あまりに惜しい。愛莉に出したあのパス、コースが見えていなければ出せない代物だ。
たった一人でも輝きを放つ愛莉みたいな選手もいれば、最良の相方を得て初めて輝く選手もいる。恐らく、真琴のプレーはそういう類だ。
味方を活かしてこそ、自分自身も輝く。
けれど、美味しいところはちゃっかり持って行く。
上手いこと出来ているものだ。
やっぱりお前、愛莉の弟だよ。
「おいっ、もっと寄せろって!」
「いや、ムリっ! 捕まえられねえって!」
中盤でボールを受けた真琴が、相手のマークを交わしスルスルと斜めに向かってドリブルで突き進んでいく。巧みな位置取りに、相手守備は混乱に陥る一方だ。
取りあえず距離だけは狭めようと相手が近付いた瞬間、逆サイドに開いていた味方へロングパス。これがピタリと通り、一気にチャンスを迎える。
あぁ。お前、良い顔してるわ。
そりゃあ、楽しいだろうな。
イメージを共有するあの感覚。
堪らないよな。俺も好きだよ、そういう瞬間。
「中ッ!! グラウンダーっ!!」
真琴の声に反応し、サイドから鋭い折り返し。マーカーに寄せられているが、ここでもセンスが冴え渡る。
「ううぉっ!? ここでスルーですかっ!」
「へぇっ……よく見えてんじゃねえか……っ!」
驚嘆に満ちたノノの絶叫。
ニヒルに笑みを溢す峯岸の声が同時に響いた。
相手の寄せを巧みにいなしながら、自らは潰れ役となり、パスコースを開ける。その先には、フリーになっていた例の少年が。
(つま先でコースを変えたか……っ!)
正確には、ほんの少しだけボールに触れている。恐らく、そのまま通過していたら奥にいた相手選手に触られていただろう。絶妙な力加減でボールを突っつき、コースをズラしたのだ。
再びネットが揺れ動く。歓喜の輪を広げるD組と、落胆を隠せない相手チーム。審判の傍らボードに評価点のようなものを書き込んでいる茂木の姿が目に映った。
恐らく、得点者である少年と、アシストとなるクロスを送った彼について何やら書き加えているのだろう。
だが、俺は知っている。本当のアシストは、真琴が付けたもの。
勿論、みんなとっくに気付いているけどな。
この試合の主役は、間違いなく真琴だ――――
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