どことなく少年漫画チックな章
260. これが都会の日常
11月が近付き、文化祭の熱気も間近に迫った定期試験ですっかり冷め切ってしまった今日この頃。若干の活動期間を経て、フットサル部の練習は再び鈍化しつつある。
とはいえ、進展がまったく無かったわけではない。練習へ本格的に参加するようになったノノは、ステージでの眩い輝きをそのまま持ち込むようなハツラツとしたプレーを見せている。
これに感化され、俺を含め二年生5人も鈍り始めた身体に鞭を浴びせるよう、新館の影で冷え込むテニスコートを走り回る。3対3のミニゲームが主流になったフットサル部の練習は、以前にも増して熱を帯びるようになった。
教室へ赴けば、クラスの中心であるオミを筆頭に、多くは無いにしろ言葉を交わすだけの環境も整いつつある。言葉にすれば陳腐なものだが、ここ数週の生活は充実というありがちなフレーズで囲ってもそう違和感は無い。
(変わってないのは俺だけか)
自分自身の力で何かを掴み取ったとは思わない。
急速に変わっていくのは、周りの環境ばかり。
文化祭のアレコレよりもよっぽど絶大なインパクトを残した、ノノの告白紛いな言動が今でも鮮明に思い出せる。
あれ以降、彼女が積極的なアプローチを開始したかと尋ねられると、そうでもない。確かに以前より身体的な距離は近くなったように思うが、それだけと言えばそれだけである。
残る面々にしても似たようなもので、フットサル部を取り巻く環境というか、そういうものに違いは見当たらないのだが。
ただなんとなく、雰囲気が変わって来たような。
そんな気はしている。悪いことじゃないんだけど。
「ハッ、ハッ、ハッ……………」
なんてことはない水曜日の21時。
簡素なトレーニングウェアに身を包み、市内を横断するように通る道路の脇を駆け抜ける。早坂家から自宅からまで、およそ片道12キロ。
有希への家庭教師の傍ら、今までは原付か自転車、或いは電車を使って往復していた道のりをランニングコースとして使うようになったのは、ここ数週ほどのことである。
試験が近くフットサル部の活動が休止しているとはいえ、身体を休ませるつもりはない。現役時代と比較しスタミナ不足は明らかであったし、いよいよ本格的に体力づくりを再開させたのだ。
12キロと言えば、サッカーの試合で90分間走り回ったときとほぼ同じ走行距離である。日頃からこの距離になれておけば、いざ試合となったときにスタミナ切れで足を攣る心配もいらない。
最も、その試合がいつになるのかは分からないが……いい加減、夏までのデモンストレーションとして、新しい大会を探さないといけない。ノノが加入してから、まだ対外試合も出来ていないし。
取りあえず、すべては試験が終わってからだ。
今は自分のトレーニングに集中しよう。
『今日はバイト?』
『うん。ごめんね』
『気にすんな』
スマートフォンに入ったメッセージへ雑に返し、ポケットにしまう。ランニングコースの途中にある、夏前に愛莉とボールを蹴り交わした公園へとやって来た。
中々に広い敷地ながら、通り掛かるといつも人がいない。時間帯もあるが、やはり目の前にある墓地の影響が大きいのだろうか。確かに子どもからすれば寄り付き難いオーラを放っている。
同じくらい、愛莉を遠ざけている気はする。
アイツ心霊嫌い過ぎ。夜の自主練絶対来ない。
ここ最近バイトバイト言うけど、多分ウソだろ。
「うしっ」
草むらの奥に封印してあるサッカーボールを回収し、リフティングを始める。空気は抜けつつあるが、まだまだ大丈夫だ。なんせ、俺と愛莉が定期的にメンテナンスしているのだから。
俺がこの公園で自主練に励むように、愛莉も時折ここへやって来てボールを蹴っているらしい。何故か会うことは少ないが。今更なにを恥ずかしがっているのやら。
ボールを浮かせ、数メートル先の鉄棒へと蹴り込む。
上手く当たれば跳ね返って来るし、失敗してもその背後には墓地への落下防止を目的としたネットが張られているから、どちらにせよボールを蹴ったきり帰ってこないという心配も不要である。
数センチしかない鉄棒のバーへ当てるのは至難の業だが、何度も何度も蹴り込めば少しずつ感覚を掴めて来るもの。4度目のトライで、ボールはバーへ直撃した。
いつもよりだいぶ早い。
今日はフィーリングも悪くなさそうだ。
「へぇ。上手いんですね」
「…………あ?」
すると突然、背後からハスキーな声色が脳裏に届いた。
振り返った先では、グレーのパーカーに身を包んだ小柄な人がポケットに手を突っ込みこちらの様子を窺っている。
少年……いや、男か? 女っぽい声でもあるな。
どちらにせよ、小柄ではあるが。
誰だ、お前。シンプルに。
登場の仕方や装いにしろ、不審者の極みやぞ。
夜中に公園でボール蹴ってるお前はなんだよと言われたら、なにも否定する気にはなれんが。要するに、どっちもどっちである。
「姉さんに聞いて来てみたら、本当にここで練習してるんですね。ちょっと見直しました。てっきり才能だけでやってるタイプの人かと思ってたんで」
「……姉さん?」
「ちょっと、自分と勝負しませんかっ」
刹那、グレーのパーカーが風を切るように地面を蹴り、こちらへと飛び込んで来る。だが、違う。狙いは俺の命などではなく、足元のボールだ。
突然始まった1on1に多少面食らってはいたが、すぐに冷静さを取り戻した。喧嘩ならお断りだが、ボール一つ挟んでとなれば、黙ってやられるわけにはいかない。
いや、でも、誰やねんお前。
急にバトル漫画感凄い。
これが都会の日常なのか。
「クッ……ッ!」
刈り取るように伸びて来た右足を往なすよう、股下を通す。それでも諦めず、再び猛烈にチャージを掛けて来た。
中々悪くない反応速度だ。もしかしたら、ノノにも引けを取らないかも。だが彼女よりも小柄であることもあり、それほどプレスに威圧感は覚えない。正味な話、俺の相手ではない。
「カッコつけた割に、そんなもんかっ?」
「まだまだっ、これからですよッ!」
だが、パーカー姿の小柄な不審者もそう簡単に諦める様子は無いようで。幾たび交わされようとも、地面を蹴り懸命にボールへと食らい付いてくる。
埒が明かない。何をどうすれば勝負が着くのか。
ともすれば、やはりゴールが必要だろう。
「鉄棒がゴールや。決めたら、俺の勝ちな」
「……望むところですよ」
一定の距離を取り、再び相まみえる。
左脚、足裏でボールを転がし少しずつ前進。機敏なコントロールを可能とする、瑞希が試合中よく多用するドリブルだ。
2mを切ったところで、ボールを右足に持ち替え内側にスライド。一気に加速する。当然、グレーパーカーの不審者も身体を当てコースを分断しようと試みるが。
「あっ!?」
悪くない判断ではあったが。
あと一歩、遅い。
ボールを隠すよう身体を入れて、視野を制限する。それと同時に左足裏でボールを引いてクルリと反転。マルセイユルーレットにも失礼な乱雑さだが、抜ければなんだっていい。
文字通り入れ替わってしまった二人の身体。
行き先を阻むべき存在も正常には機能しない。
鉄棒のバーの下に向かってボールを蹴り込む。
この場限りのルールに則れば、俺のゴール。俺の勝ちだ。
「ボールばっか見過ぎなんだよ。だから隠されたとき、動きが止まる。一対一ならともかく、試合中なら致命傷や。その怠慢な守備一つで、簡単に失点するで。俺が相手なら、な」
調子に乗っていたわけではないが、声色からしてそれ相応のドヤ顔を伴っていたことは間違いないだろう。薄暗い街灯の光がどうにか隠してくれていればいいが。
「で、どこのどいつや。お前」
「…………別に、名乗るほどの者では」
「ええから、フード取れや。失礼な奴やな」
「あっ、ちょっ……!」
近付いて無理やりフードを引っ張り上げる。
酷く動揺したまま身体を仰け反らせた、不審者の正体は。実に意外な、或いは少し忘れ掛けていたその人物であった。
「お前……確か、愛莉の……?」
「…………ど、どうも……っ」
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