256. どっちにしろ無職


 一年生のステージ発表が行われている新館のアリーナへと赴く。煌びやかなライトアップに爆音の音楽を乗せ、およそ30名の生徒たちが華やかな衣装に身を包み、舞台を所狭しと駆け回っている。


 流行りの音楽に乗せたダンスのようだ。確か、愛莉と琴音は去年、こんな感じでステージ立っていたんだっけ。


 少しだけ興味あるな。俺は絶対にやりたくないけど。去年のうちに転入しないで良かった。



 音楽が止まり、陣形を組みながら決めポーズ。アリーナが歓声と拍手で包まれた。見る限り、お客さんの大半は既にステージを終えた他のクラスの一年生のようだが、上級生と思わしき姿や一般客の見物人も。


 客層の入れ替わりに乗じて前方へと移動する。

 ほぼステージの目の前の席に座ることが出来た。



『というわけでっ、1年C組のカッコいいダンスでしたっ! 俺もああいうのやりたかったな~!」

『続いての発表は、1年B組、舞台、ヴェニスの商人ですっ! 開演まで今暫くお待ちくださーい!』


 司会の男女コンビがそんな風にアナウンスする。

 僅かばかりの薄暗さを取り戻すアリーナ。



「去年は瑞希ちゃんがMCだったんだよ」

「へぇー…………勤まんのかアイツに」

「凄かったんだよ。コンビの男の子に全然喋らせないで、アドリブでず~~っと会場湧かせてて、もしかしたらどの発表よりも目立ってたかも」


 なんとなく当時の光景が思い浮かぶようだ。

 台本ガン無視で喋り倒したんだろうな。多分。



「陽翔くん、観劇とかしたこと……無いよね」

「間違っちゃねえけど断定が早過ぎんだろ」

「ごめんごめんっ。でも、私も結構楽しみなんだ」

「ヴェニスの商人も観たことあるのか?」

「映画と、プロの劇団の公演を小さい頃に一回だけ。だから、どんな感じなのかなって」


 去年のステージでも、一人だけずば抜けた演技力を披露したという比奈。小説に限らず、アニメやコスプレなどサブカルチャーにも精通している彼女にとっては似たような趣味の領域か。



「なに、舞台とか結構行く感じなん」

「たまにね、たまに。ほら、最近流行ってるでしょ? 2.5次元っていうの。アニメのキャラクターを役者さんが演じるミュージカルとか」

「……いや、知らんけど」

「じゃあ、今度一緒に行こうねっ」


 何の気なしに予定を立てられる。

 

 知らんアニメを知らん俳優が演じる舞台など一向に楽しめる気がしないのだが……比奈が解説してくれるなら、まぁそれなりか。


 映画館デートとか、俺には一番向いていない。どうせ比奈に限らず、隣に座っている奴の動向が気になって内容などロクに頭に入らないのは目に見えているのだから。



「ノノちゃん、どんな役なんだろうっ」

「悪役の金貸しって言ってたな」

「あぁ~、じゃあシャイロックだね。本家はおじさんなんだけど、どんな感じにするんだろう……わたし結末知ってるから、なんだか可哀そうになって来ちゃうなあ」


 シャイロックというのがノノの演じる役の名前らしい。確かにあらすじ聞いた限り、あんまり悪い要素が無いんだよな。お金返して貰えないんだし。



「ヴェニスの商人って、一応は喜劇ってことになってるんだけど……この戯曲が作られた頃は、ユダヤ人の悪とする風潮がお芝居のなかの要素として認められていたから、そんなに問題視されてなかったんだよね。でも現代だと、人種で良い悪いを決めるのはダメなことでしょ?」

「まぁ、そりゃな」

「だから、シャイロックに焦点を当てた悲劇なんじゃないかっていう意見もあるんだよね。シェイクスピアの戯曲って色々あるけど、たぶん、今なら問題作のカテゴライズなんじゃないかなあ。知名度もあるし面白いは面白いんだけど、結構考えさせられる内容なんだよ」


 意外にどころかメチャクチャ詳しい。

 琴音とはまた違ったジャンルで博識の比奈である。



「……あ、ノノからだ」

「えっ?」

「ちゃんと観に来てるか、だってよ」

「直前なのに余裕だねえ」


 スマホにノノからメッセージが入っていた。

 素早く返信し、反応を待たずしまい込む。


 そういやアイツ、俺たちのコスプレ写真館には来なかったな。準備で忙しいみたいな話はちょこちょこ聞いていたけど……まぁ、今は自分のことに集中させた方がいいか。



 どうせ、来年も似たようなことやるんだろうし。

 まだこの学校に、一年半も居なきゃいけないんだから。


 短いと感じるか、長いと感じるかはまた別の問題だが。ただ、少しだけ勿体ない気もしている。


 三年間、彼女たちと過ごすことが出来ていたら。なんて、もう叶わない過去の話だけれど。これからのことを考えた方が、よっぽど建設的だ。



「ほら、始まるよっ」


 アリーナの照明が落とされブザーと共に暗転。


 数十秒の沈黙を破り、明るさを取り戻す。ステージには簡素な衣装に身を包んだ二人の男子生徒が。



『あぁ~……不安だなぁ……』

『やあ。なにがどうしたってんだ、アントーニオ』

『サラリーノ。俺が取引してる船が結構遠いところへ航海に出たんだけど、中々に荒れた海らしくてな。無事に帰って来るか気が気じゃないんだよ』

『ソイツは確かに心配だな。まぁ、大丈夫だろ。善良なアントーニオ。お前みたいな優しい人間に早々不幸な目が訪れることは無いさ』



「あぁ~……すっごい意訳してるんだねぇ」

「意訳?」

「本当の台詞は、もっと長ったらしくてお洒落なんだよ、シェイクスピアの戯曲って。まぁあれくらい噛み砕いた方が分かりやすいよねえ」


 実物をよく知らないから分からないけれど、予想よりだいぶ軽めにアレンジされているらしい会話内容に、比奈は少しだけ苦笑いを浮かべるのであった。


 すると、ステージ脇から二人の生徒が。



『やあやあ僕の親友アントーニオ! 今さっき、グラシアーノから素晴らしい話を聞いたんだ!』

『やあ親友のバサーニオ。一体どうしたんだ。教えてくれ、グラシアーノ』

『アントーニオ、ポーシャという娘を知っているか? ベルモンテっつうところに住んでる大富豪の娘なんだけど、メチャクチャ可愛くて評判なんだよこれが。しかもその子が、結婚相手を探しているらしいんだ。このバサーニオに相応しい相手だとは思わねえか?』

『俺はどうしてもポーシャと結婚したいんだっ!』

『なるほど、そういうことか。なら、先立つものが必要だな。俺が金を貸してやろう。親友のバサーニオ、お前の幸せが俺の幸せなんだ』

『流石は親友のアントーニオ! 頼りになるよっ!』



「でもバサーニオってニートなんだろ?」

「高等遊民って言われてた階層の人らしいね」

「どっちにしろ無職やろ」


 なんでアントーニオさん、あんな適当そうな男の親友なんかやってるんだろう。親友だからって「分かったお金貸してあげる」って、もうちょっと人付き合い考えた方が良いのでは。



『でもアントーニオ。お前の財産は航海中の船のなかだ。どうするつもりだ?』

『その通りだサラリーノ。なに、心配は要らない。無事に戻って来れば、一か月後には俺は大金持ち。だから、金貸しのシャイロックに金を借りるんだ。取りあえずそれをベルモンテへ持って行くといい』

『恩に着るよアントーニオ!』

『ソイツは良いアイデアだ! シャイロックはクソ野郎だけど、金だけは持ってるからな! なぁバサーニオ、俺も着いて行っていいか。そのポーシャのお付きの女も中々に美人らしくてよぉ!』

『勿論だともグラシアーノ! 一緒にイイ女を捕まえようぜ!』

『俺たち、最高の親友だよな!』



「……完全にチャラ男になっちゃってる……」

「間違っちゃいねえだろ」

「それはそうなんだけどぉ……」


 そんなこんなで、バサーニオとグラシアーノはベルモンテというところへ求婚しに行くらしい。アントーニオの利用されている感が凄い。終盤で裏切ったりしないかな。そっちの方が面白そう。


 四人がステージから出て行き、場面が変わる。


 すると、やたら重たそうな真っ黒の衣装に身を包んだ、サンタクロースにも見間違う付け髭を蓄えたノノが飛び出して来て、バッチリとポーズを取る。場内からは若干の笑い声と歓声が。



『金! 金! カネッ!! どうもこんにちはっ、お金大好き高利貸しのシャイロックですッ!! 今日も支払いの遅れたゴミ野郎どもを海に沈めてやるぜェェェッッ!!』



 楽しそうやなお前。


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