200. 峯岸綾乃、かく語りき


 この日の練習は予定した時間よりも早く打ち止めとなった。久しぶりに雨が降り、とても外で練習を行えるような環境では無かったからだ。


 連日の練習続きに疲労も溜まっていたこともあり、この日は五人で遊びに出掛けることもなく、大人しく解散する運びとなる。



 俺は久しぶりに一人で外食でもしようと、駅から歩いてすぐのところにある、飲食店の立ち並ぶ通りへ足を運ぶこととした。


 基本的には居酒屋が中心だが、牛丼チェーン店やファストフード店もそれなりに並んでおり、選択肢には困らない。

 まだそれほど遅くもないのに酔っぱらいが増えつつある状況は、あまり歓迎されないが。少なくとも4人を連れて来るには若干憚れる。



 傘を差しながら、夕食候補となる店を物色する。まぁ、そうは言っても候補は限られてるんだけど。特に食べたいものがあるわけでもないし、無難に牛丼で良いか。安いし。



「……ん?」


 自動ドアを潜ろうとすると、横目にこちらへと覚束ない足取りで歩いてくる女性の姿が映った。結構な降水量だというのに、傘も差さず呑気なものだ。


 恐らく、既に飲み過ぎで酔い潰れてしまっているのだろう。しかし、分かりやすい千鳥足だな。今にも倒れそうな勢いである。



「……ん!?」


 待て。あの女、見覚えがあるぞ。

 具体的には、学校で。



「おぉー……っ! あれぇぇ~~!! 廣瀬じゃ~~んなにしてんだよこんなところでさぁ~~!!」

「み、峯岸……ッ!」


 見慣れたスーツ姿を豪快に着崩した峯岸は、身体を左右に揺らしながらこちらへと歩み寄って来る。いや、歩いていると言えるのかあれは。百鬼夜行の類だぞ。



 揺らした身体をそのまま居酒屋の窓ガラスに思いっきりぶつけ、膝から崩れ落ちてしまう。どんだけ酔っぱらってんだよアイツ。ごめんなさい迷惑掛けて。


 仮にも話し掛けられている手前、無視するわけにもいかない。傘を手土産に、峯岸の下へと駆け寄る。顔も真っ赤だな……ちょっと、新鮮な表情ではある。



「大丈夫かよ……」

「ん~~? まぁー、ちぃーっと飲み過ぎたかな~~……あ、やべ、立てね」

「ほら、肩貸すから、しっかりしろ」

「いやぁ悪いねぇ~……!」

「ゴフぇっ! おまっ、煙草くっさ!」


 女性にしてはかなり背の高い峯岸。それこそ、170台後半の俺と並んでもそれほど変わらないほどのスタイルなのだから、持ち上げるにしても結構な労力を伴うこととなる。


 どうにかこうにか彼女を立たせ、安住の地を探すべく周囲を見渡す。だが、それらしいところは一つも見当たらない。一応にも店が立ち並ぶところだし……困ったな、これ。



「取りあえず、駅まで歩くぞ」

「えぇ? なんでぇ?」

「なんでって……電車乗れば帰れるだろ」

「いんや~? わたし家この辺だぜ~っ?」

「それはそれで超困るんすけど……!」


 と、峯岸は突然自らの意思で足を踏み始め、どこか行きたいところでもあるのかそちらへと進んでいく。肩を支えているので俺も着いて行くしかないのだが……。



「取りあえずっ、ここなら座れんだろッ!」

「…………いや、居酒屋じゃねえか」

「アァん!? 介抱してくれんだろォ!?」

「別にするとは一言も言ってねえッ!」

「いいじゃねえかよ偶にはさぁぁ~~ッ!」


 そのまま強引に俺を引き連れ、居酒屋の扉を開ける峯岸。いや、おまっ、そんな力が残ってるなら自力で家まで帰れよ。近いんだろ。俺を巻き込むな。



「さぁせぇぇん!! 二人なんだけどぉ!!」

「ウッソやろお前……」




*     *     *     *




「ういぃっ! カンパァーイ!!」

「何故こんなことに……」


 ジョッキグラスに入ったビール(大)を豪快に飲み干す峯岸。これだけ酔っぱらっててまだ飲む気でいる。声もデカいし。帰りたい。なにこの状況。


 無論、未成年である俺は飲酒など御法度であるため、ソフトドリンクでの乾杯である。いや、普通に注文するなと、俺。断れよ。俺。


 そもそも未成年って居酒屋でご飯食べていいの。分からん。でも見つかったら一発で補導だろ。いや、どうだろう。教師公認だし。果たしてこれを教師と呼んで良いものか。



「いやぁぁ悪い悪いっ! まぁ飯ぐらい奢ってやるからさぁ、ちぃと付き合いたまえよ青年ッ! あっ、お酒はだめらからなぁ? これでもせんせーだしッ! きょーいくじょうな!!」

「なんで酒飲んで回復してんだよお前……」

「大人はみんなこういう生き物なんらよっ!」


 ドンっ、とジョッキをテーブルに打ち付け、煙草の吸殻で溢れた灰皿が宙を舞う。本当に性質が悪い。少なくともお前みたいなテンションで酒飲んでる奴はこの店にお前だけだよ。



「……ていうか、なんで酔ってんのアンタ」

「ん~~っ? まぁ、あれよ。同僚とな、こう、クイっと。夏休み意外と暇なんだよ教師もさぁ」

「……あ、そう……」

「そしたらさァっ! みんな用事があるとか言ってすーぐ帰ってやんのッ! もーほんとクソッ! まじでくそっ! だーーれも付き合ってくれんッ! まじふぁっく!!」


 コイツ、酒飲むとこんな性格になるのか、酷過ぎる。普段の面影の欠片も無い……アルコールって恐ろしいな……成人になっても暫く控えとこ……。



「この辺住んでる教師もわたしだけだからよぉ、一人取り残されちまったっつうわけ。ていうかさぁ、みんな酒飲まな過ぎな。ほらっ、佐々木って知ってんだろぉ? 二年の物理見てるわっけえオンナぁ。アイツなんてよぉ「一杯だけで結構ですぅ~~カルーアミルク飲みたいでしゅぅぅ~~」とかほざきやがってよぉっ、舐めとんか社会人ッッ!!!!」


 社会舐め切ってんのはお前だよ。


「だからなぁひろせぇっ、おまえはなぁっ。お酒のつきあいはぁ、断っちゃいかんぞぉ! こういうコミュニケーションがなぁ、将来意外と役に立ったりすんだよぉ! それを佐々木アイツはなぁぁオイ佐々木ゴラァァっっ!!」

「うっせえなッッ!!」



 マシンガントークの止まらない峯岸。アルコールに塗れた大人の制御法など当然心得ているはずもない俺に、この状況を好転させるのは不可能に近い。


 もはや大人しく黙って話を聞くしか無いのか……まぁ、うん、ご飯を食べるという当初の目的は達成されているわけだし…………あ、きゅうりの浅漬け美味しい……もう考えるのやめよ…………。



「ハアァァァァーー…………なーひろせぇー……なんで私には彼氏が出来ないんだよぉー……! 私のなにがダメなんだよぉぉ……ッ!!」

「いや、知らんて……」

「いやなぁっ!? 私もさぁ、学生時代よぉ結構モテたんだわこれがさぁっ! 後輩から毎日のように告白されたな!? 時代が時代だしラブレターなんか貰ったりなっ!? でもよぉ違うんだよ……私はなぁぁ下の毛生えたばっかのミルクくせぇガキには興味ねーの! 分かっか!?」

「はぁ」

「だからさぁっ、もうサッカー部の先輩とかにメッチャアタックするわけっ。あっ、そうそう私なサッカーのマネージャーだったんだわさ。だからな、もう男子からも女子からもモテまくり。おまけにこのスタイルと抜群の容姿ッ! モテない筈がない! そう事実モテたッ! だがしかしッ! 私の気に入った男は何故か! 悉く私から離れていくッ! なにがどうなってんだよッ!!」

「そういうところじゃないっすかね……」



 ……………………



「あーー……まじでさーー……人望、人望がねーんだわ……分かる? 分かるか? わたしはさーなるだけ生徒に寄り添ってやさ~~しく見守るのが信条なわけよ? やるこた好きにやらせて、必要なときだけスッと助けに入るっつうよぉ、そういう影から支えるのが私のポリシー。な? でもな? 最近のっつうか他の教師共はよぉっ、勉強だけ教えて生徒のことはなーんも考えねえでよぉっ、それはダーメなんだよぉッ! 先に生きると書いて先生だろッ! なら私たちが生き方っつうものをさぁー、教えてかないといけねえんだよっ! 分かんだろ!? なんで誰よりも生徒に寄り添ってるわたしがさぁっ! 他の教師から疎まれなきゃなんねーわけ!? おかしいだろどう考えてもよぉッ!!」

「……大変っすね……」

「だからなぁひろせぇぇっ、わたしたちはなぁ、似た者同士、そうおんなじっ、おんなじなんだよっ! お前もなぁ、そういう性格のせいで色々苦労して来てんだろぉ? 分かる、分かるわ……自分の意志を貫くって辛いよなァ……! でもなぁひろせっ、わたしは、わたしはお前の味方だからッ! いつでも! いつまでもっ! なっ、だからもっとさあ、お姉さんに頼ってくれよっ……! お前冷たいよ……! もっと甘えてくれよぉ、なぁ……!!」



 ……………………



「やっぱさぁ、女の私から見ても可愛いのは長瀬だと思うんだわ。でもよぉ、実際に付き合ったら大変だぞぉああいう女はさぁ? 普段ツンケンしてる女が一度気を許したらどうなっか知ってるかぁ? もうなぁ、ボロボロに依存されるか、逆に頼りにされないかのどっちか! あれだな、楠美もそうだなっ! 間違いないっ! あれは酷いぞぉぉ!? お前、最悪監禁されるわ。絶対に。だからお前が手綱握んねえと、マジで殺される。女の嫉妬は醜いけどさぁ、アイツはマジで一回気に入られたら止まんねえタイプだわ。私の高校の同期にもすっげえのがいてよぉ。あ、兄ちゃんビール追加っ! ジョッキ! 大っ! 急ぎでッ!」

「…………」

「そう、だからなっ? 将来結婚すんだったらやっぱ倉畑みたいな女が良いわけよっ。な? お前もそう思うだろぉっ? ちぃと束縛は強めっぽいけどぉ、ああいう女と居る方が男は安定すんだわ。あぁー、でもあれかー、学生のうちに付き合うならやっぱ金澤みたいな奴が良いんかねぇぇっ、やっぱ友達感覚で付き合えるって大事だと思うんだわ。でもなぁぁ、どーだろーなぁぁ!! 結局は男の求めるところだからなぁぁ! だからさぁぁ、誰が好きなんだって聞いてんだよッ! アァ!? 誰とエッチしたいんだよッ! もっとさぁ正直になれよッ! あぁ!? それともわたしかァ!? この可愛い綾乃ちゃんがタイプってのかぁ!? いいぞぉ家の鍵くらいいっっくらでもやるぞぉ!?」

(帰りたい……ッ!)



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