ありふれた夏休み章 ~愛莉編~

139. ブチのめすほど元気になる


「リターンッ!」


 左サイドを駆け上がる瑞希へボールを打ち返す。


 一気にコーナーまで詰め寄り、素早い切り返しで向かい合う愛莉を置き去りに。

 右足で強烈なシュートを放つが、間一髪のところで立ちはだかった比奈の内ももに当たりボールは反対サイドへ流れた。


 ドタドタと効果音の聞こえてきそうな駆け足で、琴音が零れ球を回収する。すぐにゴール前へ立ち塞がった愛莉を見て、勝機が無いと見るや背後の俺へ冷静にバックパス。


 そして、比奈の目の前を全力ダッシュで通過し、ゴール前へと走り込む。パスアンドゴーの形だ。なるほど、愛莉や瑞希の動きをよく研究している。


 期待には応えてやりたい。

 長めのスルーパスが、彼女の足元へピタリ。


 しかし、ここでも比奈の巧みな守備が光る。琴音のトラップがもたついたところへ、スルリと左足を出してコントロールを奪った。


 ゴール前へ詰めていた愛莉と瑞希も二人の白熱した攻防にすぐには反応することが出来ない。その隙を見て、比奈は一気に相手側のゴールへドリブルを開始した。


 カウンターのチャンス。一瞬で逆の展開に。ワチャワチャとコートを横断する4人に着いていく。  



「ハルトっ、スルーッ!」


 甲高い叫び声が、後頭部を貫く勢いで飛んで来る。


 オレンジ色のビブスを着た比奈から放たれた左サイドからの鋭いグラウンダーのパスは、トラップを通り越しそのまま股下を通過。必死の奔走で敵陣まで侵入し、中央やや右寄りに位置取る愛莉へ一直線に渡った。


 俺からボールを奪おうと接近していた、同じく帰陣したばかりの青色のビブスを身に纏う瑞希のすぐ脇を通り過ぎる。「やらかした!」と顔に描いてある焦燥を隠そうともしない。


 フリーでボールを受けた愛莉は、無人のゴールへ向け、豪快に右脚を振り切る。目にも留まらぬスピードで、ゴールネットが激しく揺れ動いた。



「比奈ちゃんナイスパスっ!」

「さっすが愛莉ちゃんっ!」


 軽快な足取りで近付き、ハイタッチを交わす二人。青色ビブスの琴音はようやく対陣から帰陣し、肩で息を漏らしながら悔しそうに両手を膝に付いた。



「比奈っ、速過ぎます。全然追いつけませんっ」

「えへへっ。ドリブル練習の成果が出たのかなあ」

「まっ、あたし直伝だからなっ」

「マーク外しといて偉そうな顔やな」

「ハルが味方すんのが悪いんだろッ!」



 炎天下の下、山嵜ヤマサキ高校フットサル部の午後練習は日差しにも負けないパワーで熱を帯びていく。


 ここ数日、専ら練習内容は俺をフリーマンとした2対2のフリーゲームであった。新調したビブスを纏い、二チームに分かれ試合、試合、試合の毎日。



 本来ならサッカー部と共同で使っている筈の新館裏のテニスコートだが、彼らは夏休みの間、トップチームも下級生チームも対外試合に出掛けているよう。このコートはおろか学校のグラウンドにさえ顔を出していなかった。


 改めて観察してみると、頻繁に学校に顔を出して活動している運動部はそこまで多いわけではないようで。特にこの数日、週4ないしは5日はコートで汗を流す俺たちの独断場と化している。



「んっ……終わったな。4-2、オレンジの勝ちで」

「よっしゃぁー! はいっ瑞希、アイスッ!」

「ちぃっ! しゃーねえなぁっ……ガリガリ?」

「ハーゲンに決まってるでしょ!」

「やだよ高いもんっ! うざいっ!」

「はっはーんっ! 負けるのが悪いのよっ!」

「ハルこいつきらいっ!!」


 ストップウォッチを止めるや否や、騒がしくやり合う二人。


 上機嫌でビブスを脱ぎ捨てドリンクホルダーを手に取る愛莉と対照的に、コートに寝っ転がりゴロゴロとだらける瑞希。良く回るな。ネイマールかよ。



 というわけで一旦の小休憩。

 つっても、そろそろ良い時間なんだよな。

 2時間も根詰めてやれば結構な練習だし。


 プロのサッカーチームなんて、午前と午後で合わせて多くても3時間練習したらあとは自主練で解散したりするもんなんだよな。どちらかというと、筋トレやリカバリーに充てる時間が多い。


 ユースに居たときトップチームの練習に何度か参加したけれど、あまりにも少ない練習時間に驚かされた記憶がある。


 まぁあのときの監督、スペイン人だったからお国柄っていうのもあるんだろうけど。練習よりミーティングの方が長かったな。


 チームを解任されてからすっかり名前を聞かなくなった。

 今頃どうしてるんだろう。少しだけ、気になる。



「キリもええし、今日はこんくらいにしとくか」

「んーっ。私としては、コイツをブチのめせばブチのめすほど元気になるんだけど。まぁ、そうね。二人も疲れてるだろうしっ」

「わたしはまだ大丈夫だけど、琴音ちゃんがねえ」

「おっ、お気になさらず……っ」


 今にもぶっ倒れそうな顔して良く言うわ。



 琴音の運動量が壊滅的なのは今に始まったことではないが、意外や意外にも、比奈は俺たち三人のペースに普通に着いて来ているのだから驚きである。


 というか、ここ数日は特に元気なんだよな。

 具体的には、髪色を変えてから。


 元々、謎にポジショニングが良いおかげで実際よりも走っているような印象を受ける比奈のプレースタイル。


 ここ最近は、特に運動量も増えてミニゲームでも効果的な動きを見せていた。足元の技術も、入部したての頃からは勿論、サッカー部戦と比べても格段に向上しているし。


 なかでも先ほど見せたボールをカットしてからの突き進むようなドリブルは、男子も顔負けの迫力を兼ね備えている。



「しっかしホントにひーにゃん上手くなったよねえ」


 ようやく起き上がった瑞希も似たような感想を口にする。


「まだまだだよ。それに琴音ちゃんだって凄いよ? さっきの動き、あとちょっと遅れてたらゴールだったもん」

「見事に取られましたけどね」


 少し不貞腐れた様子で琴音が返す。


 仮にも人生一の大親友からべた褒めされているにも係わらず、彼女は浮かれた表情など一切見せることは無い。負けず嫌いもいよいよだ。



 比奈の言う通り、ゴレイロ用のグローブを外しフィールドプレーヤーとしての練習を本格的に始めた琴音のプレーも、見違えるほど向上していた。


 技術的な面は他のメンバーには及ばないものの、どこでボールを受ければ余裕を持ってプレー出来るのか。どうすれば効果的な場面でパスを受けることが出来るのか。


 この辺りは、生粋のストライカーでありボールを呼び込む動きに掛けては随一である、フットサル部のエース、愛莉の指導の賜物である。


 少なくとも数か月前までフットサルのフの字も知らなかった奴のプレーではない。彼女なりの努力を重ね、すさまじいスピードで上達を続けている。



「うかうかしてられないなー……みんな、凄いっ」

「ミニゲームの八割点取ってるお前が言ってもな」

「それはそうだけどっ……でも、さ」


 燦燦と振りし切る太陽の光を右手で遮りながら、愛莉は少し自信なさげにそう呟いた。彼女の実力に疑いの余地など微塵も存在しえないが、どこか納得のいかない表情である。



 言いたいことは分からんでもないが。数ヶ月、彼女の仕事は練習よりコーチングだったわけで。


 仮にも国内屈指の名門校で指導を受けていた愛莉だ。初心者であった二人に教えることで自らも得たものが無いわけではないだろうが、自身の成長という観点においては。


 彼女は、少しばかり不遇な立場にいる。

 これはもう、どうしようもないこと。



「私も練習量、もっと増やそうかな……」

「無理すんなよ。倒れられても困る」

「それくらい、ペース配分できるわよっ」


 ぶっきらぼうに返す言葉の端先に、彼女の真意はこれでもかというほど詰まっている。気持ちは分かっているつもりだ。俺だって、似たような悩みを抱えていないこともない。



「ハルぅーっ。お金貸してぇーっ」

「やだよ」

「ハーゲンはマジ無理ぃー! ねーお願いっ!」

「安易に賭けるからこうなんだよ。他を当たれ」

「ぶーっ! ケチ! イ○ポっ!」

「おい最後なんつった」


 俺だってそんなに余裕ねえんだよ。

 誰かさんたちのせいで散財しまくってんだから。


 ……うん。まぁ、だからといってイン○呼ばわりはな。名誉のために、今だけ折れよう。コイツ、人前でも普通にそういうこと言うん。やだホント。



「愛莉、買いに行こうぜ」

「えっ、あ、うん。ハルトの奢り?」

「なんかもう、ええわ」

「やたっ。らっきー」


 迷惑料として取っておけ。

 お前にもやってもらうことがあるんでな。


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