134. どっちなんだろーね
アトラクションの是非など俺のような人間には分かり兼ねるが、瑞希曰くシーワールドの絶叫マシンは「そこそこ」とのことで、十二分に楽しめているようであった。
彼女の性格上、こういうのは得意なんだろうなとは思っていたが、甘かった。一日フリーパスを購入したからといって、何度も同じものに乗ろうとするから困りものである。
水族館がメインコンテンツであるこの施設では、マシーン系はさして人気が無いようで、ほとんど行列に並ぶことも無く繰り返し乗り続ける瑞希に流石の俺も着いて行けなくなる。
計5度目のフリーフォールでついに力尽きた。
三半規管強すぎ。ちょっと吐きそう。
「メッチャ楽しかったんだけど!! あれー、なんでハルそんなに濡れてんのーー??」
殺してやる。
なにがどうしてここまでズブ濡れになっているのかというと、所謂「濡れても自己責任ですよ」系の激流をボートで下るアトラクションで、ひたすら損なポジショニングを掴まされた所為である。
どういうわけか俺が背を向けているときに限って段差に差し掛かるものだから、物の見事に俺だけびしょ濡れになってしまったわけだ。
まぁ、お前も結構濡れてるけどな。
なんなら、ちょっとブラ透けしてるし。
見た目に反してピンキーなの付けやがって。
絶対に言ってやらないけど。
あとで気付いて悶々としろ。
「あー疲れたー。ねー、水族館行こー」
「その流れは絶対に「ちょっと休もう」やろ」
「ばかやろーっ! 日が暮れちまうだろっ!」
練習終わりの午後一からやって来たわけだから、これだけ遊んでいる分には時間もしっかり経過している。日が日なら晩飯食い始めてもおかしくはない時間帯だ。
マップを取り出して、諸々確認してみる。
あと一時間後に、今日最後のイルカショーか。
まぁそれ見て終わりだな。
「おーっ。なんか幻想的っぽい」
「「的」と「ぽい」を一緒に使うな」
アクアリウムに足を踏み入れて最初の感想がこれか。先が思いやられる。語彙力鍛えてよホント。
それなりに遅い時間とはいえ、施設内はまだまだ大勢の人だかりで混雑していた。一回のフロアにはペンギンがいるようで、中々先に進まない人並み。気持ちは分かるけど。
「うわー! 超可愛いんだけどぉ……っ!」
「ペンギンってメッチャ臭いらしいな」
「許されねーぞその発言」
真っ当な水族館デートが出来るわけがない。
端からブチ壊してくれるわ。
「ねーねー写真撮ってー」
「ほいよ」
良く分からんポーズを決める瑞希を写真に収める。写真だけ見たら普通の美少女だけどな。人間分からん。
その後、適当に写真を撮ったり動物の説明をふんふん言いながら読んだり、仮にも男女二人きりでのお出掛けとは思えないしょうもない会話を繰り広げながらフロアを進んでいく。
「シロクマってデフォルメだと可愛いけどさ」
「実際に見ると、普通にデカいし怖いな」
「でも街中で会ったら絶対ナデナデするよね」
「そんな状況には陥らねえよ」
「あ、あの寝てるやつハルに似てるかも」
「そこまで糸目ちゃうわ」
とか。
「アザラシぶっさいなー」
「不細工でも一生懸命生きてるんだよ」
「メッチャ擁護するじゃん。しんぱしー?」
「は? 殺すぞ?」
「やってみろや」
「あそこで寝っ転がってるアザラシおるやろ」
「おー。あれな」
「10年したらお前もあんなんなるで」
「誰が昼寝するデブかーちゃんじゃ」
「女として死んでるだろ」
「誰が精神的に殺せ言った??」
とか。
「タコって海外だと化け物扱いされてるじゃん?」
「あー。そういう風潮あるよな」
「でも日本人普通にタコ食べるじゃん?」
「まあ感性の違いだろ」
「実際あの見た目ヤバいよね」
「最初に食ったやつは勇者やな」
「何事も勇気が大切ってワケよ」
「それな」
「…………え? 終わり? つまんなハル」
「お前が勝手に振って勝手に纏めたんやろ」
「そこは「お前も案外悪くなかった」でしょ」
「食った覚えねーよ」
「タコってフランス語でなんて言うか知ってる?」
「知らん」
「アシハポーンだよ」
「足が八本で?」
「アシハポーン」
「絶対嘘やん」
「じゃあイカはなんでしょー」
「……アシジュポーン?」
「つまんな」
「殺すぞ貴様」
こんな感じ。
なんだろうな。瑞希と絡むといっつもこうだ。
仮にも比奈や琴音と出掛けたときは、会話の節々やさりげない所作のなかに「あ、これデートなんだな」と思わせられるシーンが結構あったと思うんだけど。
瑞希が相手だと「これはデートです」と先ほどのくだりのようにしっかり宣言しないと、どう足掻いても締まらない時間が続いてしまう。
だからこそ、偶に見せる顔にドキッとする。
妙に安心感覚えさせるのが悪い。
俺のせいじゃない。
ガラス張りの水槽を突っ切るように開通しているエスカレーターを登り、やって来たのは小魚が大量に泳いでいる謎のエリア。
何故か一緒の水槽にエイとサメっぽいのも泳いでいる。喰われないのかな。イワシさん。心配。
「おー。息ピッタリだねイワシ」
「集団行動とか向いてそうやな」
「向いてるっていうか今やってるじゃん」
「確かに」
瑞希に釣られて語彙力が低下している。
ツッコミ役がおらんとおしまいやぞこの空間。
「…………あっ、見てあれ」
「……一匹だけはぐれてんな」
「ねー。かわいそー」
「意識高いんだろ」
「仲間はずれかもよー?」
展示エリアの前に説明の看板が置いてある。
イワシは何百匹もの大群で同時に行動することによって、自らの身体を大きく見せ、外敵から身を守っている、らしい。なるほど。スイミー理論か。懐かしいな。あれ実在する生態系なんやな。
暫しイワシの動きをジッと追い掛けていた。
だが、瑞希はそちらにあまり関心を示さない。
ただ一匹の、集団から外れたイワシをひたすらに見つめ続けている。
「…………どっちなんだろーね」
「あ、なにが」
「自分から外れたのか、それとも」
「仲間外れになったのかって?」
「うん。気になる」
「どうでもええやろ。一人は一人や」
「一匹だけどね」
「そこはええやろ別に」
随分とご執心のようで。
だが、そこまで言われると気になる。
完全に集団から離れているわけではないんだけれど、ちょっと離れたところからその集団を追い掛けるような。でも実は気にしていないんじゃないかという絶妙な距離感を取り続けるその一匹。
周りが一糸乱さぬ動きを見せているだけに、その存在は小さな身体に反して異様に目立っている。もっとも関心を向けているのは俺たち二人だけかもしれないが。
「…………なんか、あたしみたい」
「そこまで小さくないだろ」
「おっぱい見て言ったな? 言ったな?」
「気にし過ぎやて」
それに関しては一切擁護しかねる。
「あたしもさー。子どもの頃とか、あーいう集団行動っていうの? そういうの苦手だったからさ。ま、自分から浮きに行ってたとこもあるけど」
「おるだけで目立つしな」
「それが良いこととは限らんのよってはなし」
一匹のイワシを追い続け、瑞希はそう呟く。
彼女は目立つ。色んな意味で。
色鮮やかな金髪も、言動も。
それが彼女の個性で、彼女を金澤瑞希たらしめている。きっとそれは、今までもそうで、これからも変わらないのだろう。
にしても、なんだその態度は。
ちょっと寂しそうな顔をして。
「あたしにはやっぱ、仲間外れにされたっぽく見えるんだよなー。マジ可哀そう。水槽ブチ破ろうかな」
「死ねば諸共ってか」
「まーねー」
クルリと反転して、さっきまでの熱量が嘘かのようにさっさと次のブースへと移動してしまう。足取りは軽いが、なんだ。この違和感。
まさか、自分自身と重ね合わせたとか。
だとしたら、そりゃ大きな勘違いだけど。
仮に、俺が思い込んでいるだけだとしたら。それはそれで、まあそんなところも嫌いじゃないけど。
「瑞希っ」
「んー、なーに」
「良かったやん。お前と一緒やで」
「……え、悪口?」
「おー。それでもええわ」
「はああ?? うっざ!!」
真意が伝わらなくとも、別に構わない。
お前があの一匹だけを見つめていたように。
俺の隣には今、お前しかいない。
少なくとも、瑞希だけ見ているけどな。
そう思えば、そんなに悪くないだろ。
なんて、俺もそう言って欲しいだけか。
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