133. 嫌いじゃねえだろ
辛うじて未遂にこそ終わったものの、二人の間に起きた想定外にもほどがあるアクシデントに、お互いなにを話せば良いのかも分からず。微妙な空気が暫し漂い続けている。
先ほどまでの馬鹿騒ぎが嘘のように、俺も瑞希も黙りこくったまま。
荷物をさっさと片付け、何事もなかった……あり過ぎたといえばその通りだが、ともかく何も起こらなかったのだという共通認識だけは確かに拵えたまま、シーワールドを後にしようとした。
一時の気の迷いとは言え。
なにやってんだろう。俺。
気持ちに嘘が無いわけではないし、彼女も彼女で若干受け入れていた節はあるし、誰が悪いのかという話でもないのだけれど。
まさか瑞希を相手に「面倒くさい」とは思えど「顔を合わせづらい」なんて感情が芽生えるなんて。恐らく、向こうも似たようなことを考えているのだろうが。
無言の空間を台無しにするかのような、ジェットコースターの切り裂く轟音が木霊する。響き渡る歓声は、俺たちのことを嘲笑っているかのようで。いっそその方がマシな気もする。テンションの浮き沈みまで表現しなくてもいいだろ。
「…………ねー、ハル」
「……どした」
いつもいつも、微妙な雰囲気を進んで打ち破ってくれるのは女ばっかりだ。なんでこう俺という人間は成長ってモンを覚えないのだろう。だから俺なんだよ。
「……あたし、怒ってないから、さ」
「……まぁ、怒られても困るわ」
「うんっ。だから、さ。気にしないでっ」
「…………せやな」
「別に、忘れなくてもいいけどっ!」
唐突な空元気に、思わず振り向いて眉を顰めた。
そこにはいつも通りの姿なんてものはなく、あからさまに平静を装っている、なんとも締りの悪い中途半端な笑みを浮かべた瑞希。
いや、確かに、言ったけど。
汐らしいコイツも嫌いじゃないって。
けど、俺が見たかったのはこういう瑞希なんかじゃ、決してないんだけどな。そこまで口に出したら負けた気がして、なんとも歯痒いところで。
「まーっ、あれだよ。黒歴史ってやつ! 若さゆえのアヤマチ! なっ! こーいうのもいい思い出だろっ? マジで、気にしなくていーかんさっ!」
んなバチクソ気にしてそうな顔で言われても。
やっぱり、俺がちょっとでも無理しなきゃいけない場面なんだろうな。さっきまで我を失い掛けていた馬鹿がなにを言ってるのかって話だけど。
「なあ、瑞希。ちゃんとデートしようぜ」
「…………ふぇっ?」
「黒歴史になんかしねえよ。そりゃ、ちょっとふざけたとこはあるけど……全部が全部、嘘ってわけでもねえんだから。そうだろ」
彼女の真意を少しでも汲み取るのであれば。
似たようなことを考えているのだ。コイツも。
おちゃらけた、適当で楽しいが第一の、快活な自分。そんな俺たちの見慣れた瑞希をどうにかして維持しようと、変な笑顔作って無理してるんだよ。
ちゃんとコイツにも、可愛いところはある。女の子らしいところだって。瑞希の言う「可愛い」はあまりにも表面的過ぎて、自分自身でも気付いていないのだ。己の持つ魅力に。
そんなところを、残念ながら俺だけが知っているというのもまた悲しい事実であるが。けど、俺が言ってあげないといけないんだろうな。本当は、もっと他の奴でも良いだろうに。
でも、たまたま横に俺しかおらんから。
仕方なくやるんだよ。仕方なくな。
「……やっぱチューニ患ってるよね、ハルって」
「なんだよ。褒め称えるべき場面やろ」
「あははっ……うん、なんか、ごめん。あたしだね、気にしまくってるの。いつものハルだったら、絶対そんなこと言わないもんね。ごめんごめんっ」
軽率に謝る必要も無い。
いつも通りじゃないのは、俺も同じだ。
けど、どうだろう。もしかしたら。
自分も知らない間に、変わっているのかも。
少なくとも、あんな風に狼狽えて顔を真っ赤に染めた彼女のことを、ちょっとでも可愛いと思ってしまっている自分がいるのだから。もう、以前と同じただのチームメイトとして彼女のことを見れなくなってしまっているのかもしれない。
無論、それは瑞希に限った話でもないが。
この数日で、色々起こり過ぎだ。
極めつけがこれ。いよいよ末期だな。違いない。
悪くはない。意外にも。
悲観的な予想も、たまには良い方に転がる。
実はそんなにでもなかったかもしれんけど。
「取りあえず、乗ろうぜ。嫌いじゃねえだろ」
「…………好きに決まってんだろッ!」
ようやく上昇した視線と共に見据えたのは聳え立つジェットコースターか。或いは、俺の顔か。どっちでも構いやしないが、その正体は、今は考えないでおこう。
本当に、どっちでもいいんだ。
お前が楽しそうに笑うなら、それで十分だよ。
購入したのは、園内のアトラクションと、水族館も同時に楽しむことが出来る、施設内で一番高いパスだった。この際、財布の残りは気にする必要も無い。若干の強がりも混じっていたが。
徐々に陽が陰り出していたこの時間帯、徐々に行列も収まりつつあり、俺たちの番はそれほど時間を割くまでも無く、すぐにやって来た。
「ハルって意外とこーいうの好きだよなっ」
「嫌いじゃねえってくらいだけどな」
「マジで想像できねー。真顔で乗りこなしそう」
「そこまで感情死んでねえよ」
今日みたいな、いわゆる遊園地みたいなところにはほとんど来たことが無い。小さいときに一度だけ連れて行ってもらったくらいで、それこそ物心ついた頃には「クソしょーもねー」とか考えながら電車の広告を眺めていた微かな記憶。
冷静に考えれば、そんなわけない。
ボール一つであれだけ熱くなる、単純な人間なのだから。
「おおーっ! やっばーっ!!」
「おー……あ、あれ校舎じゃね」
「ほんとだぁぁーっ! めっちゃ見えるっ!」
「あっちは、上大塚の方やな」
「みんな買い物してるのかなーっ!」
「いえーーいざまー見ろー」
「んなヘッポコないえーいがあるかっ!!」
すっかりテンションも元通りに。
かく言う俺も普通に楽しい。
やっぱ好きだわこういうの。
安全バーに身体を支えられながら、機体は徐々に晴天の麓まで上昇して行く。水平線まで見渡せる絶好の景色だ。
横眼に映るゴールドも、同じくらい鮮やかで。
どっちも目移りするけど。
本当は、比較にもならない。
「ねーねー。最後の方で写真撮られるらしーよっ」
「じゃ、変顔対決な」
「えっ!? やだよハズイじゃんッ!」
「んなの気にした覚えねーだろ」
「それは、そうだけどっ……写真残るのはさっ」
いつもなら気にせずやるだろうに。変な奴。
なんだ、やっぱまだ回復し切ってないのか?
「…………デートって言ったじゃん、ばか」
「あ? なんて? 風で聞こえんわ」
「ばかっつったんだよばーかっ!」
「あ、落ちる」
「え、ちょ、ま、心の準備まだ――――」
鼓膜をブチ破るほどの悲鳴は、快晴の空へ置き去りになって。
やがて、些細な疑問さえ纏めて。
どこかへ消えて行った。
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