ありふれた夏休み章 ~瑞希編~

129. ドンドン陽キャになってる


 翌日、フットサル部はちょっとした大騒ぎであった。ちょっとしてるのに大騒ぎってどういうこっちゃって感じだけど、とにかくひと悶着あったことだけは正確にお伝えしたい。


 昨日の宣言通り、本当に髪の毛を染めて現れた比奈の変貌ぶりに最も派手なリアクションを取っていたのは、予想通りというかなんというか、やっぱり琴音で。


 なにか嫌なことでもあったのかと我を取り乱さんとする勢いで問答を重ねていたが。いつもと変わらぬ軽いノリで「やってみたかったんだよねえ」と雑に返す彼女の様子についぞ観念し、以降はなにも言わなくなってしまったのであった。



「…………なーに? そんなに見つめて」

「……見違えたなあ、と」

「なんか、前がダメダメみたいに聞こえるなあ」

「そういうわけちゃうけど……何色なんそれ」

「ミルクティーベージュ、っていうらしいよ」


 休憩中、コートに座り込み水を飲む比奈。

 太陽に当てられ、その変化はより顕著に映る。


 長さこそ変わらないが、琴音を双璧を成す透き通るような黒髪は、ネーミングに違わず透明感のある薄明るいものへと変わっていた。


 愛莉より明るく、瑞希よりは目立たない程度。

 しかし、元が元だからより一層目立つ。


 恐らく自然界にこの髪色はそうそう無い筈だから、彼女が染髪していることは見ただけで分かるのだろう。だがそれ以上に、比奈と言う人間を知っているからこそ、より肥大する違和感。


 無論、悪い意味ではない。

 どうせ似合うとは思ったけど、似合い過ぎだろ。



「ひーにゃんっ! こっち向いてっ!」

「なーにー?」

「笑って笑ってーっ!」

「もうっ、さっきも撮ってたでしょー?」


 休憩に入るや否や更衣室に駆け込んだ瑞希は、戻って来るなりスマホ片手に比奈の周囲を飛び回りながら、あちこち色んな角度で写真を撮りまくる。


 恥ずかしそうにペットボトルを抱える比奈であったが、俺は知っている。彼女は写真を撮られることに対してなんの抵抗も無い。ましてやこの程度なら。


 どこからが本気で、どこまでが嘘なのだろう。

 取りあえず、鞄にはエロ本は入っているけど。


 朝起きて、一応確認してみよう。と中を漁って見たらやっぱり入っていて。ちょっとどころかだいぶ肩を落とした事実は、彼女に告げる必要もあるまい。


 

「陽翔くんも写真撮る?」

「いや、別に……っ」


 つい彼女のことをボーっとした顔で眺めていた。それに気付いた比奈は、まるで子供をあやす母親のような慈しみを込めて、隙間風にも事足りぬ声量で呟く。


 単純な奴だ。つい目が行ってしまうのに。

 向けられたら分かりやすく外して。

 童貞かよ。童貞だけど。



「ハァ~……マジで天使……シンドイわ……っ」

「もう、比奈ちゃん疲れちゃうでしょ?」

「えぇ~んやだぁーっ! もっと写真撮ーりーたーいーっ! TikT○k上げたい~っ!!」

「いや、本人に無断でそういうのは」

「いいよー」

「ええんか……」


 話は変わるが、今回の比奈の変化を最も派手に歓迎しているのは、やはり瑞希であった。朝に顔を合わせてから、ほとんど彼女から離れていないという程度にベタついている。


 髪の毛の長さといい色といい、体格が似通っていることも含め、遠目からだと判別しにくくなったなこの二人。



「えっ、ヤバ! メッチャ振り覚えてるっ!」

「あははっ。ちょっとだけ練習したんだよねえ」


 めちゃくちゃスムーズに踊ってる。いや、つっても手先の動きが中心で、ちゃんとしたダンスってわけじゃないけど。


 どうしよう比奈がドンドン陽キャになってる……いよいよどこを目指しているのか分からねえなこれ。まぁ当人が満足なら良いんだけど。垢抜けていく幼馴染を眺めているようだ。心が痛い。



「いやー、夏合宿行った甲斐あったなッ!」

「いや、そのための合宿じゃないから」

「あっ、長瀬はこっちの顔交換な。両津○吉と交換してやるから☆」

「おかしいでしょうがぁぁっっ!!!!」

「はいはいはいどーどーどー」


 比例して増える愛莉のツッコミ量。


 今まで比奈と一緒に部の良心みたいなとこあったのに。これから二人分の瑞希を相手取らなきゃいけないわけか。大変やな。


 まさか出会った頃は、お前がここまで苦労する立場になるとは思ってもみなかったわ。出で立ちはともかく、どうしても苦労人気質なんだよな。今度なんか奢ってあげよ。



「その辺にしとけよ。練習で集まってんだから」

「はーーん? さては妬いてんなハルっ」

「こちとら、暫く写真はお腹いっぱいでな」

「……うん? お、おぉー」

「琴音ー、ぱーす」


 なんのこっちゃ、と惚けた様子の瑞希は置いておいて、既に休憩を終えコートに戻っていた琴音とパス交換を始める。


 遊ぶのもいいけど、練習はやらないと。

 一応、こんなんでも全国目標でやってんだし。



「陽翔さん」

「あーん。どしたー」

「陽翔さんは、染めたりしないですよね」

「しねーよ。黒髪同盟でも結んどくか?」

「誓約書でも用意しましょうか」

「どんだけショック受けとんねん」




 ここ数日のフットサル部は、週に4回ほど学校のコートに集まり練習を行っている。しかし、先日愛莉と少し話したように、まだ備品が揃っていないのでボール一つ使ったゲーム形式か、鳥かごくらいしかやれることが無い。


 各々予定が有ったり、シンプルに買い出しを忘れていたりと落ち度が無かったわけでもなく。

 また、あまりの酷暑に午後の練習は体調にも影響があるだろうと、今日も午前中で切り上げて、このまま買い出しに行こうという流れに。



「とりあえず、いま必要なのは……新しいボール、給水ボトル、あと練習用のビブス、こんなところかしら」

「マーカーも余裕あったら買っとくか」

「そうね。色々捗りそうだし」


 マーカーコーンといって小っちゃいお椀型のカラフルな練習器具があるんだけど、簡易コートを作ったりプレーエリアを制限する上で結構重宝されるのだ。


 練習場所がこのテニスコートしかない以上、あっても無くても大して変わりは無いだろうが。そのうち、部員が増えたら必要にもなるだろうしな。増えるか知らんけど。



「……あと三人集めないといけないのよね」

「新入生も入って来るし、十分足りるだろ」

「でもさー、今の1年も確保したくなーい?」


 談話スペースで愛莉と相談していると、更衣室でシャワーを浴びて来た瑞希が大きめのバスタオルで頭を擦りながら、舌足らずな言葉と共に歩み寄ってくる。



「あたしたちみんな2年だしさー。来年になったらまた一から始めるか、そもそもフットサル部自体無くなっちゃうかもだよっ? 大会のためだけに人集めるのもなんかなーって感じしないっ?」


 珍しく真っ当な意見喋りやがって。調子狂うな。


 でも、言うことには一理あるな。せっかく復活したフットサル部、俺たちの代でおしまいというのも勿体ない気はする。ぶっちゃけそこまで気にしていないのも本当のことだが。



「それはまぁ、そうだけど……」

「……なんや、煮え切れんな」

「だって…………この5人だからってとこ、ちょっとあるし」


 バツの悪そうに口を尖らせる愛莉。

 なんや急にお前も。可愛いな。



「でさー。あたしちょっとイイこと考えたんよ」


 ソファーにドカッと座った瑞希は、スマホを取り出して慣れた手つきで画面をスクロールさせ、何やらこちらに見せてくる。



「フットサル部の宣伝垢作らん?」

「……愛莉、説明しろ」

「いやなんで私が?」


 いや、知ってるっちゃ知ってるんだ。そのSNSは。なんか、色々としょうもないことを呟くためのやつだろ。それは知ってる。その、宣伝垢というのが良く分からないのである。



「あー、ほら。あれよこういうのって個人だけじゃなくて、色んな企業とか、チームとか……そういう、宣伝のためにアカウントを作ることもあるのよ」

「そうそうっ。別に山嵜ってSNS禁止じゃないしー、ていうか他の部のアカウントも普通にあったからさ。うちらが始めたっておかしくないっしょ?」


 つまり、フットサル部の活動をSNSにアップすることで、うちの学生や来年以降の新入生に対してアピールをしようというわけか。


 なるほど。悪くないアイデアかもな。

 このご時世、校内でチラシ配りするよりか効率的だろうし。



「でも顔出しとかちょっと不味くない? アンタが個人的にやってるさっきのアプリとかは良いけど、学校の名前も出すってことでしょ?」

「その辺は上手くやるから大丈夫っ☆」


 全然信用できない。

 前科があり過ぎるコイツ。



「それに、いちおーハルも有名人だしさ。ちゃんと気を付けるって」

「そりゃ有難いけど……まぁ、うん。やればいいんじゃね。頼むわ」

「へっ? なに言ってんの。ハルも協力しろよ」



 はい?



「つうわけで、三人は買い出しヨロシク! あたしとハルは今からSNS大臣だから! ここに載せる超カッコいいスーパープレー集いまから撮って来る! はい決定っ!」



 はい?


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