130. 鳩が豆食ってポー


 唐突過ぎる就任指名と共に、俺と瑞希は買い出し組の乗る上り線とは反対側の電車へ乗り込み、彼女の言うところの「映えスポット」なるところへと向かう。


 事実問題として、この辺りでスポーツ用品を揃えるのなら上大塚駅にある例の店が一番手っ取り早いし、帰宅方向の一致する三人がそちらに割かれるのは自然な流れなのだけれど。


 それにしたって不満顔の三人であったが、有無を言わせないテンションで俺を連れ去っていった瑞希の前に、もはや反論する余力も残っていない様子であった。


 俺もちょっと行きたかったのに。

 瑞希と二人ってのが一番怖い。



「で、どこ連れていく気や」

「んー? いいとこ♪」

「説明になってねえんだよ」

「いいじゃーん。早漏は嫌われるぞー?」

「んな話はしてねえ」


 なにが困るってメチャクチャ楽しそうだから嫌な気にもならない。フットサル抜きで一番接点が無いの、間違いなくコイツだからな。経験値が不足し過ぎている。


 制服姿に着替え直した瑞希は、傍から見ればただの可愛らしい派手めな女子高生で。隣を歩くだけでも精一杯に感じてしまう。


 琴音も、比奈も、いいんだよ。

 まだ普通の感性の持ち主だから。当社比だけど。


 なにかとボーダーを狂わせるのがコイツだ。

 油断ならない。

 その気が無くても懐柔させられる。



 山嵜高校の最寄り駅から一つ県南に降って、そこから別の路線へ乗り換える。最近工事が終わったばかりだというその鉄道は、この辺りでは珍しく短い区間を自動運転で往復するタイプで、港から臨む広大な海原を一望することができる。


 海岸沿いを走り。

 代わり映えしない工業地帯を抜け。



「一回来てみたかったんだよね~っ!」

「……えぇ……?」


 この辺りでは一番規模の大きいレジャー施設として知られている「みなと島シーワールド」の名前がついた駅に降り立つ。


 駅構内で貰ったパンフレットによると、みなと島はこのレジャー施設のためだけに作られた人工島で、周囲を海に囲まれている珍しいタイプの遊園地なんだと。


 普通の遊園地としての面だけでなく、水族館、ショッピングモール、ホテルなど様々なレジャーが詰め込まれた複合施設……らしい。


 ひたすらデカい観覧車とジェットコースター。

 物凄く、遊ぶところなんですけど。



「んにゃ~メッチャ混んでるな~。夏休みど真ん中だししゃーないか。あ、ハル。ボール持ってて」

「いやっ……えっ……?」

「んだよ鳩が豆食ってポーみたいな顔して」


 豆鉄砲と言いたいのか。小学生からやり直せ。


 熱射にやられ真っ当なツッコミさえ覚束ない現状ではあるが、まず第一の疑問点として、なんで俺たちは買い出しをサボってこんなとこに遊びに来ているのかと。


 で、こんなとこにボール持って来てどうするんだと。いくらネットに入れてるからって持ち歩くのまぁまぁ恥ずかしいぞ。



「答えてしんぜようっ!」

「はよ言え馬鹿」

「うえぇぇメッチャ苛付いてるっ!?」


 駅と島とを結ぶ長い橋を渡る。距離としてはさほどでもないが、直射日光をモロに喰らいながら人混みを進むともなれば俺といえ重労働だ。口も悪くなる。



「ここ、普通に遊園地だろ。金掛かんじゃねーの」

「そうっ! そこなのだよワトスンくん!」


 そのワトスンくんってフレーズ前も使っていたけど、お気に入りなんかな。あと多分やけどワトソンくんやからな。お前が小説なんぞ読まんことくらい分かっとるからな。



「あたしも最近知ったんだけどーっ。ここって水族館入ったり、なんか乗ったりしないならお金取られないみたいなんよねっ」

「ほーん……ただ入る分には公園みたいなもんか」

「そーゆーことっ! で、おっきい芝生の広場もあるんだよっ!」


 芝生の広場、か。確かにこの辺りだと、公園の数も少ないわけでもないがほとんど土のグラウンドだからな。球技禁止でないことを切に願うばかりであるが。


 橋を渡り切り敷地内に足を踏み入れる。ありふれたメリーゴーランド等の子供向けアトラクションを通過し、暫く歩き続けると、瑞希の言っていた芝生の広場が悠然と姿を現した。



「おー……結構広いやん」

「でしょっ! しかも海が目の前で超涼しいっ!」


 横100メートル、縦50メートルといったところか。

 サッカーコートと変わらないな。かなり広い。


 右横にはこのシーワールド最大のジェットコースターが聳え立ち、コースターのなかから乗客たちがこちらに向けて手を振っている。広場の面々も手を振って応える、のどかな光景だ。


 レジャーシートを敷いて食事を取る家族連れや、バドミントンをして遊ぶ女性グループ。少し広めに場所を取ってテニスをする子どもたち。奥の海沿いのベンチでは、カップルと思わしき男女が手を繋いでまったり座っている。


 真夏のゆったりとした午後を過ごすにはうってつけだ。制服姿の俺たちも、ギリギリ馴染めているだろうか。キツいな。



「おーしっ、じゃあ始めっか」

「……いや、だから、なにを?」

「スーパープレー撮るんだよっ!」


 そういうのって宣言してから出るようなものじゃないと思うんだけど、言っても止まらんな。黙って大人しく従おう。


 言葉足らずの彼女の行動を解説するとすれば、俺か瑞希のボールテクニックを動画で撮影して、それをSNSのアカウントに投稿するという、だいたいそんなところか。たぶん。


 まぁ広場というだけあってスペースは十分あるし、他の面々に迷惑を掛けることも無いだろう。現時点で俺に対しては迷惑掛けまくってるけどな。なんとも思わん俺も俺だわ。



「じゃっ、軽くアップしよっか! ぱーすっ!」

「おー…………え、ちょっと待って。瑞希っ」

「あーん! なーにーっ?」


 そこそこ遠ざかった位置関係と浜風のせいか、声もろとも靡いてどうにも聞こえづらい。程よい涼しさは歓迎したいところだが、それも含めて確認が一つ。



「お前さーっ! 着替えんでええんかーっ!」

「えーーっ! なんでーーっ!」

「スカートで動いたらあぶねえぞーーっ!」

「ハルしか見る人いないからへーきーーっ!」

「動画撮るんだろーーっ!!」

「……………………たぶんへーきーっ!!」

「着替えろーーーーッ!!」

「サービスサービスーーっっ!!」



 なんだその一瞬の間は。


 午前中に使った練習着は既に汗だくで気直すのも憚れるし、気持ちは分からないでもないのだけれど。それなりに人も多いし、ちょっと心配。


 断トツでスカート短いし、階段の段差を使わずとも少し足を上げただけで十二分に可能性はあるのだ。その辺り、本当に分かっているのだろうか。


 愛莉と違って、自分のどういう格好をしているのかちゃんと把握したうえでの決断だからな。恐ろしいわ。痴女かよ。人のも覗きたがるし。発想が男子中学生。


 ……いや、別に。

 気にしないけど。


 俺ら、裸の付き合いした仲やし。

 全然見えても余裕だし。今更だろ。



 …………やなこと思い出した。

 さっさと終わらせよ。



「行くぞーーっ!」

「あいあいさぁーーっ!!」


 地面とボールの間を擦るように振り上げ、数十メートル離れた彼女の元へ、ロングパスを送る。その場から動くことも無く、難なくコントロールする瑞希。


 こんな広いところでボール蹴るの、久しぶりだ。最近ずっと、狭いコートが主戦場だったから。



「あっ、ゲームしよゲーム! ちょっとずつ離れて、バウンドした方が負けっ! ジュース奢りなっ!」

「勝てるとでも思っとんのかッ!!」

「たりめーだろーーッ!!」



 長いレンジのパスを次々と繰り出し合う二人。

 

 おかしな感覚だった。

 ドンドン距離は開いていく一方だというのに。


 その声は、少しずつ聞こえやすくなっていく。

 なにかに比例して。なんて、言ってやるものか。



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