125. わたしの全部を見せるから
真夏の太陽がアスファルトを焦がす、午後3時半。
こんがりと焼き上がったその道は、遠目に見ればクッキーで出来たお菓子の街並みに等しく、なんならその上を歩くやったらファンシーな格好のお姫様が似合うことこの上ない。
そんな彼女に手を引かれる俺は、なんだろう。帽子を深く被れば、魔法使いにでも見えるだろうか。
その関係性は男女の連れ合いには到底見えず、むしろ分かりやすく主従関係であった。出来の悪い少女漫画にも引けを取らない。
「なぁ、どこ行くんホンマ」
「言わないっ」
こちらへ振り返りもせず、黙々とその目的地へ歩き続ける比奈。20センチを優に超える身長差は、二人の関係をこれでもかというほど如実に、表していなかった。
意味分からん。お姫様みたいな恰好の黒髪美少女に手を引っ張られるミュージシャン崩れみたいな男。なんだろう。V系バンドの楽屋裏ってこんな感じかな。
で、どこへ連れて行かれるというのか。
彼女は言った。「コスプレの方がハマる」と。その言葉の意味はともかく、今こうして導かれるままに何処かへ向かっている現状とは釣り合いが取れない。
良く言うだろ。
普段大人しい奴がキレるとマジ怖いって。
それがいま。
暫く大通りを進み、交差点を横断。
周囲には雑居ビルが立ち並び、人波も疎ら。
繁華街の匂いが、少しずつ減り始めていく。
歩き始めて数分。相変わらず手を握られっぱなしのまま、道路沿いのコンビニの前まで辿り着く。ちょっと買い物でもしようってわけでもなさそうだけど。
「……え、なにここ」
「いいからっ、こっち」
すぐ脇に階段があり、彼女は説明もせず先に上って行ってしまう。まぁまぁの角度やな。パンツ見えそう。
いやしかし、こんな雑居ビルの一角でいったい何をしようと言うのか。取り立てて看板等が出ている様子も無いし、中になにがあるのか全く予想がつかない。
一つ言えることは、繁華街の外れに身を顰めるように佇むこの建物が、決して万人を受け入れるような場所ではないという、それだけである。
階段はまだ続いていたが、比奈は三階に値するところで足を止め、これといって装飾や看板なども置かれていない扉を開く。なにかのお店なのだろうか。それとも隠れ家的なアレか。なにから隠れんだろう。
扉開いた瞬間、黒服のガタイの良い兄ちゃんにボコボコにされたりしないよな。見た目だけでなく実は本物のお嬢様で「テメェうちのお嬢になにしやがる」的な展開待ってないよね? 無いよね??
「いらっしゃいませーーっっ!!」
と、予想に反し威勢の良い女性の声が脳天に響き渡る。良かった。殺されずには済みそう。
出迎えてくれた女性店員らしき人物は、比奈に負けず劣らずファンタジーチックというか、下手したらドレスアップと言っても過言ではないほどの重たい格好をしていた。
店……だよな? 照明が暗くて、なにをしてるのか良く分からないのだけれど……あ、逆に性的な感じ? だとしたら帰るよ? 逃げ出す準備なら整ってますけど?
「こんにちは~」
「倉畑さんっ! お久しぶりですぅぅ~~!」
「ごめんねえ、最近ちょっと忙しくって」
「いいんですよぉぉ来てくれただけでもうっ!」
やたら仲の良さそうな比奈とその店員。
常連なのだろうか。益々怪しい。
長い黒髪をおさげにしたその人は、ぱっと見なら比奈とどっこいどっこいの真っ当な少女のようにも見えるが。
明らかに顔のサイズに適応していない丸眼鏡が「あぁなんかヤバそうだな」オーラをガンガンに撒き散らしていた。
「あっ……も、もしかして後ろの方はっ、もしかしちゃうんですかっ!? ついについに、もしかしちゃうんですかっ!?」
「あははっ……そういうのじゃないけど、ちょっと付き合って貰おうかなって」
「羨ましいなぁ…っ! こういう趣味を共有できる彼氏さんって、最高じゃないですかぁ~!」
「もう~っ、だから違うんだってば~っ」
すっげえ楽しそうだな……仮にもここが何かしらの店舗なのだとしたら、客とスタッフという間柄にしては仲良すぎないかこの人たち。
照明も暗いままで、依然として店の全容が掴めないし……。
(……あん?)
ふと受付のようなカウンターが目に入った。
壁には、なんだ? 写真か何かだろうか。
まだ話し込んでいる様子だったので、少しその場から離れ、壁に貼り付けられている無数のポラロイド写真へと近付いていく。
「…………なんこれ」
映っているのはほとんどが女性であった。それも、おおよそ一般社会に適応しているとは言い難い格好というか、アニメにでも出てきそうなファッションに髪色。
って。えっ、ちょっと待て。
比奈やんこれ。絶対に比奈だよね?
「……なァ、比奈……これって……」
「あっ、早速良いところに目を付けましたねっ!」
彼女よりも先に女性店員が反応し、こちらへと近付いて来る。なんだ、辞めろ。まだお前とは交友関係を築いていない。こちとら築いた時点でなにかが始まり、終わる予感しかしていないのだ。
「彼氏さんはこういうの、あんまり詳しくない感じですかっ?」
「いや、そもそも彼氏じゃ……まぁ詳しくないっすけど……」
「いやぁ~~ほんっと羨ましいっ……こういう女の子の趣味とか邪見に扱う男なんていっぱい居ますからねぇ~~いいなー優しいなぁ~~っ」
勝手に盛り上がるな。説明しろ説明を。
「あっ、ごめんなさいっ。で、この写真はですね。ほら、ご存じないですかっ? 『魔法少女マジカル☆アテナ』の主人公、星崎アテナちゃんが第三話で初めて魔法少女に変身するシーンですよ。あの有名なっ!」
「…………あてなっ……まっ、魔法……っ?」
要求しておいてなんだけど、やっぱり必要無かったかも分からん。知らん奴が知らんものを知らん言葉で説明するな。
その手の類に本気で詳しくない俺にはチンプンカンプンだが、要約すると、そういうアニメかなんかがあって、そういうキャラクターが居て、比奈は、その真似をしている……と。
「つまり、その……」
「コスプレして写真とか撮れるお店なの」
いやだいたい分かってたけどね。
言いたくなかったことくらい察しろ。
「レイさん、準備お願いしますっ」
「は~~いかしこまりました~~っ!」
レイさんというらしいその店員が通路の奥へと消えて行ったことで、その場に残されたのは俺と比奈二人だけ。
メチャクチャ居心地悪い。
さっきから全然俺のこと見てくれないこの人。
怖い。なに考えてるか分かんない。怖い。
「陽翔くんが、言ったんだからね」
「……エッ」
「今日ここで、わたしの全部を見せるから」
その声は少し震えているようにも聞こえたが、恐れから来るものか。或いは唯の高揚感であるか、今の俺には到底判別など出来そうになかった。
私の全部って。そんな重い話なのかよ。
つうかその台詞、人によっては勘違いするぞ。
「……わたしたち、もう、共犯だよ」
背筋が、凍った。
腹の奥から沸々と沸き上がるような、おおよそ彼女のような人間が浮かべるべきではない。緩んで少し開いた唇から繰り出される、下品で艶然な微笑み。
俺の知らない倉畑比奈が、そこにいた。
でも、もしかしたら、知っていたかも。
お前、たまにそんな風に笑うよな。夢魔みたいに。
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