108. 不遜です


「瑞希ちゃん? なんかボーっとしてない?」

「そ、そう!? 別によゆーだけど!?」

「なにがどう余裕なのよ」


 この宿で二度目の朝を迎える。


 朝食を済ませ、部屋に戻ってきても、瑞希は一向に俺と顔を合わせようとしなかった。視線どころか、身体ごとそっぽを向かれている。


 まぁ、俺も俺とて似たような心境ではあったが。このやり取り、昨日もあった気がする。デジャブ。



「瑞希。これ、お前の化粧ポーチやろ」

「えんっ!? あ、うんっ! そうかもッ!」

「いや、見もしねえで分かんねえだろ」

「そういうの多分、あたししか持ってないし! たぶんっ!」

「……ここ、置いとくから」

「ういーっす! さんきゅーっ!!」


 とまぁ、こんな調子である。


 チェックアウトを目前に控え、みな荷物の整理をせっせと行っているなか、一人だけ合宿初日みたいなテンションの彼女であった。



 快楽主義の具現化と言って差し支えないあの瑞希が、ここまで取り乱すとは。恥ずかしいのは俺も同じだけれど、こうも露骨にオドオドされると自分のやらかしたことも割とどうでも良く思えてくる。


 地球が滅亡する日でさえ「ヤバーい」連呼しながらケラケラ笑っていそうな、あの瑞希である。これはもう、実質、俺の勝利ということで良いのではないか。分からんけど。



 何だかんだ、愛莉と話したのが良かったのかもしれない。或いは一晩、ゆっくり眠ったせいか。


 素っ裸見られたところで、コイツらとの関係が変わるわけでもないし。それは瑞希に限らず、皆との関係性もそう。



 結局、俺が彼女たちを異性として強く意識したところで、フットサル部という枠組みの中で起こる出来事ということに、変わりはないのだ。


 例え、このなかの誰かのことを本気で好きになっても…………まったくイメージが湧かないのはともかく、それがこのチームに何かを与えるのかと言えば、そんなことは無い。



 いや、分からんけど。実際のほどは、サッパリ。

 でも、別にそれでいい気もする。


 これから先、コイツらが真っ当な女であることを嫌というほど認識させられることは間違いない。間違いないが……それはそれで、良いものなのかもしれないな。



 既に飛び込んでしまった船だ。これからの航海は、波の流れに従って、ダラリと過ごせば良い。


 そのどれもが俺にとって未知の経験で、例えおかしな方向に転がったとしても。ぜんぶ含めて「まぁ悪くは無いか」と感じるのなら。まぁ、文句は無い。


 もし本当に、彼女たちがチームメイトから、単なる異性に変わってしまう日が来たら……なんとなく、予感がするだけだけど。ちょっと面白いかもしれないな。


 そう思えるようになったのは、このチームを心から信頼していると同時に、どうしようもないフットボール抜きの自分を、この合宿でちょっとだけ見直すことが出来たから。



 いやホント、悩んでたのが馬鹿らしい。

 これから調子乗ったら速攻下半身露出してやる。



「……やっぱり何かあったんじゃない」

「あ? なんて?」

「なんでもないわよっ! 早く支度すれば!?」


 愛莉は愛莉で妙にキレていた。

 なんやお前も。

 昨日ええ雰囲気やったやん。幻かよ。



「おい瑞希、パンツ落ちとるで」

「え、まじ! さんきゅさんきゅっ……って、ううぇぇッッ!?」

「おー、やっとこっち向いたな」

「なにフツーに手に持ってんの!? セクハラなんだけどッ!」

「お前がセクシャルを語るんか」

「うっさいボケさっさと返せッ!!」


 普通に落っこちていた彼女の下着を投げ返す。


 見たことない必死の形相で下着を回収する瑞希。烈火の如く顔を真っ赤にした彼女は、暫く無言のまま俺の顔をグッと見つめていた。


 しかし、段々とその表情から力が抜けていくのが分かる。なにかを悟ったように深くため息を吐き、肩を落とした。



「…………やっぱハルはハルだなー……」

「あ? なんや急に。ナツでもアキでもないわ」

「そーゆーことじゃねー! ったく、あたしが馬鹿みたいじゃんっ!」


 せかせかと荷物を鞄のなかに押し込んでいく。なに一人で悶着して勝手に解決しとんねん。こわ。  



「マジでっ、ぜってーリベンジするからなッ!」

「なんやねんさっきからお前」

「ばーか死ねっ! マジ、もう、忘れたっ!」 


 俺の勝ちや。ざまあ。


「…………やっぱりなんかあったんじゃん」

「まっ、お前は知らんでええことや」

「下着見れて嬉しかった? へんたいっ」

「はっ、所詮ただの布切れや。興味ねーよ」

「どーだかっ!」


 やはり不機嫌になる愛莉であった。

 お前には分かりゃしない。


 言っていることは本当のことだ。下着なんぞ身に着けている状態でなければ、さして大した価値など持たないものである。


 例えば、目の前の彼女のように。



「ちょっ、琴音ちゃん、ストップストップ」

「なんですか比奈、チェックアウトまで時間がっ」

「陽翔くんいるんだからっ」

「…………ひゃっ!」


 浴衣を脱いで学校指定のワイシャツに着替えようとした琴音が、ようやく俺の存在を認識し慌てて身体を隠す。なんで俺を睨むんだよ。自分のせいだろ。



「閉めてくださいっ! 即刻! 今すぐにっ!」

「はいはい」

「なんですかその態度はっ! 不遜ですよっ!」

「ごめんて」


 鏡を見ずとも呆れ顔だったのは理解に及ぶ。


 大丈夫。心配するな。

 浴衣奥に覗く下乳とか見えてないから。

 あとムチムチの太ももも、全然見てないから。


 関係性がどうとかはともかく、こういう性的な一面とも向き合っていなければいけないわけだ。ホンマどっかで心折れても知らんぞ俺。



「あれっ、わたしの靴下どこ……?」

「あたしのブラも無いんだけどっ!」

「はぁっ? 知らないわよっ」

「上下どっちもほったらかしはお行儀悪いよ~」

「比奈もっ、下着で歩かないでくださいっ!」

「ちょ、琴音ちゃんっ! 聞こえちゃうからっ!」

「えっ、くすみんノーブラ!? やるぅっ!!」

「仕方ないんですっ! 浴衣だと線が……っ」

「え~? 見せたかったんでしょ~?」

「比奈っっ!! 怒りますよっっ!!」

「なるほど、そーいう戦法だったわけだなっ」

「じゃあ、瑞希ちゃんは下着見せるのが戦法?」

「おーん? なんだひーにゃん喧嘩かぁ?」

「だから、ハルトに聞こえるってばぁっ!」



 聞こえない聞こえない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る