105. こっからイイトコ


「そして、その机には毎日毎日、新しい持ち物が追加されていくの……居ない筈のクラスメイトをみんなで面白がって……でもある日、誰も身に覚えのないお弁当箱が机に置かれていて……」


 やたらめったら真剣な様子で怪談を語る比奈。ただ表情はいつもと変わらないので、今一つ怖さが伝わらないというか。


 勿論、蝋燭の火なんて用意されていない。5人を囲むようにスマホのライトが点灯している。こんな状況でどう怖がれと……。



「…………なぁ、腕痛いんやけど」

「いっ、い、いいからジッとしててよぉ……っ!」

「絶対に動かないでください……っっ!」


 ゴリゴリに両腕を固定されている。昨日のラブコメチックなソレとは似ても似つかない。


 右腕をガッチリ掴んで、というかホールドしている愛莉の身体からは、本気で怖がっていることが容易に分かるその震えが有り有りと伝わって来る。


 お前、なに普通に密着してくれてんの。

 こちとら恐怖より胸の感触で頭がいっぱいなんですが。


 で、琴音も琴音である程度の距離は保ちつつも、俺の左腕を小さな手でしっかり掴んでいる。握り方が痴漢捕まえたときのそれなんだよな。痛い。普通に。



「存在しない筈のクラスメイト、けど持ち物はどんどん増えていく……そしてある日、気味の悪さを覚えたある女子生徒が、花の入った瓶を机の上に置いたの……」

「おー。物理的にブッ殺そうてわけだなっ」


 全然怖がらん瑞希。

 これが普通。二人がおかしい。



「みんな、その存在に触れようともせず授業は終わって……でも、帰りのホームルームで、それは起こった……誰も触れていない筈の瓶が…………ぱりーんっ!」

「びゃあアアア゛アぁぁぁぁっっ!!」

「きゃああああっっ!!」

「うっさ」


 集中できない。

 話はそこそこ面白いのに。

 とりあえずおっぱい遠ざけて。



「いきなり割れた瓶、教室のあちこちから悲鳴が上がって……っ!」

「もういいっ! やだっ! 聴きたくないッ!」

「えぇ~~っ!? こっからイイトコじゃーん!」


 顔ごと俺の腕に埋めようとせんばかりの愛莉と琴音はまぁまぁのパニック状態で、流石にこのまま続けるのは可哀そうと判断したのか。比奈も話を止めて、部屋の明かりを付けてしまった。



「つまんなーい! 二人ともビビり過ぎだしっ!」

「なんでアンタは平気でいられるのよぉっ!?」

「えー、だってお化け信じてないしー」


 だったら尚更、怪談始めようとした理由が聞きたいところなんだけど。あぁ、そっか。怖くないからシンプルに楽しんでるのかコイツだけ。嫌な奴め。


 ごめんねえ、といつも通りの甘ったるい口調であやす辺り、比奈もこういうのは得意なんだろうな。というか、コイツらが怖いもの嫌いなのは予想通り過ぎる。つまらん。



「つーか二人ともっ! いつまでハルに埋まってんだよ!」


 瑞希の僅かばかりに苛立ちを孕んだ声に、愛莉、琴音はハッとした様子で顔を上げると、恐らく無意識の間に接近していたその距離を一気に突き放す。


 そんな秒速で離れなくても。泣きて。



「ハルもなにおっぱい堪能してんだこらっ!」

「してねーよ」

「…………え、ハルト……」

「こ、これだから男性というのは……っ」

「理不尽過ぎるだろその反応」


 テメーらがくっ付いてきたんだろうが。


 愛莉のボディコンタクトが多いのは今に始まったことではないが、琴音も最近……というか合宿に来てから、一気に距離感が縮まってるよなぁ。


 別に悪いことだなんて言ってないけど。ただただ心臓に悪いという、それだけ。その表情も、出会った当初の露骨な嫌悪感というよりは、純粋に恥ずかしがっているというか。


 辞めろよホントに。こちとら人付き合いの経験ロクに無いんだから。好きになっちゃうだろ。



「んー、でもこれで一周しちゃったか。どーする? まだやる?」


 瑞希から始まった怪談話はそれぞれ一回ずつ話し終わり、さてどうしますかと彼女からの提案。


 言うまでもないが、怖いの嫌いな奴は怪談もできない、という大方想像の付く通り、愛莉と琴音の怪談はクソつまらなかった。次点で俺。持ちネタとかねーよ。


 何だかんだ、そろそろ良い時間だ。

 俺としてはもう寝て良いんだけど。疲れたし。



「とっ、トランプっ! トランプやりましょっ! ほら、わたし昨日すぐ寝ちゃったから! ねっ、いいでしょっ!」

「あ、怖いから寝らんねーんだ長瀬」

「うっさいバカ黙って!!」


 誰も気にしちゃいない。

 今も震えが止まらないのは全員分かっている。




*     *     *     *




 合宿本来の目的を果たしたことと、今後の明確な目標が定まったことで少し安心したのか。フットサル部の宴は、それからもしばらく続いた。



 やることは昨日と同じで、トランプ含めたカードゲームで対戦したり、スマホのしょうもないアプリで遊んだり、取り留めもないことばかり。


 たいていの遊びはそれっぽく参加して適当に過ごしていたのだが、瑞希の提案した音楽に乗せてダンスを踊る……なんていうアプリだったっけな。


 とにかく無理やり簡単な振りを覚えさせられて、動画を撮られた。あればかりは流石に女子特有のテンションが過ぎるというか。着いていくのにもシンドイ。


 まぁ、断トツで嫌がってたのは琴音だけど。

 流石にアップロードは断固拒否していた。



「雑に寝てくれるよなホンマ……」


 電気も付けたまま、四人ともその場で就寝。


 お前ら、俺と同じ部屋なの嫌じゃなかったのかよ。昨日に続いて無防備な格好で倒れやがって。

 俺が聖人君子じゃなかったらどうなってたか、第二の人格を思い知らせてやろうか。いや、うん。辞めとこ。そんなん無いし。



 いつまでも眺めていては目に毒……或いは保養なのか分からないが。とにかく良い予感は何一つしないので、電気を消し、さっさと自身のスペースに戻る。もはや愛着すら湧き始めた広縁。


 が、俺も俺で妙にはしゃいでしまったというか。

 疲れが溜まったわけでもなく、眠ると言っても。



(ああ、風呂まだ開いてるんだっけ)


 確か、日付が変わるまでは入浴できると瑞希が言っていたような。遊んで無駄に汗も掻いてしまったし、サクッと流してくるか。


 準備を済ませ、昨日と同様眠りこける連中の間を縫うように歩く。足で蹴る分にはセクハラじゃなくて暴力だから。余裕余裕。



 宿の一階を駆け抜け、今どきどこに需要があるのかも分からないゲームコーナーを抜けると目的の温泉が待ち構える。そういや卓球とかやらなかったな。定番だけど。メンタル的に辛いからむしろええわ。



 二つの入り口の間に付いている時計は、11時20分頃を指す。あと40分は入れるな。十分すぎる。



「…………あれ」


 男女の暖簾が無くなっている。

 片方は清掃中なのか看板が立ち入れない。


 確か、看板が無い方が男湯だったような……あれか、もう終わりの時間も近いし、早めに清掃始めてるとか、そんなところだろ。



 やはりこんな時間には入ろうとする客もいないのか、俺以外に人影は見当たらない。今日は他の団体客もいてゆっくり出来なかったし、好都合だ。


 身体を流してゆっくりお湯に浸かる。

 でも、せっかくだし。

 ここは、露天風呂だろ。やっぱ。



「…………おぉー……」


 夕方とはまた違う、艶やかな景色が広がる。

 満天の星空に、澄み切った濃紺の海。

 温度の差はあれど、水の音だけがその空間を支配する。


 何かと長ったらしい合宿も、これで終わりかと思うと……僅かばかりではあるが、柄でもなくノスタルジックな気分に浸ってしまいそうで。



「……色々あったなぁ……」



 合宿なんて、良い思い出の一つも無かったけれど。アイツらと過ごしたこの二日間は、そんなイメージをもガラリと変えてしまった。


 そりゃ、合宿というには物足りなさも残るが。

 けれど、そこじゃないんだよな。大事なのは。



 フットサル部としての強さ。

 仲間として過ごす楽しさ。


 その両方を、これからどうやって両立させていくのか……そのヒントが、今回の合宿には幾らか詰まっているような。或いは、昨日今日で教えて貰ったというか。


 そう思えば、まぁ、来てよかったなと。

 割かし心から思える自分が、少しだけこそばゆくも、誇らしかった。



「……あん」



 内側からなにやらペタペタと歩いてくる音。

 そして、ガラスから僅かに覗くシルエット。


 なんだ、他の客か。せっかく一人だったのに。まぁ夜景見るだけでも入る価値はあるし、致し方ないか。


 もしかすると、サークルの面々だったりするのかも。いや、違う人だったら超恥ずかしいし、反応はしないでおくか。



 横目に伺うドアの先から、やたら小さな影が揺れ動く。



「あれぇ、ハル? さき入ってたん?」



 待って。


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