85. だめぇ


 駅を始発に運行しているバスに乗り込み、およそ20分。いつも通りのようで、少しだけ違う。浮足立った俺たちを乗せて、海岸沿いを走り抜けていく。



 フットサル部初の合宿地に選ばれたのは、この地域でチェーン展開しているそこそこ名の知れた旅館であった。


 ネットのHPやパンフレットで見た限り、古風な外観ではあるが内装は結構しっかりしていて、高校生が使うには少し背伸びしているようにも感じられる。


 食事も充実しており、温泉も景色も中々のモノ。らしい。パンフレットを読みながら、女性陣は大いに騒いでいた。俺ら以外に誰もいないからいいけど。バスのなかではお静かに。寝かせて。



 大きな決め手となったのは、俺たちのような部活の合宿のために、スポーツ施設と連携して割引いてレンタルしているということ。


 旅館から徒歩圏内に、この地域唯一のフットサルコートがある。割引が利いて部費から賄えてしまうコスパの良さが何より好都合だった。



「おぉーっ! 写真で見たよりデカいなッ!」

「わー。豪華だねえ」


 バス停から数分ほど歩いて辿り着いた旅館は、想定よりだいぶ小綺麗で。道路を挟んですぐ先に、空と見間違うほどの広大な海を見渡すことが出来る。


 ある者はエナメルバッグ、ある者はキャリーケースを手に自動ドアを潜る。フロントの奥は、食事処か。なんか無性に懐かしさを感じる。遠征が楽しみだと感じたことは無かったな。



「予約した金澤でーす」

「いらっしゃいませ。すぐにご案内致しますので、少々お待ちください」

「どーもー♪」


「……予約、アイツが取ったんだっけ」

「……なんか言いたげね」

「いや、まぁ、不安だなと」

「わたしも一緒に見てたから大丈夫だよー」

「予約が取れていないなんてことは無いでしょう」


 比奈を信用していないわけではないのだが。なんというか、瑞希なら何かしらやらかすような、凄いそんな気がする。


 例えば、安くしようとして飯が付いてないとか。色々手配してくれただけ有難いんだけど。付きまとう不安。



「お待たせいたしました。お部屋は五階、菊の間でございます」

「どーもー。おっし、行くよーみんな」

「ほら、大丈夫でしょ?」

「みたいねっ……うん、いくら瑞希だからって、余計な心配だったわ」


 問題なく予約は取れていたようだ。良かった良かった。

 みな荷物を引き上げ、エレベーターへと向かう。


 向かうの、だが。



「あの、皆さん」

「んー? どしたのくすみん」

「いえっ……瑞希さん。お部屋のことなんですが」

「五階だってー。めちゃ景色良いらしいよっ」

「そうではなくてっ、あの……」


 妙に動揺している琴音が、残る四人の顔をぐるりと見渡し、何か言い淀んでいる。



「なにか問題でもあったか?」

「……まぁ、問題と言えば、問題なんですけど」

「あ、お昼は出ないから外で食べる感じな?」

「で、ですからそうじゃなくてっ」


 痺れを切らした琴音は、意を決して珍しく大きな声で、疑問を投げ掛ける。



「……お部屋、一つなんですか?」



 ……………………



「女性四人と、男性一人ですよね? 普通、分けませんか?」

「…………あっ、そうじゃん。ハルト、男だ」

「確かにそうだねえ」



 ……………………



「…………おい、瑞希」

「…………てへ♪」

「やりやがったッッ!!」


 胸騒ぎの原因はこれかッ!


「え、えぇ!? どうするのよこれっ!?」

「……どうするもなにも、プランを変えるしかないのでは」

「比奈っ! 大丈夫じゃなかったのかよ!?」

「…………えっと、うっかり?」

「しっかりしろ優等生ッ!」


 世にも珍しい比奈のケアレスミスはもう仕方ないとして。え、なに。瑞希はこれ、わざとやったのか? まずそこだ。追求だ追求。



「……なんか部屋おっきいし~ハルだけだし~~……安いからいいかなぁ~~って……だめぇ?」


 だめぇ、に決まってんだろ。 


「確かにハルトはハルトだけど、そこは分けないとダメでしょうがっ!」

「そうだよねえ……陽翔くんは信用してるけど、一応ね~」

「ったく、余計なことしやがって……あれ、琴音?」


 いつの間にか輪から外れていた琴音が、フロントの方からとてとてと歩いてくる。相変わらず長い前髪が、いつもに増して表情を遮るが。


 ……いや、分かる。彼女が何を言うかは。

 でも叶うなら、外れて欲しい。



「……えーっと、その、琴音ちゃん。もしかして、聞きに行った?」

「……はい」

「お部屋、まだ空いてた? 空いてたわよね?」

「…………すべて、満室だそうです」



 ……………………



「…………帰っていい?」

「だっ、だめっ!! 帰るならこの馬鹿でしょっ!」

「馬鹿とはなんだバカとはっ! あたしはハルが寂しくないよう気を遣ってだな!」

「だからって、部屋を一緒にする必要は無いでしょう」

「うーん……でも、空いてないならしょうがないんじゃ……」



 四人揃って俺のことを見つめている。うわぁ。なんだこの視線。味わったことの無い感覚。


 いや、どう考えても瑞希が悪いし。なんなら当人はしてやったり顔だし。俺が非難される筋合いは無い。無いはずなのに。



「…………まぁ、その、ごめん。ハルト」

「ごめんにゃちゃ~い♪」

「気を遣わなくていいからね、陽翔くん……」

「最低限の距離を置いて頂ければ……」



 予想だにしない、波乱の幕開けであった。


 えー。キッツ。


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