61. 味方なんて
「よっしゃああああぁぁぁぁっ!!」
「あと1点ッ! あと1点だぞ!」
「絶対逆転できますよッ!」
コート外のサッカー部たちが一斉に沸き上がる。対照的に、試合を見守っていた観客たちのテンションは大いに下がっていた。
気付いたら、説明会に来ていた中学生のみならず、高校の生徒もかなり観に来ている。運動部だろうか。頼む、アイツら黙らせてくれ。うるせえ。
「惜しかったな」
「…………あそこで詰めるのは流石やな」
「馬鹿言うな。なんで痛めてんのに俺より前に入ってくんだよ。反射神経壊れてるだろ……立てるか」
「サンキュ」
林の手を掴み、立ち上がる。
正直、すげえ痛いしなんならもうちょっと横になっていたかったけど。あくまで試合は続けろと。やっぱりお前ら嫌いだわ。クッソ。
運が悪かった、としか言いようがないだろう。少なくとも楠美は、撃たれるタイミングでは既に起き上がっていて。彼女が林の強烈なシュートを防げたかと言えば、それは分からないけれども。
ただ、ひたすらに当たり処が悪かった。もっと早く飛び込んでもボールは身体に当たらなかったし、遅くても意味は無かった。
きっかけは倉畑のミス。しかし、それを責めるにはあまりに酷だ。なら、楠美がシュートを止めてから転ばずに処理していれば、とも言えない。
悪いのは雨だ。このクソみたいな滑りやすい芝生のせいだ。
ただ、それでも。
(…………なにやってんだよ……ッ!)
拳に力も入る。
早い話、俺がボケッと突っ立っていなかったら防げた失点だ。林を見るのは俺の役目だった。後半が始まってから、ずっとそうだっただろう!
形は関係ない。マーカーに得点を許した。
なら、これは俺の責任だ――――
「ごめんなさいっ、わたしが転んじゃったから……っ!」
「……アホ。お前の所為ちゃうわ」
「あそこで転んだ私にも責任があります……すみません。せっかくチャンスが続いていたのに」
「一度止めただけで重文や。俺が、林を止め切れていたら……」
「はいはーいッ! 反省会は試合が終わった後でやろーな!」
割って入ってきたのは、瑞希だった。続いて長瀬も駆け寄ってくる。二人とも露骨に肩で息をしていた。皆、相当の負担が掛かっていることは間違いないだろう。
「わざわざ戻って来なくてもええで」
「ばーか! あたしたちが決め切ってたら、そもそも無かったら失点なんだよ!」
「……ごめん。戻るの遅れちゃった」
「謝んじゃねえ。長瀬の責任だけじゃねえやろ」
「なーんだ。分かってんじゃん?」
えくぼを広げる瑞希。普段と何一つ変わらない笑顔で溢れている。なにも心配は要らないと、仕草一つでその場を掌握した。
「全員悪くないし、全員の責任だよ。だから……さ。切り替えよ。なっ」
「……ええ。誰も悪くないわ。こんなの」
「うん。そう言ってくれるとホッとするよ」
「まだ負けているわけではないですからね」
「長瀬はいい加減決めろって思うけどな!」
「アアンッ!? ここで言うかなァ!?」
分からない。
どういう感情なんだ、こいつらは。
なんで、この状況で。
いつもみたいに笑えるんだよ。
「いつもと一緒だよ。廣瀬くん」
突き上げるように、だいぶ下から聞こえてきた声でハッとさせられる。
「こんな試合だって、フットサル部にとって、大切な一ページだよ。でも、一ページだから」
「……倉畑」
「だって、まだ始まったばっかりだからっ! そうでしょっ!」
見渡せば、いつもと変わらない連中の、可愛らしい顔が並んでいた。
あぁ、そうか。危ない危ない。また忘れるところだった。俺、こういう顔が見たくて、戻って来たんだっけ。
「……必ず突き放すわよ。いいっ、みんなっ!」
5人の掛け声と連動するように、僅かばかりの光がコートを突き刺す。
恵みの雨なんて嘘っぱちだ。
天は、俺たちに味方なんてしなかった。
けれど、構わない。
味方なんて、ここにいる奴らだけで十分だ。
* * * *
「……また持たれ始めたな」
「サッカー部が押せ押せって感じですね……っ」
髪の毛から垂れる水滴など気にも留めず、ベランダの二人は戦況を見守っていた。
失点による精神的ダメージはそれほどでもないように見えたが、やはり動きは重い。陽翔に至っては、走ることすらままならない様子であった。
必然的に、ボールの主導権はサッカー部に渡る。俄然勢いを増した彼らは、最後尾の林を起点にスピーディーな展開でフットサル部を翻弄していく。
「不味いな。ラインが下がり過ぎだ」
「ライン……って、どういうことですか?」
疑問をぶつける有希に、峯岸はコートを見つめたまま静かに語り出す。
「今は完全に、長瀬一人を前に残して三人がゴール前に固まっているだろ」
「はいっ」
「あれじゃシュートは防げても、チャンスにはならない。長瀬でも一人で打開するのは……」
「確かにっ……そうですよね」
なんとかゴール前からボールを掻き出すが、長瀬は林の激しいマークに遭い、すぐにボールを失う。似たような展開が、何度か続いていた。
「ポジションを上げてボールをキープするだけの余裕が欲しいけど……廣瀬がゲームメーカーとして機能しない以上、それも難しいだろうな」
「じゃあ、どうすればいいんですか……っ!?」
「もう残り4分も無いし、このまま守り切るのが一番手堅いけど……」
見つめる先には、もはやゴール前に立ち塞がることしか出来なくなった陽翔。あまりに痛々しいその姿に、峯岸も目を背けたくなる。
「今すぐディフェンスが決壊しても、なにもおかしくはない状況だね」
「……廣瀬さん……っ!」
手を重ねて、祈るようにコートを見つめる有希。釣られるように、峯岸も拳をグッと握り締めた。
彼女もまた、廣瀬陽翔の人生を。
そして、フットサル部の明日を願う、傍観者に過ぎなかった。
どうか。彼らに歓喜のホイッスルを――――
強烈なシュートがネットへ突き刺さり、二人は柵に身を乗り出した。
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