60. こんなんばっか
「あぁっ! もうこんなんばっかっ!!」
長い助走から繰り出された長瀬の一撃は、ゴールポストを直撃した。
それと同時に、コート外から小さくないどよめき。分からんでもない。女子のシュートじゃないもんな。でも、驚くにはまだ早い。
そのまま宙へ浮いたボールに向かって、長瀬と林が競り合う。先に触れられこそしたが、上手く身体をぶつけたことで方向だけは制限することに成功する。
こぼれ球は、そのまま背後にいた俺の足元へ転がってきた。周囲を確認し、落ち着いてトラップ。しようと、した。
(……い、ってぇぇぇぇェェェェッッ!!!!)
もはや踏ん張りが効かないどころの話ではなかった。足を動かすたびに激痛が全身を駆け巡る。切れてはいないけど、あのときと似たような怪我なんだろうな。
痛みと濡れた芝生に足を取られながらも、なんとか左横の倉畑へ。すぐさま瑞希に展開。今度はフットサル部によるハーフコートでのポゼッションが始まる。
もはや走るなんて作業は到底無理で、俺はコート中央に鎮座したまま、ボールを回す。もう疲労困憊だろうに、三人はなんとかパスコースを確保しようと懸命に走り回る。
ゴール前で瑞希がボールを受ける。俺にバックパスする振りをして、後ろ向きでフェイントを仕掛けた。
滑る芝生の所為か、マークに着いていたサッカー部は分かっていてもその動きに着いていけない。
反転してシュートまでもっていくが、ゴレイロに弾かれ、こぼれ球をクリアされる。またもボールはこちらに転がってきた。そのまま撃ってもいい程度の勢いだ。死ぬ覚悟で、いっちょやってやるか。
「やらせっかよ!」
シュートモーションに入ろうとする俺に肩をぶつけてきたのは、林だった。 そのままバランスを崩し、転倒。林は素早く前線の甘栗に展開する。
「クソがッ!!」
なんとか起き上がって帰陣を試みる。
甘栗には長瀬がマークに着くが、なんなら二人の背丈はほとんど差が無い。一対一の勝負は難しいと判断したのか、すぐさま林にボールを戻す。
彼のマークは俺だった。だが身体が着いていかない。寄せようにも、パワーを溜めることすら出来ないのだ。
完全にフリーとなった林は、真横から止めに入った瑞希をワンフェイクで交わしに掛かった。不味い。撃たれ……!
「……違うっ、パスだッ!!」
ここに来て、サッカー部のストロングポイントが発揮される。勝負を諦めたと思った甘栗は、即座に動き直しを始めていた。ホルダーの林に寄り気味だった長瀬は、奴のマークを一瞬だけ緩めていたのだ。
左足から繰り出されたスルーパス。
長瀬の真横を通過し、甘栗の足元へ――――
「アァっ!?」
「うっそ、ナイスくすみんッ!!」
先にボールに触ったのは、ゴレイロの楠美だった。ゴール前から飛び出して、間一髪のところでボールを蹴り出したのである。
思わず抱きしめたいほどの歓喜に打ちひしがれるが、ボールはまだコート内を漂っている。反応したのはまたもキャプテン林。そのままダイレクトで、逆サイドに展開するが。
「おおっ! ナイスカット!」
「すごーい! あっちのチームの女の子、みんな上手いじゃんっ!」
「これはマジで分からねえぞっ!」
倉畑の綺麗なパスカットが決まる。いつぞやの練習で見せてくれた、彼女の得意技……なのかは分からないけれども。
ともかくカウンターのチャンス。倉畑は不器用ながらもドリブルを始め、少し進んだところで瑞希へ。
「瑞希ちゃんっ!」
「あいあいっ!!」
そのまま林と対峙するが、体格差などもろともせず、しっかりキープ。
コート中央。
距離を取って、素早く前を向くと。
「なぁッ!?」
林の間抜けな声と共に、ボールが宙に浮く。歓声が沸き上がる頃には、完全に彼を抜き去ってしまう瑞希。
「上手すぎか馬鹿野郎ッッ!!」
「あたしも目立たせろっっ!!」
ボールを跨いで挟むと、同時に左足のかかとで一気に蹴り上げる。対峙した相手の遥か上空を通過し、立ち位置は完全に入れ替わった。
ヒールリフトと呼ばれる、トリッキーではあるがコツさえ掴めば簡単に出来るフェイントだ。とはいえあれだけしっかりボールを前へ運び、尚且つスピードを落とさないのは極めて難しい。
瑞希の卓越したテクニックだからこそ成せる技だ。俺でもあんな高く上げられねえよ。バケモンかアイツ。
「掛かってこいやぁぁぁぁァァっっ!!!!」
そんな言葉と共に、一気にゴール前まで突き進む。サッカー部たちはなんとか瑞希を止めるべく割って入ろうとするが。
「ううぉおおおおおっ!! あの子メチャクチャ上手えぞ!!」
「なにあれ!? サーカス!?」
「全然取られないじゃんっ!!」
巧みなフェイントで次々と相手を躱しまくる瑞希。それでも段々と右サイドに追いやられてしまうが、ボールを失いそうには見えない。
コートの角まで進んだ彼女は、飛び出してきた相手の足を足裏でヒョイと躱すと、つま先で中央に走り込んでいた長瀬へパス。相手ディフェンスの寄せに遭うが、巧みに身体を反転させ、左足でシュートを放つ!
「ああんもうッッ!!!!」
間一髪のところで、飛び出してきた相手ゴレイロに防がれる。そのまま長瀬に着いていたディフェンスがボールを掻き出した。ロングボールとなり、そのまま倉畑の元へと飛んでいく。
「落ち着け倉畑っ! 前に出せばそれでええっ!」
「任せ――――」
あっ。
「比奈っ!!」
楠美の叫び声と共に、倉畑は芝生に足を取られたのか、その場で転倒する。
油断していたわけではないだろうが、あのような浮いたボールを処理するのは、経験者でも簡単な作業ではない。それも雨で滑りやすいコートとなれば尚更だ。
そのまま転がり続けるボールに、やはり攻め残っていた甘栗が反応した。
不幸中の幸いだったのは、振り続ける雨のせいか、芝生がぐちゃぐちゃになり大きく減速したこと。一向に痛みの引かない身体に鞭をしならせ、奴を追い掛ける。
だが、間に合わない。
右足の強烈なシュートが、楠美を襲った。
「キャっ!」
闘いの場には似つかわしくない、可愛らしい声だった。思わず身体を仰け反らせた彼女だったが、それでも、それでも。
僅かに残っていた右手がボールに当たる。
完璧な、これ以上ないセーブだ!
シュートを撃った勢いか、甘栗もその場で転倒してしまう。
よし、そのままボールを掴み直せ……!
「って、お前もかよっっ!!」
シュートを受けた反動で、やはり楠美も転んでしまった。
転々と転がるボール。誰かがクリアしなければならないが、残る三人は、まだゴールから遠い。
行くしかねえ。絶対に、止める。
反応したのは、またも俺と林。若干の差ではあるが、林の方がボールに近い。ここまで来ては、綺麗に奪い切ろうなんて考えも出てこなかった。
シュートモーションに入る林。
意を決して、身体を横に倒す。
頼む、どこでもいい。
どこかに当たってくれ――――!
歓声が、響いた。
確かに当たった。当たってくれた。けど、そんな都合よく、綺麗に放物線を描かなくてもいいだろ。
左肩に直撃し宙に浮いたボールは、俺は勿論のこと。甘栗と、ようやく起き上がったばかりの楠美の僅か指の先を通過し。
静かにゴールネットを揺らした。
【後半5分44秒 林
フットサル部3-2サッカー部】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます