53. 大切なファクター


【前半0分52秒 長瀬愛莉


フットサル部1-0サッカー部】



「おっしゃああああぁぁぁぁっ! よくやったぜ長瀬ッ!」

「ドフリーなんだからっ、当然っ!」

「すごいすごーいっ! 愛莉ちゃん、さすがっ!」


 満面の笑みでハイタッチを交わす。後方の二人も駆け寄ってきた。


 開始早々の沸く彼女らと対照的に、サッカー部は口を開け、呆気に取られている。なんなら俺も似たような顔をしていた。



(まっ、初見で止められる筈がねえよな)


 サッカー部のキックオフで始まった試合は、1分も経たず動いた。


 ゴール前へのパスをカットした俺が、素早く走り出した右サイドの瑞希にボールを供給。そのまま一気に一人を抜き去り、中央に折り返した先には、エース長瀬。


 相手ディフェンスに身体をぶつけ、シュートモーションに入るや否や、豪快にネットを揺らした。


 この一連の流れ、僅か5秒ほど。

 文字通りのカウンターが炸裂し、フットサル部が先制に成功する。



「なんだよ、あれっ……女子の動きじゃねえぞ!」

「お前っ、なに簡単に抜かれてんだよっ!」

「お前だって、普通に撃たれてんじゃねえよっ!」

「やめろって! まだ始まったばっかりだろッ!」


 コート内のサッカー部が、冷や汗を垂らしながら言い争いを始める。まったく、舐めて掛かって来たものだ。ゴレイロすら用意せずに始めやがって。



「とりあえず、女ばっかってことは忘れようっ! 俺、キーパーやるから!」

「頼むッ! さっさと同点にしねえと、キャプテンブチギレだって!」

「つうか、菊池先輩もうキレてるって……」


 一人がそう呟いた瞬間、コートの外から怒号が飛んだ。


「テメェらなにしてんだよッ! また取られたら次の試合、ベンチ外だからなっ!」

「おい、やめろって……お前らっ、もう少し真面目にやれッ!」


 キャプテンの言葉は甘栗よりもよっぽど優しいが、それ以上に効くだろう。


 分かってないみたいだな。

 真面目にやったところで、あの二人を止められるものか。



「ハルトっ、ナイスカット!」

「馬鹿言うな。カットじゃねえ、目の前に転がって来ただけや」

「おーしっ! この調子でもう一点よ!」


 再び自陣に散らばり、サッカー部のキックオフで再開。


 相変わらずボールは持たれるが、長瀬、瑞希を中心に前線から素早くチェックを仕掛ける。そのおかげでサッカー部は簡単にこちらの陣地までボールを運べない。


 ジリジリと相手のポゼッションラインを下げていく。

 それに連動して、後方の俺と倉畑も前線へ。

 徐々にパスコースは消えて無くなるというわけだ。



「おいっ、なにやってんだよっ! 女くらいサクッと躱せ馬鹿野郎ッ!」


 甘栗の怒号にハッと息を呑んだボールホルダーが、目の前に対峙する倉畑を抜きに掛かる。いくら練習を重ねたとはいえ、男子のスピードには敵わず、簡単に左サイドを突破されてしまった。



「ハルトっ!」


 一気にドリブルで攻め上がる相手に対し、シュートまでは持ち込ませないと俺がカバーへ。


 まぁ、悪くないスピードだ。


 この調子だと出場しているのは全員一年生なのだろうが、流石は強豪サッカー部。全員それなりの技術を持ち合わせた実力者であることに違いはないだろう。


 けど、だからなんだ。

 あのゴールでこちらの実力を見抜けない凡人が、まさか。

 俺に敵うなんぞ、馬鹿にしてくれる。



「あっ!」


 中央に折り返そうとしたところへ、身体を強引に寄せて、ボールを奪い切る。なんてことはない。唯一の男だからって、少し日和ったな。分かりやすい動きだ。



「楠美、そのままリターンだ」

「は、はいっ!」


 ゴール前の楠美にパスを出し、そのまま返させる。

 決して十分な代物ではないが、プレッシャーもほとんど無いおかげか、真っすぐ俺の元へ戻ってきた。



「お前もパス回し参加しろよ。ヤバいと思ったら思いっきり外に蹴れ。ええな」

「わっ、分かりました」


 彼女に近づき、小声でそう伝える。

 次に、自陣まで戻ってきた倉畑にもショートパス。



「そう、いいトラップだ。よし、戻せ」

「はい、どうぞ!」


 リターンを受け取る。

 彼女も悪くない。後ろから相手に迫られても、落ち着いてプレーしている。

 


 このやり取りは大切だ。

 俺以外、全員女子という状況では、どうしたって相手に舐められてしまう。


 ところが、先ほど見せた長瀬のゴール、そして瑞希のドリブル。

 そして、残る二人も冷静にパスを交換できるという、極めて客観的なもの。


 これで連中に「初心者の集まりではない」ということを暗に発信出来る。

 もう軽率にプレッシャーを掛けることも出来ないだろう。



 そして、もう一つ。大切なファクター。



「…………あぁ、ええ景色や」



 自陣中央。マーカーが次第に距離を詰めてきて、時間的な余裕はあまり無い。


 パスを受けようとポジショニングを修正する三人。それに着いていくサッカー部共。次のプレーはどうなるのか。全て、俺次第だった。



「これが、見たかったんだよ」



 堅いテニスコートの人工芝でも、別に構いやしなかった。

 この芝生の上で、俺が絶対的なイチシアチブを握っているという、圧倒的事実。


 現代サッカーにおいて何よりも大切なのは、ボールを持っていないとき。

 所謂、オフザボールの動きだと世間は喧伝して止まない。


 しかし、それは違う。


 所詮、ボールは誰かに導かれなければ、その場から動くことすら出来ない。

 つまりこの瞬間。俺はどう足掻いたってゲームの支配者で。



「このコートの王様ってわけや」



 揺るぎない、絶対的勝者なのだ――――




*     *     *     *




「なんだ、アイツッ!?」

「一気に二人躱したぞッ!?」



 それはそれは、大層なことで。

 おかしい話だ。二人目のマーカーなんて、居たっけなぁ。

 あまりに快適なスペースだったから、気付かなかったわ。



 コート中央をドリブルで一気に突き進む。

 慌てて長瀬に着いていた相手ディフェンスが、距離を詰めてくる。

 勿論、その僅かな隙間すら、逃してやるわけにはいかない。



「長瀬ッ!」

「あいあいっ!」


 右サイドへ展開。ボールを受けた長瀬が、一気にゴールを見据える。

 しかし、そう簡単にはいかない。再びマーカーが長瀬に接近。


 俺は彼女の背後。

 サイドラインを跨ぐように、そのまま追い越す動きを見せる。


 2対1の状況。ここで長瀬が俺にパスを出せば、いとも簡単にクロスを上げられるだろう。そんな未来を予測できない筈がない。相手の視線は、一瞬こちらへ傾く。


 傾かなければ、おかしい。

 そうやって教えられてるんだろ?


 だからダメなんだよ、お前らは。



「……なッ!?」


 長瀬との一瞬のアイコンタクト。


 それだけで全てを悟った彼女は、俺へパスを出すフリ、つまりキックフェイントを噛ます。右足首を捻り、一気にボールをコート中央へ押し出した。


 俺の動きに釣られていた相手は、彼女の動きに着いていくことが出来ない。そしてシュートを撃つには十分すぎるほどの、時間、空間的余裕がそこには生まれた。


 ソイツが声を上げた頃には、長瀬の強烈な左足のシュートが、ゴールマウスを襲う――――!



「あぁっ!」


 しかし、無常にもシュートはポストに直撃。

 利き足で無かった分、僅かに精度を欠いたのか。長瀬は声を漏らした。


 だがフットサル部の攻撃は終わらない。零れ球に反応した瑞希とサッカー部の一人が、我先にへとボールに足を伸ばす。



「貰ったぁぁ!」


 先にボールへ足が届いたのは、瑞希だった。

 そのままボールに片足を乗せ、クルリと半回転。ゴールと相手を背負ったままキープに成功する。


 シュートを警戒した相手は強引に身体を寄せ奪いに掛かるが、彼女には通用しない。後ろに押し出されたと思ったら、そのまま再び身体を回転させ素早く前を向く。左サイド後方の倉畑に展開。


 彼女のすぐ横には、俺に出し抜かれたフリーのディフェンスが残っている。

 ここで奪われたら、ゴレイロの楠美と一対一になってしまうだろう。



(あっ。面白そう)



 まさに一瞬のひらめきだった。


 先ほど、俺に返してくれた倉畑のパス。スピードも正確性も、申し分ない。

 

 なら、出来る。彼女なら。少なくとも、俺なんかよりこの数週間、よっぽど努力してきた彼女なら、出来る。そんな確信があったからこそ、浮かんだアイデアだ。



「倉畑ッッ!!」


 右サイドにそのまま陣取っていた俺は、猛然と相手陣地中央に走り抜ける。瑞希に着いていた奴と、前線に残っていた奴も俺を警戒してこちらへ。


 ボールを受けたところで、二人に囲まれてしまっては俺でも難しい。

 ましてやゴールの前での狭すぎる攻防では、尚更だ。


 しかし、意味は無い。

 お前らとまともにやり合う必要なんぞ、あるわけがない。



 一気に近付いてきた俺と相手ディフェンスに少し驚いたのか。倉畑はそのままダイレクトで俺にパスを出した。それも、それなりのスピードで。


 完璧だ。


 そう、これを待っていた。

 お前なら、こんなパスを出してくれると、信じていた。


 トラップの体勢に入ろうとすると同時に、二人のディフェンスに左右を囲まれる。板挟み状態だ。左に右に動けば長瀬のマーカーがいるし、左に動いてもゴールから遠ざかる。



 なら、簡単な話。

 その場から動かず、ボールだけ運べば良いのだ。



「ハァァァァッッッッ!!??」



 多分、長瀬だと思う。結構なボリュームで、そんな風に叫んでいた。


 転がってきたボールに対し、左足が地面から45度の角度になるよう腰を下ろす。

 すると、綺麗に足の上をボールが通過して、そのまま胸元まで上がってくる。


 後はシンプルな作業だった。


 身体を右斜め後方、マーカーへ預けるよう倒し、動きを制限する。ゆっくりと倒れることで、ボールがそのままの勢いで左肩の辺りまでやってきて。


 そのまま、力強く。

 丁寧に、押し出す。



(わお。カンペキ)



 ボールは宙に浮き、ディフェンスの頭部、すぐ右横を通過した。

 そんなビックリした顔して。なにに驚いている?

 それがどこに行くかは、当然お前なら、お分かりだろう。


 お前が最初にマークしていたのは、誰だ――――



 キーパーの反対を突いた、インサイドで繰り出された正確なシュートがネットを揺らす。



 金澤瑞希、待望のフットサル部初ゴール。


 試合の流れをグッと引き寄せる2点目が、もたらされた。




【前半3分7秒 金澤瑞希


フットサル部2-0サッカー部】


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