激闘!フットサル部VSサッカー部!的な章

52. 一世一代のゲーム


「……感動の再会はその辺りにしてくれないか」


 少しげんなりしているサッカー部キャプテンの一言で、俺たちは我に返る。


 そうだ。試合。すっかり忘れていた。このままハッピーエンドで終わればなんてことない至って普通の喧嘩だったんだけど。


 約束は、約束だ。

 もうひと喧嘩と行こう。



「悪かったな怒鳴って。あとビブス貸してくれね。俺ら持ってないんだわ」

「分かった……形式はどうするんだ」

「……10分ハーフ、休憩は3分だ。審判は……」

「俺たちが出す。おい、お前」


 サッカー部のうち一人を呼び出して、ストップウォッチを持たせる森。他の面々も、ようやくかという感じで身体を動かし始めた。



「……お前らの事情は知らねえけど、負けたらこのコートは諦めろよ」

「そりゃ勿論。お前らもな」

「……ほざいてろ」


 最後の最後まで、自分たちが負ける筈がないという姿勢を崩さないキャプテン。

 まっ、こっちも同じように思っているわけだから、お互い様だ。


 試合に出場するのであろうサッカー部員たちが、輪になってポジションの確認をしている。俺らもそろそろ、真剣に話し合った方が良さそうだな。



「…………おい」

「あ、なに。忙しいんだけど」

「……後悔させてやっからな」


 甘栗野郎の恨み節も、ほとんど耳に入ってこない。あの下りの後でよくもまぁ強気に来られるモノだ。超ビビってた癖に。



「ハルト、ポジションと大まかな作戦なんだけど」

「ん、どうすればいい?」


 長瀬がスマホを取り出して、図面を見せてくる。どうやらシステムと戦術が書いてあるようだ。流石にこれくらいはちゃんと描けるんだろうな。



「ダイヤモンド型の、一番下。フィクソっていうんだけど、知ってるわよね」

「あいよ。守備メインな」

「勿論、前に来てもいいんだからね。琴音ちゃんがゴレイロ。比奈ちゃんとコイツが……」

「んんーー? あたしはーー??」

「…………瑞希が、アラ。サイドのポジションよ。私がピヴォ。所謂FWね」

「あいあいさー♪」


 何だかんだここまで来ればそんな関係にもなるか。これでまた瑞希が喧嘩振ったら逆に笑う。暫くすればまた見れるだろうけど。


 システムは極めてオーソドックス。攻守にバランスが取れた形だ。多少のミスも、俺がカバー出来るようになっている。


 しかし、まぁ、そうか。

 この布陣で来たということは。



「最初から俺が戻ってくるの前提で組んだな」

「エッ!? まっ、まさか、そんなわけないでしょッ!? 私たちだけでも勝つつもりだったし!!」

「まっ、期待しとけ」


 泡を食ったような様子の面々を尻目に、サッカー部から人数分の青いビブスを受け取る。せっかくユニフォーム着てきたのに、隠れるじゃねえか。つまらん。青だから、まぁいいけど。


 コートに入りながら、二人から簡単に戦術面のレクチャーを受ける。



「基本的には、ボールを持たせるわ。向こうが舐めて掛かってきたら、速攻攻め上がるけど」

「あたしが切り崩して、長瀬が受けて、ズドン! これでオッケーね。たまには決めて良いかんさ」

「雑すぎやろ」

「わたしはパス回しと、守備で頑張るから。よろしくね、廣瀬くん」


 まぁ、やることは変わらない。勝つだけだ。


 ビブスの背番号は、長瀬が9番。瑞希が7番。倉畑が4番。楠美が2番となった。

 俺は、余ったからというのもあるけど、10番。


 良い気分だ。懐かしさすら覚える。

 最も、過去の思い出に浸る余裕はない。

 世界一泥臭い10番でも、なんだっていい。



「円陣、組もっか」

「おっ、いいね~! 試合っぽいカンジ!」

「ぽいもなにも、試合ですよ」

「ちょっと緊張しちゃうよねえ」

「心配すな。お前らが練習してきたのはよう知ってるから」

「…………え、知ってるの?」

「あっ……と、とにかく、やっぞほら!」


 とぼけ顔の長瀬を放置して、全員と肩を組む。

 あの雨の日のことは、秘密にしておこう。

 俺には聞かれたくないこともあっただろうし。


 長瀬以外とは身長が釣り合わなすぎるので肩が若干痛い。それも含めて、俺が背負うべきものだ。いや、全員で、か。



「じゃ、長瀬。キャプテンらしく一言頼むわ」

「えっ!? わたし!?」

「一応、部長だろ。仮にも」

「仮じゃなくて、本当に部長よっ! 一応!」

「否定出来てませんよ、それ」


 彼女はそれらしく咳ばらいを挟み、みなを見渡す。顔つきは悪くない。さっきまで泣いていた奴とは思えないほど、いい表情だ。


 全員、間違いなく。

 戦いに挑む戦士のそれだった。



「……フットサル部の記念すべき初陣よ。みんな、準備は良い? もちろんっ、勝つ準備っ!」

「おーっ、バッチシ☆」

「はーい、頑張ろうねえ」

「やれるだけのことは、やってみせます」

「…………勝とうぜ。必ずな」

「行くわよっ! ふぁいとぉぉぉぉーーーーっ!」


 全員の掛け声と、ハイタッチの乾いた音が、不気味なくらい物静かな梅雨空に響き渡る。


 フットサル部の存続を掛けた、俺にとって。いや、俺たちにとって一世一代のゲームが。主審のホイッスルと共に、ついに始まった。




*     *     *     *




「…………なんだ、やっぱり来たんじゃないか」


 新館二階の更衣室。そのベランダから、缶コーヒーを片手に優雅に試合を眺める女性教諭。


 黒髪をポニーテールで纏めたその女性、峯岸綾乃は、不敵な笑みを浮かべ、コートを駆け巡るボール。そして、それ以上に動き回る一人の選手を見つめ続けていた。



「はぁ……何だかんだ、私も一介の教師でしかないってわけな。選手としてのお前より、普通の高校生やってるアイツの方がよっぽど綺麗で、魅力的に見えるよ。廣瀬」


 ため息交じりに微笑を浮かべると、何やら更衣室から大きな音が聞こえてきて、彼女は後ろ髪を引かれつつも背後へ振り返る。


 不審に思いベランダの戸を開け様子を窺うと、見慣れない女子学生がすっ転んでいた。何かに躓いたのか、臀部の辺りをしかめっ面で擦っている。



「アンタ、見ない顔だね。説明会に来たのかい?」

「ひゃっ! あ、はっ、はい! そうですっ! 決して怪しいものではっ!」

「いや、見れば分かるて。なに、校内ツアーでもしてた?」

「はっ、はい! 他の方と一緒に回ってたんですけど、その、フットサル部の試合を、新館の裏でやっていると聞いたものでっ! ここからならコッソリ見れるかな~っと……えと、ごめんなさい……っ」


 素直に頭を下げる女学生に、峯岸は眉を顰めた。

 自分の知る限り、見たところ中学生のこの子に試合の存在を教えるようなメンバーがあのフットサル部にいただろうかと、疑問に思ったのである。



「…………はぁん。アイツ、あんな調子で中学生の彼女なんて作ってるのか」

「いっ、いやいやいやいやッ!? わたしなんかと廣瀬さんとじゃ、全然釣り合いませんよっ! ただ、家庭教師をしてもらってるっていう、それだけの関係でっ!」

「家庭教師? そんなことしてんのかアイツ……へぇー、で、試合のこと教えて貰ったんだ」

「は、はいっ! えと、こっちのベランダから見れますか……じゃなくてっ、だっ、ダメですよね! 普通に考えてっ、ダメですよね! すみませんっ、出直しますっ!」

「あぁ、別にいいよ。教師権限で見逃してやる。その代わり、私も一緒だけど」

「……本当ですかっ! え、でも、あれ、先生?」

「そーそー。ほら、早くおいで。そうしないと……」


 峯岸は、有希の手を強引に引っ張って、ベランダまで連れていく。


 正直なことを言えば、峯岸はだいぶ焦っていた。自身の予測が正しければ。そして彼が。その期待を裏切るような怠慢を見せなければ。


 試合はいとも簡単に動き出す。

 そんな確信があったからだ――――






「まっ、気楽に見てな。私の予想が正しければ……この試合はっ」



 目の覚めるような一撃が、ゴールネットに突き刺さった。



「フットサル部の圧勝さね」


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