40. 本当の姿は
「げっ、マジかよ」
原付のエンジンが掛からない。
雨に濡れたせいか、使い過ぎか。理由は分からずとも、全く動く気配がしないということだけは確かな現実である。
帰り道だからまだ良かったが、行きは坂を上らなければならない。移動手段が無いのは致命的だ。スクールバスは毎朝混みあっているし、歩いて登るのも堪える。
「……修理出すか」
いったいなにが悪かったのだろう。
というか、買ってまだ数ヶ月なんだけどな。
確か、早坂母が使わなくなった父の自転車の引き取り手を探していると言っていた。仕方ない。今日はちょうど家庭教師の日だし、そのついでに貰っていこう。
となると、早坂家へは電車で行くのか。
交通費、勿体な。
そうだ。近くに家電量販店もあるし、買わずに我慢していた新しい音楽プレーヤーでも観に行くか。どうせ、今日も暇だし。
(もう、一週間か)
フットサル部に顔を出さなくなってから、丸10日近く経っていた。
スマートフォンには部員たちから幾らかのメッセージが届いていたが、未だに読んでいない。読む気にもなれない。それがどれだけダサいことか、勿論、頭では理解しているのだけれど。
教室で顔を合わせる長瀬と倉畑も、俺に声を掛けようとしない。視線こそ感じるが、俺から関わる理由も、必要性も無いのだから。結局、この数日は誰とも会話をしていない。
大したことではない。
いつもの、今までの俺に戻っただけだ。
なのに、どうして。
口を開けば、暇、ひま、ヒマ。
ほんの数週間前の話なのに、どうやって時間を潰していたのか、すっかり思い出せなくなっていた。
スクールバスの混雑を嫌い、市営バスに乗り込んでおよそ10分。最寄り駅へ。
相変わらず、スーパーとドーナツ屋以外に暇つぶしが何もない。大学が近くにあるので飲み屋は多いが、俺には何の関係もない存在である。
早坂家は、倉畑と出掛けた上大塚駅から歩いて数分のところにある。正直、今となってはそのことも思い出したくない記憶だった。
あの頃の、ひたすらに浮かれていた馬鹿な自分を思い返すのも腹立たしい。
(飯、買っとくか)
駅ナカのコンビニは、同じ制服を着た高校生でごった返している。
一人でいるのが俺だけというわけでもないけれど、この疎外感はなんだ。いつも通り。昔から、何も変わらないのに。俺が感じているこの苛立ちは、いったいどこから。
おにぎり二つを手に取りレジに並ぶ。
ふと、雑誌コーナーの一冊が目に入った。
普段なら、関心を寄越す間もなく視界から消える、なんてことないものである。だが表紙の一文がどうしても他人事には思えなくて、つい手に取ってしまう。
結局、ご飯と共に購入してしまった。グラビアも載ってるし、あまり読んでいるところは見られたくないけど、この際なんでもよかった。
快特電車がやって来て、学校帰りの学生たちと共に忙しく乗り込む。幸いにも、席は空いていた。重くもない荷物を足元にドカンと置き、買った週刊誌を開く。
無論、関心があるのは若い女性のグラビアではない。目次から、目当てのページを探し出す。
『天才サッカー少年 U-17ワールドカップベストイレブン`H`はどこへ? 期待の逸材、本当の姿は`手の付けられない悪童`』
『サッカー界が、落胆の声に包まれている。
10代でのプロデビューが珍しく無くなってきた日本サッカーにおいて、一際大きな期待を寄せられていた元セレゾン大阪ユース、H選手が、チームを退団したことが先日、関係者の調べで分かった。
H選手は幼少期から、卓越したスキルを持つ天才サッカー少年として関西ではその名を知られた存在であり、9歳で加入したセレゾン大阪(以下S大阪)で順調に成長。
年代別のカテゴリーをほとんど飛び級で卒業し、2年前、イングランドで開催されたU-17ワールドカップではチーム最年少の14歳5か月で選出され、攻撃の中心選手としてプレー。
4ゴール6アシストの活躍で、代表チームを大会ベスト4に導き、自身も大会ベストイレブンとブロンズシューズ賞、アシスト王を獲得するなど、才能をいかんなく発揮した。
大会後、S大阪のユースチームに昇格し、ユース大会でも活躍を見せるなど将来を期待された逸材は、高校入学と同時にトップチームへの二種登録が決定(下部組織の選手でありながら、トップチームのメンバーに登録されること)。
その夏のクラブユース選手権を最後に、プロへ活躍の場を移すと見られていた。
しかし、昇格を間近に控えたクラブユース選手権のガンズ大阪ユース戦で、危険なタックルを食らい負傷退場。
以降、ユースの試合やトップチームのトレーニングに一度も顔を出すことなく、今年の3月を持ってユースの選手リストから除名されている。
重度の怪我が彼の選手生命を棒に振ってしまった……と考えてしまうが、どうやら、負傷自体はそれほど深刻なものではなかったことが現在の調べで分かっている。
では、何故H選手はS大阪を退団することとなってしまったのか?
その理由は、実に意外なものであった。
ユース時代にHの指導に当たった関係者は、事の顛末をこのように話している。
「Hは技術的には素晴らしいものを持っていましたが、とにかく自己中心的で、勝利のためにはチームが協力して戦うことが大切だと説いても、彼は「俺が5点でも10点でも取れば勝てるだろう」とまったく相手にしませんでしたね。それで、本当に試合に勝ってしまうのだから困ったものでした」
「チームメイトに過度な要求をし、上手く行かないとその選手を罵倒するなど、性格的にはかなり難がありました。コーチの言うこともほとんど聞かないし、作戦を与えても「もっとやり方がある」と異なった戦術を勝手にチームメイトに要求したりしていましたね」
「それが、大きな怪我をして今まで通りのプレーが出来なくなると、彼の尊大な態度ばかりがクローズアップされるようになりました。チームメイト、首脳陣、サポーター……彼の味方は全く居ませんでしたね」
「そしてHは自身を取り巻く環境に不満を抱いて、クラブを退団することとなりました。トップチームの首脳陣、特に監督は彼を引き留めましたが、意志は強かったようです。もっとも、ユースの選手たちが「Hが居なくなって清々した」と話していた辺り、プロでもやっていけるかは疑問でしたが……」
いくら天才サッカー少年といえど、やはりサッカーはチームスポーツ。
それを理解できなければ、どれだけ優れている選手でも、生き残ることは難しいということか。
上記の関係者によると、H選手はチームメートとの暴行沙汰も頻繁に起こしており、何度か厳重注意をしたそうだが、最後まで暴力癖は直らなかったようだ。
現在、H選手は地元の関西を離れ、他県で生活しているようだが、他のクラブや高校のサッカー部に入団したとの情報は無く、完全にサッカーと縁を切っている様子である。
世界が惚れ込んだ天才のプレーを、もう一度見てみたいところだが……どうやら、その望みが叶うことは無さそうだ。
彼の名前がワイドショーではなく、再びスポーツ紙でしきりに叫ばれるような未来を切に願いたいところである。』
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