26. んなもんねーよっ


「……今日も雨ね」

「だねー。どーしよっか」

「この感じだと、夜まで止まないかなあ」

「では帰りましょう。ねぇ比奈、そうしましょう」

「お前は帰りたがり過ぎだろ……」


 一人だけ猛烈に練習を拒否している奴がいるが、この際どうしようもない。



 朝は快晴と言っても良いほど良く晴れた。なのに午後から降りますなんて予測など誰一人耳にしていなかったから、怠さも倍増である。


 例年より雨の少ない梅雨。なんてテレビの記憶を呼び起こしては、ガラス越しの雨と対面する。


 窓ガラスの奥のテニスコートには、水たまりが出来ていた。これでは練習など不可能である。

 ただただ、新館のソファーの座り心地を堪能するのみ。はぁ、柔らか。ウチもソファー置こうかな。でもスペース無いし、うーん。



「こんなんだし、今日は解散するか」

「つまんないよハルぅー! じゃあ、どっか遊びにいこっ! ゲーセンとかカラオケとかさっ!」

「こんな天気で市街地出るつもり? 」

「いや、別に長瀬は来なくていいし」

「アァっ!? なんで私はダメなのよっ!」

「お、落ち着いて愛莉ちゃんっ! 廣瀬くんも止めてよお!」


 腕をグルグルとブン回し今にも金澤に突撃してきそうな長瀬を、必死に倉畑が止めていた。


 本人達には悪いが、結構面白い構図だった。

 なにそのグルグル。ギャグ漫画かよ。



 その様子をケラケラと乾いた笑みで笑い飛ばす、やたら派手な髪色をした女。金澤瑞希が、俺の隣で楽しそうに突っ立っている。

 近付くと20㎝ほどの身長差が更に浮き出て、俺はコイツのつむじの辺りを眺めざるを得ない。


 そんな奴のおかげかは分からないが、フットサル部(仮)は寄せ集めの割にもうグループ化していた。

 楠美でさえ、何の疑いもなく呼ばれたら着いて来るのだ。人脈というものは素晴らしい。


 俺とか長瀬とは違う。いやホント。

 一割でいいからコミュ力分けて欲しい。



「んー、しかし困った。こんな大雨だと遊びに行くのも怠いし、かといって家に帰ってもすることが無い。しかつもんだいってやつだな」

「提出課題がどうとか言ってなかったお前」

「あぁっ? んなもんねーよっ、多分っ!」


 課題の存在をも焼却させるポジティブシンキング。

 これはいらんな。うん。



「ヘーキヘーキ。どーせ卒業は出来るし。ていうかハル、お前じゃないだろ?」

「こんにちは瑞希さん」

「会話する気サラッサラねーなコイツぅ」


 上手いこと受け流したところで。


 しかし、本当にどうしたものか。

 練習も出来ない、かといってやることも無いし。



「あのさ。昨日、職員室に行っていろいろ話したんだけど。やっぱ顧問やってくれる人探さないと駄目っぽいんだよね」

「結局そうなるよなー。ていうか、もう同好会スタイルでいーんじゃない? 人は集まったんだしさ」

「……嫌よ。私、ちゃんと部活がやりたいもん」

「ふーん。あ、じゃあこうしよっか」


 ソファーから立ち上がった金澤。

 ポンと右手を叩いてこう言い出す。



「全員で手分けして、いかにも暇そうなセンセー探すんだよ。で、こう言う訳だ。「お前、暇だろ! 顧問やれよ。おおん?」……ってね!」

「つまり、手あたり次第ってことですね」

「そーともゆー」

「なにもしないよりは、良いかもね」


 素直に倉畑と楠美も賛同する。雨で家に帰るのも面倒な手前、やることがあった方が彼女たちも気楽なのだろう。



「じゃ、探そっか。職員室より準備室当たった方がいいかもね」

「おーしっ! くすみんと比奈ちゃんは1階で、あたしとハルは2階、長瀬は3階ね」

「はぁーっ!? なんで私が一人なのよっ!」

「え、だって長瀬と一緒だと拗れそうだし」

「そうだとしても、なんでハルトも一緒なのって聞いてるのッ!」

「愛だよ、愛っ! なっ! ハルっ!」

「ちょっ……なにしてんの!?」


 そんな風に言い放つや否や、金澤は俺の右腕をぎゅっと掴んでくる。

 いや、お前、俺からも言わせろ。なにしてん。



「あたしハルのことそんな知らんからさ。交流しないと、な~?」

「わっ、私だって大して変わらないんだからっ! 私も一緒に行く!」

「あ、それちょっとズルいかも。わたしも廣瀬くんに着いていこうかな」

「比奈が行くなら私も」


 えぇ。グループ分けした意味は。




*     *     *     *




「…………もうっ、これで何人目よっ!」

「なーんかなー。みんな暇してるのにねー」


 準備室の扉を閉じ切る前に、長瀬はそう愚痴垂れた。聞こえるぞ。


 昨日、長瀬の前の担任が言っていたことは外れてもいなかったようで。

 なかなか「顧問になれ」と言っても首を縦に振る教師はいなかった。


 しかし、金澤の言葉に表されるように、既に他の部の顧問をしている教師も、それほど多くない。なのに、この惨状である。



「みんなフットサルってよく分からないから、簡単には良いって言えないんじゃないかなあ」

「それは……そうだけど」


 倉畑の疑念はもっともなのだが、職員室での出来事を見ていた俺にはそれすらも疑問であった。


 どいつもコイツも「フットサル部」の名前を出した途端、口を紡ぐのである。部活を新しく作ることよりもそれがフットサル部であることに、何か思うことがあるというか。


 やはり、俺たちが知らない複雑な事情に阻まれているような。そんな気がしてならない。



「くすみんはー? 暇そうなセンセー知らない?」

「そう言われましても……あぁ、でも、あの方は暇そうですね」

「もしかして、峯岸ちゃんのこと言ってる?」


 風紀委員コンビにはピンと来る教師が一人いるらしい。何回でも言うけど、なんで金澤が風紀委員なんだよ。不信任決議取るぞ。



「峯岸って数学の?」

「そーそー。うちらの顧問なんだけど、会議とかほとんど顔出さないんよ」


 長瀬も覚えはあるようだ。俺らのクラスも担当している教師。の筈。どんな奴だったかは覚えていないが。



「確かに峯岸先生、思い付きで小テストだけして終わりとかよくするよねえ」

「ほーん。そんな適当な奴なんか」

「うんうん。教師としてのソシツを疑うよ。適当なのは良くないねっ!」

「どの口が言うとんねんお前」


 だがそんな適当な態度の教師なら、むしろフットサル部にとってはちょうど良いかもしれない。


 どうせ部活の主導権は長瀬か金澤にあるわけで。お飾りになってくれるならそれはそれで構わないし。



「峯岸先生って言ったら……どこにいるの? 授業以外で見たこと無いんだけど、あの人」

「準備室じゃないかな? 行ったことあるけど、4階の端っこにあるから全然目立たないんだよね」

「最後の頼みの綱ってわけか。じゃあ――――」

「それには及ばんよ、少年少女共っ!」



 ……………………



「いかにも。私こそ噂のスーパー教師こと、峯岸綾乃ミネギシアヤノだ」

「んな話はしてねえ」


 思いっきり後ろに立っていたのは、スラっとした背の高い女性教師だった。


 青み掛かった黒髪をポニーテールで纏めたそいつは、俺が想定していたよりかなり若い。20代半ばと言ったところか。にしてはどことなく、年寄り臭さを感じさせるダサいシャツだが。



「いやぁ、帰ろうとしたら私の話してるのが聞こえたからなにかなぁーっと。で、なに、悪口?」

「当たらずとも遠からず、といったところです」

「かぁー! 相変わらず厳しいな楠美。で、ん、なにこの面子。なんか、凄いな」


 グルっと俺達を見渡す峯岸教諭。

 凄い、とはどういう。



「かわいこちゃんに問題児、模範生徒に秀才、山嵜の各部門ナンバーワンが見事に集まってんじゃねーか。お前は知らんけど。つうか誰?」

「仮にも生徒に言う台詞かよ……」

「まぁまぁ、そう怒んなって。なに、お前のハーレムかなんかなん?」

「はっ、ハーレムじゃないですっ!! フットサル部ですっ!」

「まだ部じゃねーけどなっ! いえすっ!」


 長瀬の赤面混じりな否定と金澤の謎ピースに、峯岸教諭は目を丸くして、暫く言葉を失っていた。


 そりゃまぁ、ツッコミどころは沢山あるよ。


 女子ばっかじゃん、フットサルじゃん。

 あと一人だけ男着いて来てるじゃん。

 なにこれ、と。


 俺も処理し切れてねえんだからこうもなるわ。



「……へー。金澤が趣味でやってるのは知ってたけど、お前らも?」

「わたしと琴音ちゃんは初心者なんです。廣瀬くんに誘われて」

「…………廣瀬?」



 彼女は言葉を止めて、俺のことをジッと見つめている。なんだよ。教師とは言え、美人に凝視されて平気扱くほど肝座ってねえぞ。



「……お前、名前は?」

「廣瀬陽翔っすけど」

「廣瀬…………廣瀬、陽翔?」


 教諭は、俺の名前を何度も小声で呟き、なにやら考え込んでしまう。



 嫌な予感がした。


 もし仮に、俺の名前に覚えがあるのだとすれば。それは、この学校でロクに授業に出ない問題児としての顔ではなく――――



「廣瀬……廣瀬ハルト……」


「…………U-17代表の、廣瀬陽翔……?」



 次の瞬間、彼女の腕を引っ張り、廊下を駆け出す。


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