第275話 奇妙な誘拐劇

「……はぁ……はぁ」


 宿を飛び出したはいいが……かなり俺はキツかった。


 なにせ、常時レディームの魔法がかかった状態なのである。いつもの訓練でもこんな長時間レディームの魔法をかけられた状態でいることはなかった。


「ちょっと……アスト、大丈夫?」


 メルが心配そうに訊ねる。


「え、えぇ……ちょっと、疲れているだけですから」


「……それにしても、疲れ過ぎじゃない? 何か……隠してない?」


 メルは鋭い目つきで俺を見る。俺は首を大きく横にふる。


「そ……そんなことないですって! いつも通りですよ!」


 無理に元気にしてみせるが……メルはどう見ても怪訝そうな表情である。


 しかし、ここでメルにレディームの魔法がかかっている状態であることを悟られてしまうと……おそらく、ここでミラを捜索するのを打ち切ってしまうと思うのだ。


 無論、今の俺の状態がレディームをかけられたことによるものではないかもしれないが……あまりメルには色々と察知されないようすべきだと俺自身の本能が言っているのである。


「……とにかく、さっさと情報を集めて、その洞窟とやらに行くわよ」


 そう言って俺達は別行動していた。リアとサキ、そして、俺とメルである。俺とメルは酒場に来ていた。


 そこには昼間だというのに、数名の魔族や魔物が集まっていた。


「ちょっと、そこのアンタ」


 ぶしつけにメルが近くのリザードマンに話しかける。


「ん? なんだい、嬢ちゃん」


「ゴブリンが人を攫うことってあるの?」


「ちょ、ちょっと! メル……!」


 あまりにもいきなりの質問にリザードマンは唖然とし、俺は慌ててしまったが、メルは本気の表情で聞いているようだった。


「……ふっ……あっはっは!」


 と、不意にリザードマンがいきなり大笑いを始めた。


「……何かおかしいことを聞いたかしら?」


 少し怒り気味に、メルはリザードマンに訊ねる。しかし、リザードマンは首を横にふる。


「いや……おかしいも何も、あまりにも出来の悪い冗談だったから笑っちまったんだよ」


「冗談? 私は別に冗談のつもりで聞いたわけじゃないんだけど」


 メルがイライラしているのに気付いたのか、リザードマンは真剣な顔になる。


「あ、あぁ、すまん……俺の知る限りでは答えはNOだな」


「つまり、この街のゴブリンは人を攫ったりしないのね」


「あぁ。むしろ、アイツらは臆病な種族だからな。頼まれたって人攫いなんてやりたくないんじゃないか?」


「……そう。ありがとう」


 そう言ってメルは去っていく。俺はリザードマンに小さくお辞儀をしてから、店を出るメルを追いかける。


「メル! なんであんなこと聞いたんです?」


「……最初から、おかしいと思っていたからよ」


 そう言ってメルは鋭い視線で俺のことを見る。


「あのミラが、簡単に誘拐されるなんてあり得ない。そもそも、サキの話ではこの世界の魔物は、私達の世界の魔物と違って好戦的じゃない……それなのに、ミラはゴブリンに誘拐されたっていう……そんなのおかしいでしょ」


「それは……そうかもしれませんが」


「それに――」


 そして、メルはずいと、いきなり俺の近くに体を寄せてきた。俺は思わず身を引いてしまう。


「それに……どうして誘拐されたミラだけが使えるレディームの魔法が、アストにかけられているのかしら?」


 ……どうやら、メルに隠し事なんてことは、最初から出来ないことであったようであった。

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