第269話 修行か、実験か

「じゃあ、さっそく始めようか」


 次の日。俺とミラ、そして、メルは昨日、俺とミラが来た場所に再び戻ってきていた。


 早速今日からレディームの魔法に耐えられる身体を作るための修行が始まるのである。


「メル。いいよね?」


 と、ミラが確認するかのようにメルにそう訊ねる。


「……ダメって言ってもやるでしょ。アンタは」


「まぁ、そうだけどね。じゃ、始めようか」


 そう言ってミラが俺に杖の先を向ける。そして、その直後に、昨日感じた重い感じが俺の身体全体を包む。


 昨日と同じ感じで、体全体がまるで鉄の塊になったようだ。指先一つ動かすのでさえかなりキツい。


「ちょ、ちょっと……アスト、大丈夫なの?」


 心配そうにそう言うメル。俺はなんとかメルの方に顔を向けながら笑顔を必死に作る。


「え、えぇ……大丈夫です。なんとか……」


「どう見ても大丈夫そうじゃないけど……それで、これからどうするの?」


 メルがそう訊ねると、ミラは特に表情を変えずに先を続ける。


「アスト君。さっそく、歩けるように頑張ってみてくれる?」


 無茶な話だと思ったが、俺はなんとか足に力を入れる。足に力を入れると、そこから激痛が走る。


 しかし、かといって、ここで終わるわけには行かない。俺はそのまま足を動かすことだけにすべての意識を傾ける。


「よし。そのまま岩に向かってみて」


 ミラの言う通りに、俺は岩の方に向かっていく。昨日よりはなんとなくだが、歩きやすいような気がした。


 そして、岩まで長い時間をかけて俺はたどり着いた。


「じゃあ、剣を抜いてみて」


 ミラに言われるままに俺は剣を抜く。そして、それを握りしめ、岩に向かって振り下ろす。


 カン、という情けない音が響く。岩を真っ二つにするどころか、傷をつけることさえできない。


 そして、その情けない音を聞くと同時に、俺はその場に倒れてしまった。


「アスト! 大丈夫!?」


 慌ててメルが近づいてきて、俺に回復魔法を施す。


「え、えぇ……大丈夫です。身体の力が抜けちゃっただけで……あはは……」


「……ねぇ、ホントにこんなんで強くなれるわけ?」


 メルが信じられないという顔でミラを見る。しかし、ミラはなにか考え込んでいる様子だった。


「……ちょっと! ミラ!」


「え? あぁ、ごめん……うん。今日はもういいんじゃないかな。また、明日、やってみよう」


 そう言うとミラは一人でそのまま去っていってしまった。


「あの子……アストのこと、自分の魔法の実験台か何かと勘違いしているんじゃないの?」


 メルが忌々しげな顔でそう言う。


「あはは……そんなことないと思いますよ……?」


 自分ではそう言ってみたが……果たしてそうなのだろうか?


 もしかすると、もう俺が強さを取り戻すことなんてできなくて、だからこそ、ミラは俺を自分の魔法の実験台として最後に利用して終わりにしようとしているのではないか?


 ……いやいや、そんなことあり得ないだろう。


「……あり得ない、ですよね」


 そう自分にだけ聞こえるように言って、俺は自分のそんな疑念を振り払ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る