第175話 するべきではなかった話

 しばらくの間、その場が静まり返った。俺も自分で言ってしまってから……少し後悔した。


 今ここで言うべきことであったのだろうか……いや、おそらくいつかは言わなくてはいけないことであったのだ。だとすれば、今、それを言ってしまったほうが良かったのかもしれないと思った。


「……えっと、つまり、それって……アスト君の前のパーティの仲間だった人……ってこと?」


 ミラがそう訊ねてくる。予想以上にミラは既に俺が隠していることに気付いている……というより、腕輪の力が開放されてしまった時の俺を見て、そう理解したのだろう。


「……えぇ、そうです。正確には人達、でしょうか」


「人達……つまり、複数ってことね」


「そうですね。おそらく、二人で協力して行っていることでしょうから」


 俺がそう言うとミラはしばらく黙っている。メルもサキも不安そうに俺とミラのことを見ている。


「……もしかして、そのうちの一人が……ルミスって人なの?」


 ……なるほど。どうやら、ミラはやはり最初からあの場所にいたようだ。おそらく「ステルス」の魔法で隠れていたのだろう。


 俺はしばらくミラのことを見ていた。といっても……これ以上は隠すことはできないだろう。


「……えぇ、ルミスは……俺のかつてのパーティのヒーラーでした」


「……ルミスですか!?」


 と、いきなりサキがいきなり大きな声をあげて立ち上がった。


「な、何よ……アンタ、いきなりどうしたの?」


「それ……マジの話なんですか? 間違いありませんか?」


 サキが尋常でない程に驚いている。俺も予想外の反応に戸惑ってしまった。


「え、えぇ……本当の話ですけど……」


「そ、そうですか……いや、まぁ、同名という可能性もありますよね……あはは……すいません。驚きすぎちゃって……」


 落ち着きを取り戻したのか、サキは座り直す。


「……で、なんでそんな急に驚いたの? っていうか、誰と勘違いしたわけ?」


「あー……えっと、皆さんはあまり遠出とかしないんでしたっけ……知りませんか? ルミス教の話」


「ルミス教……何それ?」


 と、サキはなぜか周囲を見回したあとで小声で俺達に話す。


「……ここ数年で力をつけてきた教団なんですけど、教主は自分のことを、その……女神と名乗っているそうなんですよね……まぁ、私はサキュバスなんで信じてないですけど……」


「女神……」


 サキの話を聞いて驚いたのはミラだった。俺もその話を聞いて驚く。


 ルミスが……教団。俺の知っているルミスは……教団を作って人の上に立てるような感じではなかった。むしろ、そういうことをしそうなのは――


「アスト君!」


 考え込んでいると、ミラの声で俺は我に帰った。


「え……あ、あぁ……すいません……」


「……あのカイって人、女神ルミスって言ってたよね? それって……どう考えてもその人と同一人物じゃない? つまり、アスト君の前のパーティの仲間がその女神を騙る人物で……異世界から人間を転生させているんじゃないの?」


 ミラがいつになく真剣な顔だった。それはむしろ、俺のことを心配しているかのような……そんな表情にも思える。


「……そうですね。ですが……サキの言う通り、同名の人物という可能性もあります。今ここではなんとも言い切れません」


「じゃあ! アスト君のあの豹変ぶりはなんだったわけ!? 君はウチのことを――」


「ミラ」


 と、問い詰めるミラを、メルが制止する。


「……メル。なぜ止めるのですか?」


「見なさいよ。アスト……すごく辛そうな顔してるよ」


 メルに言われて気付いたが、確かに表情に力が勝手に籠もっているのに気づく。


「……すまない。アスト君」


「……いえ。悪いのは俺の方です。やはり……この話はするべきではありませんでした」


 俺は席から立ち上がる。ミラは悲しそうな顔で俺のことを見ていたが……止めようとはしなかった。


「……アスト!」


 と、店から出ていこうとする俺にメルが呼び止める。


「……明日も、集会所に来なさいよ。いいわね?」


 俺は振り返ってメルに微笑みかける。その行為がとてもズルいことだと俺は理解していた。


 サキの話を聞いた以上……俺はもうこのパーティにはいられない。確認しなければならない、かつての俺のパーティメンバーが一体何をしているのかを。


 そして、その確認の作業に……俺の仲間たちを巻き込むわけにはいかないのだから。

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