第174話 憂鬱な祝勝

「あ~……では! 全員帰ってこられたことを祝って、乾杯!」


 と、街の酒場で元気にそう言うのは、サキだった。それ以外のメンバーはどことなくテンションが低い。


 リアは明らかに落ち込んでいるし、ミラは時折俺のことを見たあとですぐに視線を反らす……何かを考え込んでいるようにも見えた。


「……っていうか、なんでアンタが音頭とっているわけ?」


 そして、不機嫌そうな表情のメルが、サキにそう言った。


「え? あ、あはは……まぁ、私も一応このパーティの準メンバーということで……」


 苦笑いをして俺に助けを求めるように視線を移してくるサキ。


「あはは……サキがいなければ今回、カイがインキュバスではないという可能性にたどり着けなかったわけですし……お手柄じゃないですか?」


 俺がそう言うとあまり納得できなそうだったが、メルも小さく頷いた。


「……そういえば、サキ。どうしてロエメスの街のこと、知っていたんですか?」


「え!? あ……そ、それは……」


 俺は急にそれを思い出してしまった。サキは気まずそうに俺から視線を反らす。


「え、えっと……あの街って、美女が多い街ってことで有名なんですよ。それで、インキュバスがよくターゲットにするんですが……私達サキュバスにとっても、その……身を隠しやすいというか……ほら! 美女が多いと誰がサキュバスかわからないじゃないですか」


「……つまり、人間のフリをするのが簡単な街ってことで有名なのね」


 メルにそう言われるとサキは申し訳無さそうに俯きながら小さく頷いた。まぁ、結局、ロエメスの街も無事に元に戻ったわけなのだが。


「……すまない。やはり私は……今日は先に帰るよ」


 と、急に立ち上がったのは、リアだった。


「え……リア、どうしたんです?」


「……すまない。でも……今は少し一人で考えたいんだ」


 そう言ってリアはそのまま店の外に出ていってしまった。


「……こういう時は追わなくていいのよ。少し……一人にさせてあげるべきかも」


 メルが少し悲しそうにリアの背中を見てそう言う。俺も同意見だった。


「……ねぇ、サキ。今の情報って、有名な話なのかな?」


 と、ずっと黙っていると思った矢先、ミラが急にそんなことを言ってきた。


「え? あー……どうでしょう? そりゃあ、サキュバスなら知っているかもしれないですけど……そんなに有名な街じゃないですから……」


 サキのその言葉にしばらくミラは黙っている。俺とメルは思わず顔を見合わせてしまった。


「あー……ま、まぁ、今はせっかく皆無事に戻れてきたんですし……楽しくやりませんか?」


 俺がそう言うとミラは俺のことをジッと見る。どうやらミラはやはり納得いっていないらしい。


 ミラが見ていたであろう。俺の「本当の」力……そして、殺気に便感なミラはきっとあの時感じ取ったはずだ。


 俺が……自分を殺そうとしているということを。


「……ねぇ、アスト君」


 と、ミラが再度俺に話しかけてくる。


「はい……なんですか?」


「色々聞きたいことがあるんだけど……ウチがずっと気になっていることがあるんだ」


「……気になっていること、ですか?」


「……あのカイって人……彼はインキュバスじゃなかった。でも……人間でもなかった。それなのに彼は、大勢の女性を自分の城につれてきていた……おまけに彼は化け物に変化するとき、自分が化け物になるだなんて予想もしていないようだった……」


 そして、ミラは今一度俺のことをまっすぐに見つめる。


「つまり、彼は……何者かに化け物にされたということだ。いや……正確には、自分が化け物であることを自覚させない状態で彼を放ち、彼に美女が多い街の存在をお教えた。彼がどう行動するかわかっていたから……彼が言っていた異世界から来たという言葉……あり得ない話だと思うけど、ウチにはどうにもそうとしか思えない……」


 ミラはそこまで言ってから黙る。メルもサキも不安そうにミラのことを見ている。


「……ミラは、どう思っているんです?」


 俺が訊ねるとミラは一瞬戸惑ったが、それから言葉を続ける。


「彼は……本当に元々は異世界の人間で……こっちの世界で化け物として転生させられたんじゃないか、って……でも、そんなことをできる人間がこの世界にいるのか……それが気になっているんだ。それで、アスト君に一つ聞きたいんだ」


 ミラはとても不安そうな顔で俺のことを見てくる。俺は……あえて笑顔でそれに対応する。


「えぇ……何でも聞いて下さい」


「……果たしてそんなことができる人間が……この世界にいると思う?」


 ミラがそう聞いてからしばらく間、俺は黙っていた。そして、手近にあった杯を一気に口の中に流し込み、ミラのことを見る。


「えぇ。います。そもそも、俺は……それができる人間を知っていますから」

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