第116話 迷うことなく

「……つまり、俺はこのどちらかのコーヒーを飲まねばならないということですか?」


 ヤトは無表情のままで小さく頷く。となりのミラは明らかに落ち着かない様子だった。


「はい。どちらかには毒が、どちらかには何も入っておりません。そして、どちらかは私が、どちらかはミラが淹れたコーヒーです」


 ……どちらかって、どう考えても先程ミラが砂糖を入れたのがミラが淹れたコーヒーなのだろうが……


「そして、ミラには、もし、アスト様が、お前が淹れた毒入りコーヒーを選ばなければ殺す、と言っております」


 それを聞いて、ミラはビクリと反応する。俺も今一度コーヒーを見てしまう。


「……それは……本気ですか?」


「はい。私は言ったことは実行する女ですから」


 ヤトは明らかに本気だ。それは、となりのミラの反応で理解できる。


「……そうですか。では……話は簡単ですね」


 俺は今一度二つのコーヒーを見る。


「アスト様。わかっていると思いますが、私の妹は狂っています」


 と、俺は今一度ヤトの方を見てしまう。


「一族の掟を破り、対象でないものを暗殺し、しかも、暗殺者をやめ、魔法使いとしてなった後も、卑怯な真似を繰り返してきました。それは、知っていますよね?」


 ヤトは淡々とそう言う。ミラは黙ったままで俺のことを見ている。


「……ええ。本人から聞いていますから」


「でしたら、話は早い。すでにアスト様も、ミラに殺されかけたことがあるのでは?」


 そう言われて俺は一度ミラを見る。ミラは少し恥ずかしそうにしながら、俺のことを見る。


「……ええ。あります」


「そうでしょうね。先程、この子が何をしたか覚えていますよね?」


「……はい。俺のために砂糖を入れてくれました」


「砂糖? 本当に砂糖でしょうか?」


 ミラは黙ったままだった。俺も……どういうこと理解できた。


 確かに、ミラがコーヒーに淹れた粉末は、レイリアに飲ませた粉末に良く似ていた。


「さぁ? どうしますか? 私の妹は我が身が一番可愛い性格です。私に殺されたくない一心でコーヒーに毒を入れました。しかし、もし、アナタが妹が淹れたコーヒーを選択しなければ、妹は殺されます。ですが、もし、妹が淹れたコーヒーを飲めば、アスト様は――」


 ヤトが言い終わる前に、俺は右側のコーヒーを手に取り、そのまま一気に飲み干す。


「アスト君……」


 唖然とするミラの声が聞こえてくる。俺はコーヒーを飲み干し、今一度ヤトのことを見る。


「……確かに、ミラには危険な部分があります」


 そして、カップを置く。ヤトは、先程とは違い、目を丸くして俺を見ていた。


「ですが……ミラは俺の仲間です。俺は仲間を信じていますから」


 コーヒーは……思いの外、美味かった。苦味も感じず丁度いい感じだ。


「……お前にはもったいない程の仲間を手に入れたようですね。ミラ」


 ヤトは無表情のままヤトを見る。ミラは……普段とは違い、嬉しそうに微笑んでいたのだった。

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