第144話

 砂をかく。

 一心不乱に少女は積もった砂を小さな両手で掻き分ける。きっとまだ何とかなるはずだと思っている。

 

「団長……!」

 

 彼女が身に纏うパワードスーツの能力は失われてしまっていると言うのに。

 小さな手で、少女の力で。

 砂城の残骸を退け、大人の男を引きずり出すのは困難な事だ。

 

「君」

 

 どうした。

 気がついているはずだ。可能性は既に見えているのだ。

 アーキルは呼びかけて、ためらった。

 僅かに上げかけた右腕が中途半端に止まる。

 

「マルコ団長」

 

 もし。

 もし、『牙』の機能が当然のように働いているのなら、マルコは砂の中から立ち上がり現れるだろう。

 だがこの数分間、砂の山の中から誰かが現れる気配はない。

 伸ばしかけの手を下ろして砂山へとゆっくりと近づく。

 

「私も手伝うよ」

 

 アーキルは彼女の隣にしゃがみ込み、同じように山を退けていく。

 彼女と同じように誰かが見当たらなくなったなら、アーキルもどのような状態であったとしても姿を見なければ、きっと納得できないと思ったが故に。

 

「……アーキル、だったよね」

 

 アーキルが黙々と作業をするのを見て、砂を退ける手を止めてエマは名前を確認する。

 

「そうだね。私はアーキル……アーキル・サイイド・カースィム」

 

 質問に答えながらも彼は手を止めない。

 腕の汚れなど気にせずに白色の腕を砂で染めていく。

 白衣の袖を捲くる。

 

「私の力は……ただの女の物と変わらない」

 

 俯いてエマが現状を語る。

 

「…………」

「『牙』の機能が落ちてる」

 

 エマは砂に塗れた黒色のパワードスーツに包まれた自らの右の掌を見つめた。

 

「多分、団長も……」

 

 気がついたからエマだけでもとマルコは蹴り飛ばしたのだ。死ぬのは自分だけだとアーキルも巻き込む形で。

 善人が過ぎる。

 

「だから、無駄なのかもしれない。それに貴方が手伝う義務はない」

 

 力を失った状態では男性女性など関係なく、あのような爆発に巻き込まれ、その上で生き埋めになった場合助かる確率はゼロであると言っても過言ではない。

 

「……義務はなくても、義理がある」

 

 これがアーキルにとって正しいと思える事だから。

 

「義務だけが人間の行動ではないんだ。それに私は君と彼に救われたからな」

 

 エマがアーキルを殺さないと言う選択をした。マルコがエマとアーキルを砂の砦から逃すと言う行動を取った。

 だからこそ、アーキルは生きていられる。

 

「そう」

 

 エマは再び腕を動かし始めた。

 

「──ありがとう」

 

 月下に二人、砂をかく影がある。

 どこまでも真剣に二人はある。

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