第101話

 

「おい、クリストファー」

『何だ、アーノルド』


 部屋に見当たらない仲間の姿。

 どこへ向かったと言うのか。もう、夜も遅くなっていると言うのに。


「お前、何処にいる?」

『ちょっと、外にな……』


 何のために。

 考えた所で分かりはしない。


「何かあったのか?」


 刑事の時からクリストファーとアーノルドはバディで、息のあったコンビとして知られていたが、クリストファーの行動には悩まされた事も少なくない。


『……気にするな』

「おい、何があったか説明しろ」


 長年の付き合いだ。

 流石に隠そうとした所で理解できる。例え、アーノルドが馬鹿であったとしても、親友とも呼べるほどの男の変化に気が付けないほどの間抜けではないと言う話だ。


『……アーノルド、良いか。……私はお前を信頼する。お前を信じる。だが、お前は誰も信じるな』

「はあ?」

『──私は今、エクス社の近くに居る。知りたければ、兎に角、エクス社の近くの公園に来い』


 通信が切られた。

 何を言っているのかを直ぐには理解できなかった。だが、たった一つだけ。


「……お前がそう言うってことは、そう言うことなんだろ」


 頭脳派、クリストファー。

 この肩書きをアーノルドは確かに信じていた。


「わかってる、相棒。俺とお前は一心同体。お前を信じて、俺は進むだけだ」


 背中合わせに、お互いに進んできた。

 数々の事件の検挙も、正義を成すことも二人でなければなし得なかったことも少なくない。


「クリストファー。お前は、紛れもない正義だ」


 アーノルドは外に出る。

 最低限の装備を身に付けて。

 

 

 

 

「これで、良かったんだろうか……」


 ほぼ、確信に近いエクス社内部の悪意。ならば、エクス社からの支援を受ける『牙』にも悪意が潜入していたとしてもおかしくない。まさか、とは思うが。


「アーノルド、お前は違う、だろ?」


 長年の付き合い。

 彼は違う。

 裏切りなどない筈だ。彼がファントムの人間の筈がない。彼はそこまで器用な生き方を出来るはずもない。


「……不味いな」


 思考が曇ってきている。

 得られた情報のおかげか、相手の首魁に近づいている筈だと言うのに、自身の首が絞められるような、心臓を握り締められているような。

 不安と緊張。

 夜に浮かぶ星はアスタゴの空にしては輝いて見える。現状において、クリストファーが信じたのはアーノルドだけだ。

 単なる付き合いというだけの話。

 オスカーという上司すら簡単には信じられなくなる状況で。

 


「──よ、クリストファー」

 


 目の前に現れたのはアーノルドではなく、オスカーであった。


「オスカー、さん……」


 複雑な心境だ。

 いや、そもそも何故ここに。『牙』を装備して、こんなところに。


「なあ、クリストファー。何でこんな所に居るんだ?」

「それ、私のセリフでもありますよ」

「……そうか、そうだな。確かに、な」


 夜の世界に二人。

 数秒の静寂は確かな違和感を生み出す。


「クリストファー。今日は散々だった。最悪な日だった」

「オリバーが死んで……」


 そして、テロリストや暴徒により多数の被害が出た。確かに散々と言うのもおかしくはない。

 だが、違う。


「けど、な」


 雰囲気が狂った。


「今は違うんだよ」


 オスカーのホルスターから抜き取られた銃は静かにクリストファーに向けられる。


「あの化け物もいない。ここにはオレとお前だけだ」


 ユージンという最悪の障壁がいないのであれば、彼の望む愛が与えられるだろう。エスターには感謝しよう。

 こうして、機会を恵んでくれたことを。

 仮面の下、クリストファーは確かに目の前の男を睨みつけていた。



「そうか。アンタが……、アンタがアリエルを攫ったのか。──副団長、いや、オスカー・ハワードッッ!!」



 そして、閑寂を破壊する銃声が鳴り響いた。

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