第72話

「兵器をプロモーションする上で最適の機会は何か、分かるかね?」


 エイデンの問いにアリエルは直ぐに答えを出した。理解できてしまったから。


「……戦争」


 これは単に時間潰し。

 勿論、エイデンにとっての。

 事態はこれまでにないほどに順調に動き出している。アスタゴ合衆国内にアダーラ過激派を招き入れ、テロ行為を起こすことで戦争の火種を作り出した。

 そして警察組織を一部手中に収める事により、別に雇った傭兵部隊の攻撃を完全にアダーラ信徒に擦りつけ、悪逆非道、冷徹な敵対組織、テロリスト共の完成だ。


「その通りだ、エンジェル。布石は打った。既に戦争は目の前にある」


 対テロ戦争は全てエイデンという男が根回しをしておこなったもの。戦犯というものが特定できるのであれば、まず間違いなくこの男だろう。


「最低だよ、あなたは」

「最低……? ふ、ははは! 私ほどに今後のアスタゴを思っている者は居ないだろう」


 確かに彼ほど行動を伴う愛国者はいないかも知れない。認め難い外道で有りながら、純粋な思いを胸に前進を続けている。


「──でも、戦争はアスタゴが勝利する。あなたの最高傑作が出るまでもなく」


 パワードスーツの活躍。

 これはきっとアスタゴにおいてあり得ないことではない。軍需企業であるエクス社も技術の提供を求められる事も簡単に予測できる。


「ああ、『牙』の君達にも既に出兵は通達されているね」


 ほら、やっぱり。

 ならば勝ちはこの時点で変わらない。万に一つでもアンクラメトに兵器としての差がある以上、大凡勝ち目は無いはずだ。


「私だって手は打つさ。アンクラメトには僅かではあるがしっかりと支援させてもらったよ。君がデウスに成るまで戦争を終わらせる訳には行かないからね」


 敵に塩を送る、と形容する様な行為をエイデンという男は平然と行っていた。いや、彼にとってはアンクラメトの民は敵ではないのだろう。


「そんな驚いた様な顔をしないでくれ、エンジェル。人は必要に駆られればどんな行いだって許容する。人類とはこの世界で神の次に理不尽な存在なのだから」


 ただの駒にすぎない。


「君は純粋な人間ではないか……」


 ジョークのつもりか。心に触れてくる。

 だから苛立ちと、不安が募ってくる。確かにアリエルは人間ではないのかもしれないと。異質な存在なのかもしれないと。

 彼女を真に人間として肯定する者はこの場にはいない。


「…………」


 用意した駒を踏み倒して、誕生した神に敬意を払えと彼は告げる。預言者にでもなったつもりで、彼はアリエルという救世主にして神に至る者を讃えるのだ。

 怖気の走る邪悪さだ。

 身体を縛られた状態のアリエルには睨みつけるしか能がない。


「さて、私は再度君に質問しよう。まあ、答えは急かさないさ。君が神になれば戦争は直ぐにでも終わるかもしれない。それとも神にならずに人死にを許容するかね?」


 最低最悪の男だ。

 自らが引き起こした事の責任をアリエルという少女の選択に委ねる。彼女に戦う必要はない。神になる義務もない。

 だが、理由はあるかもしれない。

 心の罅にそっと悪意の手が触れた。

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