第6話

「アリエル。君の分のパワードスーツのサイズを測らなければならない。それから完成までを考えると、およそ一週間後になるんだが……。取り敢えず、今日のところはオレに付いてきて貰ってもいいか?」


 オスカーがアリエルを誘う。彼の誘いを断ることなど出来るはずもない。

 上司の言葉だ。彼女達は否定する権力など持ちえなかった。


 ただ、そもそもの話で、権力以前に彼女達には否定する気もなかっただろう。

 先程までの、ベルの勢いはオスカーに頭を撫でられてからと言うもの、どこかへと消えてしまったように見える。

 エマはアリエルがオスカーと共に行くことが当然、必要なことであると言う認識であった為、文句を言うつもりもなかった。


「えーと、付いて行く? どこにですか?」


 目的は分かったが、どこに向かうのかが分からないアリエルがオスカーに尋ねる。


「ん? ああ、それは『牙』の開発元であるエクス社にだ」

「エクス社ですか?」


 この企業の名前は有名で、アリエルにも聞き覚えがある。パワードスーツの開発の最大手。銃などの軍需品も製造している、巨大企業だったはずだ。


「まあ、あそこはアスタゴの兵器開発技術の最高峰と言っても過言じゃない。あそこ以外が『牙』のパワードスーツを製造できるわけないだろ?」


 オスカーの言葉通りにエクス社は突出した技術を有している。パワードスーツの出来はエクス社が最高とはよく聞く話だ。

 銃も、軍人が愛用銃としてエクス社の製造したものを多く使っているなどと言った話は、アスタゴの軍組織や少しでもそう言った役職に関係があれば知らぬ者はいないほどだ。


 ──ガタン、ゴトン。


 そして、今、アリエルは電車に揺られていた。


「どうだ、アリエル。さっき買ったんだがフランクフルト、食べるか?」


 ケチャップとマスタードがかけられたフランクフルトを差し出される。匂いに食指が動く。

 串を受け取るとオスカーは手を離す。


「あむっ」


 ジューシーな肉感。肉汁がアリエルの口内で弾ける。


「うーん……」


 ただ、納得がいかない。

 どうしてもやはり、アリエルの中では父親の作るものが一番であって、認められない。

 ふと、電車の中を見れば広告が見える。


「……あの、エクス社って言ったら、あれですよね?」


 彼女の目にはエクス社の広告が見えた。大々的に打ち出された広告にはパワードスーツが写っている。広告に映し出されているパワードスーツは『牙』と同じものではなく、スポーツ用に機能が多分に制限されているものだ。


「ああ」

「『牙』も作ってるんですね……」

「そうだ。あとは『牙』の武器なんかもな」

「いやぁ、知りませんでした」

「ははっ、そりゃあ仕方ない。『牙』の情報なんてあまり出るもんでもない。別に覚えなくてもいいことだけどな」

「そうだ、オスカー副団長はエクスの社長さんに会ったことあるんですか?」

「ん? ああ、そりゃあ会ってるさ。中々気さくな爺さんだぞ。爺さんって言ってもウチの隊長よりちょっと歳上な位だけどな」


 オスカーの話を聞いていれば、悪い人ではないのだと言う印象を抱く。気難しいということもないのだろう。


「それで隊長とは年も近いってのと、『牙』の製造社だってんで交流もあるわけだ。たまーに、隊長と飲んだりしてる事もあるんだと」

「仲良いんですね」

「要はアレだ。歳近いから親近感でも覚えるんだろうさ。お互いに交流もあるから話も合うんだろうな」


 今までアリエルは、『牙』のメンバーに何人か会って来たが、マルコに歳が近い者を見たことがない。

 副団長のオスカーが三十代ほど。少なく見積もっても十以上は離れているだろう。


「エマが君に対して抱く物と同じような物だ」

「エマが?」

「年が近いと言うのはそれだけでも、仲良くしたいと思えるんだ」

「そうなんですか」

「まあ、仲良くしてやってほしい」


 そう言ってオスカーはアリエルの頭を撫でようとするが、それをアリエルがサッと躱す。


「え? オレに撫でられるのは嫌か?」

「あ、すみません! 父以外に撫でられるのは受け付けられない物で……!」

「あ、お、おお、ごめんな」


 オスカーは少女に撫でようとした手を避けられたことで、僅かに悲しそうな表情を見せる。そのような顔をされてはアリエルも申し訳なさを感じるという物だ。


「いや、本当にすみません!」

「ははっ、気にするな。兎に角、エマと仲良くしてやってくれ」


 オスカーは苦笑いを浮かべる。

 温かで柔らかな男というのが、オスカー・ハワードという男を表すに相応しい。

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