第89話
『そろそろ行こうか』
九郎の言葉に応じて、美空はリーゼを再起動させる。
結局、彼らが休んでいる間の攻撃というものはなかった。休んでいたのは美空一人だけであったのだが。隠れる場所も何もないこの荒野で、襲いかかるほどの愚かさも持っていなかったのだろう。
それこそ、この荒野で休憩を図るなどといえ行動もおかしな事ではあるのだ。
美空が起動させたのを確認すると、彼らは再び移動を開始する。
暫く移動を続けると、日は南の空に昇った。
ただ、雲の数も多く、眩しすぎるというほどでもない。昼の空にしてはやや暗い印象を覚える。
ここから一雨、降りそうな雰囲気のある。そんな空模様だ。
「雨、降りそうだな」
阿賀野は空を見上げながら呟いた。どんよりとした空。少しばかり重たげな空は、世界を暗く覆っている。
『そうだね』
阿賀野の言葉に九郎も上を見て、賛同するように答えた。
雨が降るのはただの気象現象でしかない。先程の言葉は無感動に放たれた、ただ一つの呟きだ。
悪天候を気にするほどに阿賀野も九郎も、美空でさえも弱くはない。それは勿論の事、アスタゴの兵士であってもだ。
雨という環境は彼らにとってマイナスとなり得ない。
だから、というのか。
『そんなのどうでもいい』
先程まで休んでいた美空は吐き捨てるように言う。
「はっ。それもそうだな」
それを否定するでもなく阿賀野が納得したような言葉で返す。ぬかるむ大地を踏み締めて進む。
『四島』
阿賀野の様子を見て九郎は名前を呼ぶ。
「あぁ?」
四島と呼ばれて、阿賀野は振り返る。もはや不自然さは見当たらない。
『いつも通りには行かないかもしれない』
九郎が注意するも、阿賀野は全く気にした様子も見せない。
何を言っても無駄だろう。
「高々雨だろうが。馬鹿かよ」
阿賀野は溜息を一つ吐いてから、真っ直ぐに歩いていく。
いつも通りも何も、戦場では完全や完璧などといった予定というものはなく、常に警戒するのが当然だ。弁えない者から次々に死んでいく。
雨が降ろうと、降った上でどのような影響が出るのかも、操縦する上で自然に考えている。それを考えないものはただの三流だ。
そんな愚か者にリーゼに乗る資格は無い。
「雨なんかに気取られてりゃ、死ぬのは
実際、そうであるはずだ。
彼の言葉を否定する者はこの場にも、この場以外にも誰もいない。中栄国との戦争で死んだ松野も、雨が直接的な要因となって死んだわけでは無い。
雨のせいで死ぬというまでの無能ではなかった。ただ、それでも彼女は弱く、敵が恐ろしく強かったというだけだ。
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