第79話

 倉庫の中に入ると、少しばかり低い女性の声がジョージの耳に届いた。


「ジョージ、お前も来たのか……」


 待っていたのは高圧的にも見えるような目の形をした、黒髪の女性だった。スレンダーな体型をしており、身体に張り付く様なパイロットスーツを着ていることにより、一層際立っている。


「エレノアか……」

「まあ、落ちこぼれ同士頑張ろうじゃねぇか」


 彼女はヘラヘラと笑う。

 この二人は自他ともに認める落ちこぼれであり、互いにシンパシーを覚えるところがあった。


「落ちこぼれ、ね」


 ジョージはエレノアの言葉に何か思うことがあったのだろうか。


「あん?」

「いや、俺も落ちこぼれなのは認めるけどな。エレノア、お前は何で軍人なんかになろうと思ったんだ?」

「……何、くだんねぇ事だよ。金がねぇからな。そう言うお前は、富裕層の生まれだと思ったんだがな」


 貧困層の人間は、教育をまともに受けることができない。中々、良い職業にも就くことができないと言うのはよくある話で、その為に軍人になるということも珍しいことではなかった。


「俺は、確かにお前ほど貧しい訳じゃないがな」


 言い合いながらも、彼らはタイタンに乗り込む準備を進める。


「なら、何で軍人なんかになったんだよ。良い学校にも入れたんじゃないのか?」


 通信機付きのヘルメットを被って、彼らはタイタンの中に乗り込んだ。


『で、何でだよ?』


 エレノアは気になっていたようで、そう尋ねる。


「何で、か……。まあ、俺は落ちこぼれだったからね。誰かに認めてもらいたかったんだよ」


 そうしたら、きっと自分は生きている意味があって、生きていた価値を残せたと思えるだろうから。

 エレノアの質問に答えたジョージはふと笑う。

 これから戦地に向かうと言うのに、彼の頭の中に浮かんだのは家族でも何でもない。先ほど話して、待機するように命令した後輩のカルロスの姿だ。

 彼を守れたのだろうか。

 もし、カルロスがこの先も生き残っていけたなら、それはきっと。


「俺ってゲイだったのかな……?」


 ジョージが冗談のように疑問を口にした。


『何だよ、突然?』

「今から、死ぬかもしれねぇってのに、カルロスの顔が思い浮かんじまってな」


 笑って良いものなのか。それは少しばかり悩ましいが、口にした当のジョージは笑っていた。


『そうかよ。なら、俺は最後に見たお前の顔が思い浮かんじまうな』


 エレノアも苦笑いしながら返す。


「ははっ。……なあ、俺はよ、誰かの為とか、国の為とか、そんなんになれたのか。俺は、誰かに認めて欲しかったんだと思ってんだよ」

『思ってるって何だよ。自分のことの癖に、な』


 彼らはタイタンを起動させる。

 赤色の巨神が立ち上がり、倉庫を揺らしながら、外へ向かって歩き出す。

 ゲートが開く。

 戦場は目の前にある。


『俺はお前のこと良い奴だと思ってるぜ』


 エレノアはジョージの事を認めている。


「──ありがとなエレノア。俺もお前の事、結構好きだぜ」


 笑みを浮かべて、ジョージが答える。

 戦場へ向かうと言うのに気持ちは随分と穏やかだ。生きて還ることの出来る保証など一つもないと言うのに。


『……そうか、ありがとな。嬉しいよ』

「あれ、告白みたいな感じだと思われてる?」

『別に、思ってねぇよ』


 笑え。

 今は笑え。

 言い聞かせるように、彼らは穏やかな会話を紡ぐ。


「まあ、行こうかエレノア」

『ああ』


 破壊と死の世界へと、鉄で身体を覆って、彼らは飛び込んでいくのだ。

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