第50話

 屋上で二人の男が話していた。

 一人はタバコを取り出して、もう一人は缶コーヒーを飲みながら。


「どうしたら良いんだろうな……」


 タバコを口から離して、空を見ながら坂平は尋ねた。


「俺が次に行く奴を選ばなければならないんだ」


 その事に多大な責任を感じる。戦争の勝敗に関わる事か、それとも子供を死なせてしまうかもしれないと言うことか。

 そのどちらもなのかもしれない。一人が背負うには重すぎるもの。


「誰を行かせたら良いんだろうな……」


 きっと、誰を選んでも後悔する。

 松野が死んだ事も、間磯が死んだ事も、守る事ができなかったと言う責任として、坂平は自らの背に重たくのしかかっている様な気がして仕方がない。


「阿賀野じゃダメなのか?」


 話を聞いていた佐藤が質問をすれば、坂平はふるふると首を横に振った。


「そうか」


 なら、自分にも無理だ。

 諦めた様な顔をして佐藤は溜息を吐いた。


「……岩松か川中を勧められたよ」

「自分の孫娘を、ね……。あの人なら普通にやるよな」


 血縁関係のものを戦争に行かせるなど正気の沙汰ではない。


「誰が行けば良いんだ」


 選べない。と言うよりは、選びたくない。自分のせいで誰かを死なせると言う事に耐えられそうにない。


「誰が行っても、結局は同じだ」


 坂平が唇を悔しげに噛みしめて、そう吐いた。


「誰を送っても死ぬ」


 アスタゴ合衆国、ヴォーリァ連邦、ノースタリア連合王国、フィンセス。どの国も陽の国以上の軍事力を誇る。


「早く、白旗をあげれば良いんだ……。そしたら一番平和な終わり方をする」


 始まる前から分かっていたはずだ。グランツ帝国とマルテアの協力があったとしても勝つことはできない事くらい。


「こんな無意味な戦いがあるかよ」


 苦々しい現実。受け入れられない理不尽な世界。こんな世の中に希望などあるものか。


「お前が辛いなら俺が代わってやろうか?」


 佐藤がそう提案するが、坂平はそれを断った。


「……いや、俺の役目だ。俺がやらなきゃいけないんだ」


 どれだけ辛くとも、耐えなければならない。間磯も松野も死にたくないと思い死んでいったに違いない。だから、自分の役目を放棄して、逃げて良い理由などあるわけがない。

 坂平はタバコを口に咥える。


「決めたよ」

「誰にするんだ?」


 佐藤は坂平の言葉を聞いて、尋ねた。


「川中が良いと思う。岩松は実力もある。まだ取っておくべきだろ」


 坂平の考えは奇しくも岩松の思考と同じであった。川中には実力がある。岩松には敵わないが、それなりのものだ。


「お前はそれで後悔しないか?」


 佐藤はわかり切っているはずなのに態と、その質問をした。


「後悔?」


 そんなもの。


「戦争が始まってから、ずっとし続けてるに決まってる。今回、俺が選んだから、俺のせいで誰かが死ぬんだ。俺が何も力を持っていないから、そうなるんだ」

「…………」

「この戦争が終わったら、俺は──」


 その言葉の続きは坂平の口から出ることはなかった。


「終わったら?」

「……どこか遠くに行くよ」


 そうやって答えを誤魔化す。

 佐藤には坂平が何を言いたいかは分かっていた。だから、それ以上の追求をしなかった。佐藤は缶コーヒーの中身を飲み切って、先に屋上を出て行く。

 澄み渡る空の下、一人の軍人が屋上に立っていた。

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