第24話

「お前は、何で立ち直れたんだよ……」


 訓練施設の廊下ですれ違い様、飯島は隣を通り過ぎて行く松野に尋ねた。


「答えてくれよっ」


 松野は飯島から四メートルほど離れたところで立ち止まり、飯島の方へ振り向いて、どこか悲しげにも見える顔で、保たれた距離のまま話を続ける。


「……友達が出来たんだ」


 そんな理由で。

 そう言いたげに、顔を上げた飯島は驚いたように目を見開いた。


「別に珍しくも無いよ……。独りで頑張ってきたんだってさ。誰にも頼れなくて」


 目を伏せながら、松野は小さく笑う。彼女の顔は憂いを帯びた、悲愴を感じさせるものだった。


「そんなアイツを一人にするわけにはいかないじゃん……」


 苦々しげに呟いた。


「今だって嫌だよ。辛いよ。……でもさ、私が死んだらアイツが悲しむんだ。独りになっちゃうんだ。分かるんだよ。独りになった時の辛さが。……それだけで理由は十分だよ」


 死なないように必死にならなければならない。


「私が頑張るにはさ」


 笑う彼女の姿に、飯島は思わず目を奪われる。


「……そうかよ」


 それでも理解はできない。

 飯島が想像しても、自身が死んでも誰が悲しんでくれるのか。父親は自分の死を絶対に悲しむことはない。

 そうやって思考して。結局、飯島と松野は違う人間であるのだという結論しか出すことができない。


「なあ、飯島」


 苦悩する飯島に背後から声が掛けられた。

 年老いたような声ではない。

 こんな二人に話しかけてくるものはそういない。


「お前に理由はあるのか」


 そんな言葉に飯島は振り返った。

 そこに立っていたの茶髪のリーゼントの青年。山本だった。


「俺も松野も、どんな形ではあれ立ち向かうための理由を手に入れた。手に入れてしまったんだよ」


 流れ出る感情が全てを指し示すのか。


「俺は……」


 分からない。

 死にたくないというのは本当で、死なせたくないというのも本当。大人の言いなりになりたくないというのも本心だ。

 それで沸き立つ怒りを抑えることができそうにもない。


「死にたくないならそれで良いんだよ。でもよ、怒りには飲まれるな」


 後悔したような表情を浮かべながら、山本は続きを紡ぐ。


「怒りに、悲しみに、愛おしさに、大きな感情に流されるな」


 酷く悲しみに満ちた顔だ。


「俺は……。あの日のことを後悔している」


 山本の言う後悔とは何のことなのかは側にいた松野にもわからない。それを知っているのは山本とここに山本を招集したものだけだ。


「……一時の過ちが、その後の全てを決定する。お前には後悔しないで欲しい」


 なにせ、山本にとって飯島は仲間なのだから。


「うざったいかも知れない。それでも俺は言い続ける」


 彼は、飯島が捕らわれている感情モノにいい思い出はないからだ。

 だから、耳にタコが出来るほど、飯島が怒りに飲まれないためにも聞かせ続ける。


「────そんで、死ぬな」


 締め括るように山本はそう言って、飯島に近づき、飯島の胸にコンと優しく、右手に作った拳を当てて、笑った。

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